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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十一章 三人でローカルアイドルになってみた
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第11章 第9話

「ありがとうございました~っ!」


 今週は忙しかった。時間は飛ぶように過ぎた。

 今は日曜日の夜九時。

 投票はさっき、八時で終わっている。


 最後のお客さんをドアの外で見送ると、大急ぎで店の片付けを終え、居間のテレビをつけた。



「この時間は開票速報をお送りします。では、全国の状況を見ていきましょう……」



 衆議院選挙は今日投票が行われ、即日開票が始まったばかり。テレビのチャンネルをザッピングして、結局、国営放送の中継番組でチャンネルを止めた。


「大丈夫かな、お兄ちゃん……」


 晩ご飯を作りながら礼名が心配そうな声を出す。


「きっと大丈夫だよ」


 そう言っては見たものの、しかし、テレビの画面は過酷な現実を映し出す。出口調査の結果では、竹田候補が僅かにリードらしい。但し、当初伝えられたような大きな差ではなかった。


「たった一ポイントの差なんて誤差の内だよね、お兄ちゃん!」

「ああ、有意な差はないと思うよ」


 そう言いながらも僕自身、心配が止まらない。一ポイントであれ不利であることに変わりはない。

 出口調査で大差が付いた選挙区には早くも当選確実が灯っている。しかし、僕らの選挙区はまだだ。


「はい、晩ご飯はカツ丼だよ。縁起を担いでみたよ!」


 やがて僕の前にどんぶりを置いて、自分も手を合わせる礼名。


「…………」

「…………」


 神代家の食卓には珍しく、ふたりともテレビを眺めながら黙って箸を動かす。

 我が県の情勢も、全国の情勢も改進党の躍進が目立った。それに押されて協和党の苦戦が伝えられる。


「あっ、この人。昔、総理大臣だった人、落選だって……」

「うん、協和党は現職の国務大臣も落ちてるよね……」


 僕はまたチャンネルを切り替える。しかし、どのチャンネルも一様に協和党の苦戦を伝える。大物議員の落選と敗戦の弁が流れる。一方、威勢がいい改進党はたくさんの事務所で万歳三唱を繰り返す。


「ごちそうさま……」

「先に風呂に入ろうか」

「うん……」


 十時を過ぎても協和党苦戦の流れは変わらなかった。

 そんな中、我々の選挙区の最新情報が出る。

 開票率30%の段階で竹田候補も桜ノ宮候補も18000票と全く同数、他の候補は5000票以下で、完全に一騎打ちの様相だ。当初の下馬評は竹田候補の圧勝だったから、大善戦とも言えるのだろうが、どうもこの選挙速報は精神衛生上宜しくない。


「礼名、ちょっとポスターの確認に行ってくる」


 僕は中吉らららフレンズのポスターを持つと玄関に向かった。


「お兄ちゃん待ってよ、わたしも連れてってよ」

「選挙速報見なくていいのか」

「お兄ちゃんが一緒じゃなかったら、心臓に悪いよ」


 心臓に毛とか芽とか竹の子とかが生えていそうな礼名でもドキドキするのだろうか。

 僕たちは懐中電灯片手に夜の町に出向いた。


「大善戦、だな」

「だけど勝たなくちゃ。綾音先輩のお父さんが勝たなくちゃ」

「礼名は負けず嫌いだもんな。しかし、今回の作戦は見事にはまったな」

「うん、ある意味その通りだね。でも、この後が大変なんだけどね……」


 確かに。

 桜ノ宮候補の支援目的に中吉商店街のローカルアイドルを結成しド派手な宣伝まで断行した三人。だけど選挙が終わっても中吉らららフレンズの活動は続くわけで。


「あっ、ここもポスター盗られてるよっ!」

「大人気だな。しかし盗る人って結構多いよな」

「えっへん、そこは礼名の魅力…… と言いたいところだけど、綾音先輩の色気と麻美華先輩の美貌のお陰かもね。ねえ、お兄ちゃんは自分の部屋に貼らないの?」

「貼らないよ。寝付きが悪くなる」

「酷い言い方だよっ! 今晩こっそり貼ってやるからねっ!」


 少し膨れっ面の礼名は、しかしすぐに小さな声で。


「お兄ちゃんは三人の中で誰が一番好き、なの?」

「えっ?」

「あっ、勿論礼名だよねっ、変なこと聞いちゃったね。お兄ちゃんを疑うようなことを言ってごめんね」


 礼名は勝手に決めつけると、僕の腕を掴んでくる。


「桜ノ宮さん、当選するよね」

「ああ、きっと大丈夫だよ」

「綾音先輩のお母さんはずっと笑顔で頭を下げて動き回っていたんだよ。凄いよ。わたし政治家ってもっと威張ってるのかと思ってた。でもみんな優しくて、とっても雰囲気良かったんだ」

「そうなんだ……」

「あっ、あそこのポスターも盗られてるよっ!」


 僕と礼名は一時間くらい掛けてポスターを貼って回ると、家に戻った。

そしてまた居間でテレビを見つめる。

 十一時を回って衆議院戦の大勢は決まったらしく、党首インタビューとかが始まる。しかし、地元の情勢はまだ五分と五分のままだった。政治部の取材記者のコメントが流れる。



「当初圧勝かと思われた改進党の竹田候補ですが、支持を決めていた商店街連合会が一転して自主投票を決定。選挙戦後半になると協和党、桜ノ宮候補の巻き返しが顕著になりました。私も桜ノ宮事務所に何度となく足を運びましたが、もの凄く雰囲気が良かったですね。押され気味の協和党陣営にあって異例と言っていいでしょう。そのせいかどうかは分かりませんが、支援団体の結束も固かったようです。現在のところ開票率70%の段階で両候補とも42000票と一歩も譲りません」



 僕はちらり礼名を見る。礼名も同じように僕を見たのか目が合った。


「…………」

「…………」

「明日学校だけど、このままじゃ眠れないね」

「うん、そうだね。お茶入れるね」


 湯飲みを僕の前に置くと礼名は店から造花を持って来て補修を始める。僕はパソコンを立ち上げ、コン研の人工知能プログラムのバージョンアップを始める。


 そして十二時過ぎ。

 開票率は90%に達したのにまだ結果は出ない。しかし、竹田候補56100票に対し、桜ノ宮候補は56000票と、ここにきて100票の差を付けられていた。


「こんなの誤差の内だよね」

「うん……」


 でも、リードを許してしまった。

 たった100票とは言えリードを許してしまった。


 礼名は造花の補修を続けている。しかしその手先はすぐに止まってまたやり直す。少し顔は青ざめて見るからに気持ちは上の空だ。そう言う僕もプログラムは一行たりとも進んでいない。


「大丈夫か、礼名?」

「うん、大丈夫。お兄ちゃん、わたしね、頑張ったら必ず報われるほど世の中甘くないって知ってる。頑張っても、どんなに頑張ってもダメなことはあるって知ってる。世の中はマンガやアニメや小説とは違うんだ。でも、でも、負けるなんてイヤだよ!」


 珍しく礼名が弱気をみせる。


「大丈夫だよ。信じよう。力は出し尽くしたんだからさ」

「そう、だね……」


 もしも。

 もしも負けたらどうなるのだ。

 桜ノ宮さんは?

 僕たちの生活は? 

 やっぱり、この家から出て行くことになるのだろうか?

 桂小路の策に屈してしまうのだろうか?


 やがて。

 時計の針は深夜一時を回る。


「さすがにこのままじゃ、明日の授業に響くかな……」

「もう寝るかい? 礼名」

「ううん、眠れない」

「僕もだ」

「お兄ちゃん……」


 と、その時だった。

 突然、携帯電話がメールの着信を知らせる。


「誰だろう、こんな深夜に!」


 携帯に手を伸ばすと液晶を開く。


「あっ! お兄ちゃんっ!」


 今度は礼名が大きな声を出す。

 僕は礼名の指差す先を追って、テレビの画面に顔を向けた。





 当選・三区 桜ノ宮一馬(協)




「うわあ~っ!」


 一瞬、笑顔を見せたかと思うと、そのまま礼名は泣き崩れた。


「よ~しっ!」

 僕は意味もなく立ち上がり声を上げる。そして頬が緩むのを感じながら手に持つ携帯の画面に視線を落とした。



 差出人:桜ノ宮綾音

 件名 :ありがとうございます

 本文 :神代くん、礼名ちゃん、麻美華、本当にありがとう。当選しました。



 僕はそのシンプルなメールを、嬉し涙にまみれた礼名の前に差し出した。



 第十一章 三人でローカルアイドルになってみた  完



 第十一章 あとがき


 こんにちは、桜ノ宮綾音です。

 いつもご愛読ありがとうございます(ぺこりんこ)。


 この章は父、桜ノ宮一馬の危機を、そして神代家の大ピンチをみんなで力を合わせて乗り越えるという、お決まりの少年マンガ御用達パターンでしたが、いかがでしたか?


 後半、「なろう」のブックマークが五人連続で減少して、「中吉らららフレンズが活躍するくだりがくどすぎたかな?」と横で作者が呟いています。だけど、それでもあたしの描写が少ないのはどう言うことでしょう、ねえ作者さんっ! どうして開票状況の描写の中に桜ノ宮事務所の様子が一行もないんですかっ! あたし精一杯おめかしして待っていたんですよ!

 そうそう、作者の話だと、この章で一話ごとに評価の点数が増減する現象が観測されたとか。おそらく読者さまがつまらなかったら減点し、気に入った話では加点をしてくださったのでしょう。作者は一喜一憂しながらも、反応していただくことを凄く喜んでいるみたい。作者になり代わり深くお礼いたします。


 えっと、恒例のお便りコーナーです。

 今日はこちらのお便りです。



 優しくって綺麗でボンキュボンな綾音さん、こんにちは!

 ……はい、こんにちは。

 綾音さんはたくさんラブレターを貰ったことがあるって話ですが、一番イカしたラブレターってどんなのでしたか? どんなラブレターが心に残っていますか? 僕には好きな人がいるのですが、なかなかいい文章が思いつきません。ぜひ参考にしたいんです。



 ……って、意外とまともなお便りです。

 そうですね。

 まず思い出すのが同じクラスの男の子が朝、机の中に入れていた便せん。


「僕は綾音さんの事を想うと夜眠れません」


 それを読んだあたしが彼の席を振り返ると、彼、寝てました。

 夜眠れないから授業中に寝てたんですね!


 あと、インパクトと言う意味では、帰り道で待ち伏せされ、手渡された大きなA3サイズの巨大な封筒ですね。

 「桜ノ宮さんへ」と書かれた封筒を開けるとB4の封筒が出て来て、それを開けるとA4の封筒、で、その中にB5の封筒、そのまた中にA5の封筒。結局封筒を8回開けると可愛いピンクの封筒が入っていて、そこに一言だけ書いてありました。


 『封筒でマトリョーシカ!』。


 えっ?

 そんなのラブレターじゃないじゃん?

 確かに『ラブレター』とは違うかも知れませんね。でも、あたしすっごくウケちゃって。これが今まで貰った中で一番印象に残ったお手紙かな。いきなり「好きです」って打ち明けるより、こう言うさりげないギャグでお近づきになるのも手かも知れませんよ。


 責任はこれっぽっちも持ちませんけどね。


 と言うわけで、次章の予告です。


 当初の目的を見事達成した中吉らららフレンズ。

 しかし、彼女達の本来の仕事はこれからだった。

 七夕セールも始まり、ステージに一日店長にと獅子奮迅の活躍を見せる三人の美少女たち。

 しかし、そんな彼女達の目の前で、神代悠也に第四の女が名乗りを上げた。

 どうする礼名、麻美華、そして綾音!


 次章『七夕セールに願いを込めて』も是非お楽しみ下さいね。

 桜ノ宮綾音でした。



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