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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十二章 七夕セールに願いを込めて
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第12章 第4話

 翌日、日曜日。


 今日も中吉らららフレンズのスケジュールはハードだ。

 オーキッドに三人が揃うのは朝方の二時間だけ。その後はチラシ配りや一日店長、そしてステージもあってみんなフル稼働になる。

 朝七時、いつものように店をオープンする。


 からんからんからん


「「「いらっしゃいませ~っ!」」」


 いつものように一番乗りは高田さん……

 かと思いきや、赤い服を着た何やら可愛らしい女の子がひとりで入ってきた。


「おはよう、ござい、ますっ!」


 はて、つい最近、どこかで見たような女の子だが?

 礼名は優しく微笑みながら女の子の前にしゃがみ込む。


「どうしたのかな? お父さんとお母さんは?」

「ひとりできたよっ。これ、おかねのけんだよっ!」


 手に握りしめた紙袋を礼名の前に差し出す。

 礼名はその紙袋を手に困惑した顔で振り返った。


「どうしよう、お兄ちゃん」


 思い出した!

 この子は昨日のじゃんけん大会で優勝した女の子だ。

 僕は店の外に出て通りに目をやる。しかしそこに保護者らしき姿は見当たらない。


「ねえ、ななちゃん、だったかな?」

「うん、そうだよ。おおしまなな、だよ」


 礼名は彼女がここに来た経緯を尋ねる。どうやら彼女自身の意志で保護者にも断った上で遊びに来たらしい。一万円分の商品券まで握りしめて。


「なな、もうすぐしょうがくせいだから、きっさてんにいってもいいんだよ!」


 どうやらまだ幼稚園児らしかった。

 僕たちは彼女を小さなお客人として迎えることにした。但しお代を頂戴するつもりはない。今日だけの特例だ。ななちゃんは子供用の椅子を勧める僕に、「あたし、こどもじゃないよ」と言うと、ちょこんとカウンター席に座る。 


「ジュースがいいかな? オレンジにバナナにミックスジュース、ココアもあるよ」

「じゃあ、ぶれんどで」

「ななちゃん、コーヒーはもっと大きくなってからにしましょうね!」

「じゃあ、ジュースのぶれんどで」


 僕はミックスジュースを用意する。

 真っ直ぐに伸びる麻色の髪が綺麗でお目々が大きな女の子は、すぐにうちのウェイトレスたちの人気者になった。


「ななちゃんは、じゃんけん強かったよね」

「うん、こまったらとりあえずぱーだよ」

「幼稚園に行ってるのかな?」

「うん、なかよしようちえんのうめぐみさんだよ」

「今日は何して遊ぶのかな?」

「ここでおべんきょうするんだよ」

「偉いね。お絵かきかな」


 そんなほのぼのとした会話を断ち切るように、ななちゃんは急に語気を強めた。


「ななはアイドルのおべんきょうにきたんだよ! おねえちゃんたちみたいにアイドルになるんだよ!」


 突然の宣言に、思わず顔を見合わせる中吉らららフレンズの三人。


「ななはおねえちゃんたちみたいにきれいになって、アイドルになるんだ。だからここにきたんだよ」


 にへら、と、三人の表情がだらしなく緩むのが分かる。


「ねえ、ななちゃん。どのおねえさんが一番綺麗かしら?」


 麻美華の問いに、しかし彼女は。


「みんなだよ。みんなきれいだよ。みんないちばんだよ」


 出来た子だった。

 一方、麻美華は自分の大人げなさを悟りうな垂れる。


「そうか、じゃあななちゃんも、お母さんの言う事をよく聞いて、お友達とも仲良くして、いい子になろうね」


 落としどころを探る礼名に、しかし彼女は。


「なな、おねえちゃんみたいにきれいになって、アイドルになって、そしてこのおにいちゃんとけっこんする!」


 ぐい、と彼女の小さい指先が僕を指し示す。


「は?」


「このおにいちゃんとけっこんする!」


「ななちゃん、結婚はもっと大きくなってから考えようね。先ずはアイドルにならなきゃね」

「おにいちゃん、ななとやくそくのキスしよう!」

「ダメですっ!」


 中腰だった礼名が、ずいと立ち上がる。

 そして腰に手を当て、ななちゃんを見下ろす。


「このお兄ちゃんは、お姉ちゃんがもう予約してるんですよ。このお姉ちゃんと結婚するんです。わかりますね。だからななちゃんはうめ組さんのお友達と仲良くするんですよっ!」

「さんかくかんけいだね。なな、もえちゃう!」

「お兄ちゃんも笑ってないで何とか言ってやってよっ!」

「まあ、別にいいじゃないか……」


 軽く流そうとする僕に、しかし礼名は語気を強める。


「ダメですっ! 良いこと悪いことは小さい時からきちんと教えなきゃとんでもない痴女になってしまいますっ!」

「ならないよ。何をそんなにムキになってるんだい」

「まさか、まさかお兄ちゃん、ロリコンだったんですかっ?」

「違うわっ!」

「礼名はどんなマイノリティーもどんなアブノーマルも差別なく受け入れますけど、ロリだけはやめた方がいいと思うんです、ロリだけは!」

「誰がロリだっ!」

「なるほど、悠くんがこの私の魅力に鼻血の一滴も垂らさないのは、ロリだったからなのね!」

「ななちゃんがいても鼻血出してないだろ! ロリじゃないって!」

「神代くん、さすがに相手が幼稚園児だと赤ちゃんは産めないと思うわ!」

「まだそのネタ引きずってるのかよ、桜ノ宮さん!」


 僕らのいつもの言い争いを驚いたように見ていたななちゃん。

 しかし、すぐに何かを納得した表情になる。


「もしかして、おねえちゃんたちはみんなライバルなの? じゃああたしもライバルだね。ライバルはおたがいにたかめあうから、いっぱいいたほうがいいんだよ」


 三人まとめてさとされた。

 とまあ、そんなこんなで。


 暫く礼名、麻美華、桜ノ宮さんにかわるがわる相手にして貰いご満悦だったななちゃん。ミックスジュースを飲み干すと、今度はお姉ちゃんたちのように店を手伝うと言い出した。

 そんな彼女をなだめすかして店から送り出す。

 心配なので礼名が彼女の家まで送ることにした。


「ただいま~! 送ってきたよ~! ちゃんとおばあさんに預けてきたから大丈夫だよ」


 礼名の話では、ななちゃんの家は商店街外れの大きなお屋敷だそうだ。


「ほら、大島おおしまさんって地元で有名な地主のお宅だよ。マンションなんかも持ってる」

「ああ、公民館の先の!」


 そう言えば、公民館の向こうに広い庭を持った近代的で大きな家がある。

 うちからも近くて幼稚園児でも十分に行動範囲内だ。しかしひとりで喫茶店に来るのは勘弁して欲しい。


「そろそろチラシ配りに行かなきゃ!」

「二時からはステージもあるわよ」

「一日店長の仕事もありますね」


 窓の外はとってもいい天気。

 三人は中吉商店街を盛り上げるため、大量のチラシを手に店を飛び出していった。



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