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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二章 学校はわたしの敵だらけです
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第2章 第3話

 学校に続く大通り。

 行く先に見える校門前にどっかりまる黒いリムジン。

 きらめく長い金髪を揺らし、舞い降りたのはひとりの女生徒。

 数人の黒服に恭しく出迎えられ、堂々と歩く姿はまるで女王様。


「ねえお兄ちゃん、何、あの物々しい儀式は?」

「ああ、あれは倉成くらなりさんの登校風景だ。知ってるだろ、倉成財閥。そこのお嬢さま」


 倉成財閥と言えば国内有数の企業コンツェルンだ。銀行、商社から重工業、電機、製薬といった巨大企業の連合体。我が家の携帯も倉成通信の製品だ。


「ねえ、どうしてそんな凄いとこのお嬢さまが、庶民の県立高に通ってるの? もっと相応しいお嬢さま学校に行けばいいじゃない」

「うん、どうしてだろうね。友達じゃないから知らないけど。家が近くて歩ける距離だからって、僕らのような理由じゃなさそうだし……」

「ハッキリ言って迷惑よね。でかすぎるリムジンが横断歩道ふさいじゃってさ。電車かバスで来てみろって」

「電車にあの黒服集団を連れて歩くのか? そっちの方が迷惑だぞ」

「きゃははっ そうかもっ」


 無邪気に笑う礼名は、しかしすぐに真顔になって。


「でもきっと、あんなお金持ちの生活も堅苦しいよね。ああ、やっぱ貧乏が気楽で一番だよ」


 そんな。

 校門前の儀式に気を取られていると、僕らのすぐ前方にも別の車が止まった。


 キキッ


 こっちも黒い高級車。

 ただ、校門前の仰々しいリムジンと違い、こっちは五人乗りっぽい。ある意味普通の高級車だ。


 ガチャッ


「いつもありがとう。お疲れさまですっ」


 運転手にお礼を言いながら降りてきたのは赤毛をツインテールにまとめた長身の美少女。

 去って行く車に大きく手を振って、やがて僕たちを振り返る。


「神代くん、おはよう」

「おはよう、桜ノ宮さくらのみやさん」

「おはようございます……」


 僕を真似て挨拶した礼名が小声で聞いて来る。


「ねえ、誰?」

桜ノ宮綾音さくらのみやあやねさん。ほら、桜ノ宮って地元の有力な代議士の。そこのお嬢さま」

「何か凄い人多いね南峰高。大丈夫かな? うちみたいな貧乏人が通っていいの? 実はバカ高い寄付金とか取られない?」

「大丈夫だよ。普通の県立高だよ」


 そんなことを話していると桜ノ宮さんに追いついてしまった。

 と言うか、彼女が僕らを待っていた。


「ねえ、紹介してよ。もしかして神代くんの彼女さん?」


 女性らしいシルエットに豊かなバストを揺らしながら、快活な笑顔で僕を見る。


「違う違う。紹介するよ、妹の礼名。今日からこの学校の一年になったんだ」

「はじめまして。兄がいつもお世話になってます。妹の神代礼名です。兄とはひとつ屋根の下でいつも兄妹水入らず、仲睦なかむつましく暮らしてますっ」

「まあっ、すごく可愛くって面白い妹さんね。あたしは桜ノ宮綾音よ。よろしくね」


 明るい笑顔を礼名に向ける。


「桜ノ宮さんとは部活一緒でさ。知ってるだろコンピュータ研究部。あ、でも、僕はもう辞めちゃったけどね」

「あら、部長はまだ神代くんが辞めるって認めてないのよ。幽霊部員でもいいじゃない、辞めるなんて言わないでよ」

「そんなこと言ったって、もう部費も払えないしさ」

「部長、特例作るから部費いらないって言ってなかった?」

「特例なんて、他の部員に悪いよ」

「それならあたしが代わりに払うわ。神代くんがいないと部活、面白くないでしょ」

「例え月三百円でも、無心なんて出来ないよ」


 そんなふたりのやりとりに、礼名が口を挟む。


「そうですね、どんなに貧乏でも、いや貧乏だからこそ、お金の貸し借りは絶対よくないですよね」

「……厳しい妹さんね」


 僕たちが校門をくぐる頃には倉成家の登校セレモニーは終了していた。


          * * *


 僕は礼名と別れると、新しいクラスへと足を運ぶ。

 二年三組、ここだ。


「よっ、神代! また、おなクラだな」

「お、岩本いわもと。席となりか、また宜しくな」


 後ろから三列目にある僕の席。

 その横に座っているのは岩本恒一郞いわもとこういちろう。一年の時も同じクラスだった気の合う友達。


「春アニメ見てるか? 神代のお勧めとかは?」


 岩本とはアニメの趣味が被っていて、去年はよく二次元談義で盛り上がった。

 しかし、去年さんざん見ていた深夜アニメも、今年に入ってほとんど見ていない。

 けど、そろそろ復活しようかな。面白いの週に二~三本くらい。


「ごめん、全然情報ないんだ。岩本のお勧めを教えろよ」

「やっぱ断然『ミス・味っインフィニティ』じゃないか」

「それって、最近噂の料理マンガ?」

「そうそう、女装して女子パティシエ学校に通う天才男の料理人の話さ」

「女装ハーレム料理バトルマンガだよな。アニメ化されるの? 面白そうじゃん。僕、結構男のモノ好きだしな」


「あら、神代悠也は女装好きなのかしら?」


 澄ました声にふと振り返る。

 長い金色の巻き髪に校内一と評される美貌。きりっとした切れ長の碧い瞳が僕らを上から目線で見下ろしていた。


「倉成さん?」

「どうして疑問形なの? 倉成麻美華くらなりまみかよ、ご存じないの?」

「ええっと、知ってますけど。僕は倉成さんを知ってますけど、どうして倉成さんが僕に声を掛けてくるのかなって」

「ああ、一応初対面だったかしら。じゃあ自己紹介するわ。私は倉成麻美華よ。あなたは?」

「はあ、神代悠也、です」

「岩本恒一郞……」

「では、最初の質問に戻るわね。悠也は女装が好きなのかしら?」


 色白で細面の美貌に余裕の笑みを浮かべ、女王様然と僕を見下ろす彼女。


「あの、いつの間にか呼称がファーストネームに変わってませんか?」

「細かいことを気にする男ね。じゃあ悠くんって呼んであげるわ。ありがたく思いなさい」

「えっと、はい。じゃあ、ありがたく思います」


 一年の時は違うクラスだった彼女とは会話なんかしたこともなく、僕は彼女の性格を知らない。なので取りあえず逆らうのはやめておいた。基本的処世術しょせいじゅつだ、うん、僕って賢い。


「それで悠くんは女装の趣味があるのかしら」

「どこでそう言う話になったのか分からないけど、そんな趣味はミジンコもありませんよ」

「私はとても似合うと思うわ、悠くんの女装姿」

「……はあ、そうですか」

「だから今度の土曜日、女装して私のお家へいらっしゃい」

「はあ? どうしてそんな展開になるんですか? 女装なんて絶対しませんよ」

「この私が女装して欲しいって言っているのよ」

「いやです」

「私はして欲しいのよ」

「いやです!」

「あら、この私が、して欲しいって頼んでいるのに。して欲しいって頼んでいるのに。もう一度言うわ。シテ欲しいって頼んでいるのに! あなたは女に恥をかかせる男なの?」

「えっと、女装の話でしたよね」

「ええ、そうよ。安心なさい。ウィッグと可愛いメイド服がないのなら、明日にはあなたの家に届けさせるわ。土曜日までまだ時間があるでしょ。お肌のお手入れをしていらっしゃい」

「いや、仮に道具が揃ったとしても土曜日は仕事があるんで、行けないよ」

「仕事? まだ年端もいかないチェリーボーイの分際で?」

「童貞で悪かったね。でも仕事のことはちゃんと学校にも許可取ってるし」

「残念だわ。もし無許可だったら早速先生にチクッて、悠くんが泣いて謝る姿を影から倉成光学製の最新型超望遠レンズで撮影できたのに。最新型は十二倍のズームなのに明るくて超軽量なの。明日からCMも流れるわ」

「グループ会社製品の宣伝ありがとう」


 キンコ~ン カンコ~ン


「ちっ。予鈴が鳴ったわね。じゃあ、また後で来てあげるわ」


 悠然ときびすを返すと、僕の後方にある自分の席へと戻る彼女。


「なあ神代、お前倉成さんと知り合いか?」


 横から小声で岩本が聞いて来る。


「全然。突然話しかけてきた。何なんだろ」

「しかし、彼女の家にお呼ばれって凄いじゃないか。女子達が言ってたけど、彼女の家に行ったら、すっごいお土産くれるんだって。ゴジュラのチョコ詰め合わせとか、一花亭チーズサンドクッキーとか」

「ふうん、有り余ってるのかな」

「あ、この前は国産和牛の霜降しもふり肉一キロだったらしい」


 ガタン!


「肉かっ!」


 気が付くと僕は岩本の両肩をわしわしと揺すっていた。


「痛いよ、離せよ、神代。肉に反応しすぎだろ!」

「あっ、すまん。今朝けさステーキを食べる直前で、夢から覚めたもんで……」

「苦労してるんだな、神代も」


 やがて担任が入ってきて。

 二年最初のホームルームが始まった。


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