第11章 第8話
月曜日の放課後、校門の前に倉成家のリムジンが駐まる。
「悠くん、ポスターに写る麻美華を見て欲情するのは仕方ないけど、家に帰るまでは我慢するのよ!」
「何を我慢するんですかっ! お兄ちゃんはポスターの礼名を見ながらハアハアするんですっ!」
「しねえよっ!」
麻美華と礼名は車に乗り込んで、桜ノ宮候補の事務所へと向かう。
これから選挙事務のお手伝いに精を出すそうだ。
車が去ると、僕は急いで家へと向かう。
既に中吉商店街には七夕セールのポスターが張られているはずだった。
「あっ、あった!」
商店街の端にある町の掲示板。
『物欲ムラムラ、買ってカイカン!
中吉商店街七夕セール 七月二日から十日まで』
と訴えるポスターは、赤いセーラーワンピースを着た三人の美少女が満開の笑顔を振りまいている。
「すげっ、可愛いっ!」
思わず声が漏れる仕上がりの良さ。
さすがモニサン社長、朝日さん一押しのスタジオだ。
僕はその隣の掲示板にも目をやる。と、そちらの掲示板にはあるべきポスターがない。
「早速、盗られたかな!」
実はこのポスター、下の方にこんな文字が躍っているのだ。
『わたしたちのポスター お持ち帰りOKよっ!』
そう、ポスター泥棒を公認したのだ。
そして、今日そのことが地元報道機関にプレスリリースされているはずなのだ。きっと今日の夕刊に小さくでも取り上げられているはず。
僕は急いで三矢さんの店に向かう。
「よっ、悠也くん、早いね」
「あっ、こんばんは三矢さん! 早速ですけど、ポスターはどこですか?」
「ははっ、さてはもう盗られてたかな? ほらポスターはここだよ。セールの宣伝と福引き宣伝の二種類。それからポスターを貼った地図はこれだよ」
僕は彼にお礼を言うと、ポスターを抱えて地図の箇所を回る。
「あっ、ここも盗られてる!」
まだプレスリリースの効果はあまり出てないはずなのに、幸先がいい盗まれっぷり。三枚に一枚は盗られていた。やるな、変態ども!
地図に従い街中をぐるりと回る。
掲示箇所は二十カ所以上、結構いい運動だ。
ようやく全部回り終えた僕は家へと戻った。
時計の針は六時を回っている、夕食はカレーだ。
礼名が作ってくれたカレーを火に掛けて、テレビをつける。
「選挙戦もいよいよ後半、話題の選挙区を追いました……」
ここの選挙区は話題の選挙区らしい。桜ノ宮候補と改進党の竹田候補。テレビ局の調査では改進党旋風に乗って竹田候補が10ポイント以上リードしているらしいが、ここに来てその差が詰まってきているという。
「礼名、頑張っているのかな……」
きっと今頃礼名は麻美華と一緒に事務所の応援に大忙しのはずだ。
「さて、次のニュースです。ローカルアイドルグループ『中吉らららフレンズ』を擁して七夕セールを盛り上げる中吉商店街が、また新しい試みを始めました」
テレビ画面に中吉らららフレンズのポスターが大きく映し出され、そして『お持ち帰りOKよっ!』の部分がクローズアップされる。ニュースはポスター泥棒を許容する企画には前例があるものの、商店街のポスターとしては異例だとコメント。最後にアナウンサーが次のように纏めた。
「メンバーのひとり、桜ノ宮綾音さんのお父さんは現在選挙戦の真っ最中。お父さんも娘さんのポスター人気にあやかりたいところかも知れませんね」
まさに礼名の思惑通りの報道だ。思わず手を握りしめガッツポーズが出てしまう。さっき商店街で八百屋の高田さんに声を掛けられて、地元紙の夕刊を見せて貰った。そこにも『娘にあやかりたい?!』とのタイトルで中吉らららフレンズが記事になっていた。地方欄に載った小さな記事だけどポスターの写真も入っていた。
「あっ、カレー!」
気がつくとカレーの鍋が湯気を上げている。
僕はじゃがいもと人参いっぱいのチキンカレーを大盛りで平らげて一息つくと、またポスターの確認に向かう。さっきから二時間しか経っていないというのに、また半分くらいのポスターが盗まれていた。ニュースが効いたのか新聞が効いたのか、この付近には本当に変態野郎が多い。
そして。
商店街もひっそりと静まる夜十時。
中吉らららフレンズのポスタールート、三回目を巡って家に戻った僕を、礼名の笑顔が待っていた。
「お兄ちゃんお帰りっ!」
「ああ、ただいま。いつ帰ってきてたんだ?」
「ほんの今だよ」
「カレー温めようか?」
「いいよ。桜ノ宮さんの事務所でお弁当もらったんだ」
「そうそう、礼名が考えた「ポスター泥棒OK作戦」はすごぶる順調だよ。もう五十枚以上盗られてるよ」
彼女の笑顔を期待していた僕に、しかし礼名は浮かぬ表情で。
「あのね、今回の選挙、本当に厳しいみたいだよ。桜ノ宮さんのお母さんは来る人来る人に笑顔でぺこぺこ頭を下げて本当に大変そう。綾音先輩は未成年だからかな、言葉を選んで控えめでも、ずっと皆さんに愛想振りまいて、ほんとに尊敬するよ」
「そうか。きっと礼名も倉成さんも頑張ってるんだろうね」
「えっと、わたしたちはあんまり出しゃばらないようにしてるからそうでもないよ。だけど今日何回か『中吉らららフレンズの人ですよね』って言われちゃった。少しは有名になったかな?」
そう言いながら少しはにかんだ礼名は、しかしすぐに表情を引き締める。
「あと五日間しかないからね、礼名、精一杯頑張るよ」
礼名のことだ、残りの日々も全力で当たっていくだろう。僕も盗まれたポスターの補充に精を出さなくちゃ。
その日シャワーを浴びて自分の部屋で横になった僕は、疲れていたのかすぐに深い眠りに落ちていた。




