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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十二章 七夕セールに願いを込めて
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第12章 第2話

「お兄ちゃん、お店を宜しくねっ! 礼名はケーキ屋さんの一日店長に行ってくるねっ!」


 ステージが終わると礼名はケーキ屋へ、麻美華は本屋へ、そして桜ノ宮さんは洋装店へ一日店長として旅立った。

 僕はステージを片付けると急いでオーキッドへと舞い戻る。


「ごめんね、せっかくの休みの日に」

「いいえ、礼名さんにはお世話になってますし、バイト代奮発して貰ってますし」


 白と黒のメイド服を着た田代さんは慣れた手つきで食器を引きあげる。


「おい神代、バイト代奮発の件は聞いてないぞ!」


 岩本は不満そうに皿を洗う手を止める。


「わかったよ。じゃあその分働けよ」


 中吉らららフレンズのステージが終わったせいか、急にお客さんが増えてくる。一時間くらい慌ただしく働いて少し落ち着いた頃、カウンターでグラスを拭きながら田代さんが話しかけてきた。


「あの…… お兄さんも礼名さんのこと、好きなんですか?」

「えっ?」


 一瞬、戸惑う。


「お兄さんの話をする礼名さんはとっても嬉しそうですから」

「困ったヤツだよな」

「この前も自慢してましたよ。『お兄ちゃんは親子丼に鶏肉が入ってなくっても美味しいって食べてくれるんだよっ!』とか『お兄ちゃんはカツ丼にカツが入っていなくてもすっごく美味しいって食べてくれたんだよっ!』とか『お兄ちゃんは木の葉丼にカマボコが入ってなくてもメチャ美味しいって食べてくれるんだよっ!』とか……」


 それ全部、玉子丼を作ったときの事だな。


「あたし、礼名さんは本当にお兄さんが好きなんだなって感じるんです。そうそう、お兄さん、先日誕生日だったんですよね。礼名さんすっごく張り切ってたでしょう!」

「確かに張り切ってくれてたね」


 二週間前の土曜日は僕の誕生日だった。

 いつものように店を締めて居間に入ると、礼名はオーキッドの制服のままで台所に立ち、僕に微笑みかけた。


「お兄ちゃん、今日は先にお風呂へどうぞっ!」


 僕は少し不思議に思いつつも、ゆっくり湯船につかって出てくると、テーブルにはいちごのデコレーションケーキが鎮座していた。そして、美味しそうな肉厚のチキンレッグにポタージュスープと、この半年で一番のご馳走が並んでいる。


 パァ~ン!


「お兄ちゃん、お誕生日おめでとうっ!!」


 クラッカーを手にした礼名が満面の笑みを浮かべる。


「あ、ありがとう」


 ピンクのワンピースが眩しい礼名はケーキに並んだ十七本のロウソクに火を灯す。


「さあ、ひと思いにバッサリとやっちゃってください!」

「何だか物騒な言い回しだな」


 ふう~~っ!

 パチパチパチパチ……


「ロウソクを吹き消したこの瞬間、お兄ちゃんは晴れて十七歳になりましたっ!」

「いや、それは少しおかしい」

「お兄ちゃんの独身生活も残すところあと一年になったわけです!」

「どういうことだ?」

「一年後の今日は、お兄ちゃんが十八歳、そして礼名は十六歳。晴れて夫婦になれる日なんですよっ! ねえ、ハネムーンはどこがいいですか? ハワイ? ローマ? それとも秋葉原?」

「何言ってるんだ、僕と礼名は兄妹じゃないか。結婚なんて出来るわけ……」

「出来ます!」


 キッパリ言い切られた。


「この世でダメでも三途の川の向こう側で」

「僕の余生は一年かよ!」

「自分に正直な礼名は閻魔エンマ大王だって怖くありません! だからお兄ちゃんも早く素直になって……」

「しかも、地獄に落ちるのが前提かよ!」


 僕のツッコミに、しかし礼名は柔らかい微笑みで応える。


「市民サービスセンターがすぐ近くに出来たら、届け出も楽になるしねっ」


 桜ノ宮議員の働きかけで、カフェ・オーキッドが立ち退く話は白紙になった。ただし、市民サービスセンターを便利なところに集約する計画自体はなくなっていない。単にその移設先が白紙になったと言うことだ。そして、その最有力候補地は、ムーンバックスが入居するビルの二階だと言う噂だった。もしそうなれば色んな手続きがやりやすくなる。とてもブラボーだ。


「お兄ちゃん、今日は礼名が専属メイドとして何でも言うこと聞いちゃいます!」


 どきん!


 礼名の大きな瞳が僕を覗き込む。思わず視線を下に逸らすと、礼名の白い胸の谷間が不可抗力で飛び込んでくる。


「ささ、せっかくのチキンレッグ、冷めないうちに召し上がれっ!」

「あ、ああ。いただきます……」

「えへっ」


 にこり、と微笑む礼名は嬉しそうに僕の顔を覗き込んでいた。


「礼名さんはお兄さんの誕生日が一年で最大のイベントだって言ってましたから」


 僕は誕生日の回想から我に返る。

 そして、隣でグラスを並べる田代さんの横顔を見る。


「へんな妹でごめんね」

「全然へんじゃないですよ! 禁じられた恋ほど萌えるって人類普遍の感情じゃないですか!」

「……は?」

「あたし、メイドカフェでバイトしてるでしょ。そしたら二次元の恋人を真剣に愛しているお客さんってたくさんいるんですよ! でも、そんなの当たり前ですよ。ブラコンシスコンボーイズラブ、どれも全然オッケーですっ!」


 思いっきりサムズアップしないでよ、田代さん!


「そう言えばお兄さんは女装がお得意とか……」

「誰だよ、そんなデマを流すヤツは! やったこともないよ!」

「えっ、絶対似合うと思いますよ! ちょっと残念です……」


 何がどう残念なのだ。

 僕に軽く会釈をすると、彼女は逃げるようにお冷やのサービスに行く。


「おい神代、そろそろ行ってこいよ。みんなの一日店長ぶりを見に行く約束なんだろ」

「あ、そうだった。ありがとう岩本。じゃ、ちょっと行ってくる」


 今日はみんなの一日店長ぶりをひと目見に来るよう強く釘を刺されていた。


 僕は店を出ると商店街を早足で歩く。

 ド派手な宣伝を繰り広げたお陰だろう、パッと見た目にも例年より客足が伸びている。

 いつもヒマそうな金物屋に何組もお客が入っているし、八百屋の高田さんも大きな声を出して接客に大忙しだ。その先の果物屋、肉屋、魚屋ともお客が引きも切らない。

 僕は通りの反対側に目を向ける。


「おお~っ!」


 思わず声が漏れた。何だこの人だかりは!

 パティスリ・プティフォンテーヌ。

 うちの店でも使っているケーキ屋さん。

 今、そのケーキ屋に客が押し寄せて、店の外まで人がはみ出している。


 ケーキ屋は……

 僕は店内を覗き込む。


「ありがとうございました~っ!」


 ほがらかな礼名の声が店の外にまで聞こえてくる。

 ショーケースの向こう側で店員さんに混じってケーキの注文を受けている礼名。

 でもおかしい、話が違う。

 今日礼名は一日店長として店の前に立ち、呼び込みをすると聞いていたのに。

 しかし、店に入ろうにも人だかりで入れないし、この状態で話を聞くのは困難だ。


 僕は暫くその様子を眺めると、先に本屋を目指すことにした。



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