第11章 第7話
「昨日もテレビに出てたね。凄い人気だね」
「それもこれも三矢さんのお陰ですよ。ほら、うちもご覧の通り!」
日曜日、オーキッドは大繁盛。
満席が続き、せっかく来てくれたお客さんが何組も帰ってしまう始末。申し訳ないので店の割引券をお渡しして、自慢のウェイトレス三人衆が丁寧にお詫びをする。今も店の外に二組のお客さまがお待ちだ。
「いよいよポスターも明日完成だね。刷り上がりが楽しみだよ」
「授業があるので手伝えませんが、ポスター貼り、よろしくお願いします」
「任せときなって。きっと街中が華やかになるだろうね」
カウンター席の三矢さんとそんな話をしていると、大きな胸を揺らしながら赤毛のツインテールがカウンターに入ってきた。
「本当に何とお礼を言っていいやら。中吉商店街が父の陣営について下さって、本当に力強いです」
赤いセーラーワンピースが似合う桜ノ宮さんは深々と頭を下げた。
「いやいや、僕は何にもしてないよ。お礼なら礼名ちゃんに言ってよ。それより大人気だね、中吉らららフレンズ」
「はいっ。商店街のために、お客さんの物欲をムラムラさせますっ!」
物欲ムラムラ、買ってカイカン!
これが今年の七夕セールキャッチコピーだった。
「大変だけど宜しくね!」
この後も地元タウン誌が取材に来る予定。
だからみんなは中吉らららフレンズのアイドル衣裳で絶賛営業中だ。
やがて。
からんからんからん
「いらっしゃいませ~っ!」
「あっ、朝日さん!」
三矢さんが帰ると、入れ替わるように大手芸能事務所モーニングサンオフィスの朝日さんがやってきた。彼は鷹揚に右手を挙げてカウンターに座る。
「撮影スタジオの紹介ありがとうございます。お陰でいいポスターが出来そうです」
「そりゃあ良かった。まあ僕としては三人にモニサンの専属になって欲しいんだけどね」
そして店内を見回すと少し声を潜める。
「ローカルアイドルもアイドルと一緒で、本当は政治色が付いた形での活動はお勧めしないんだけど。この活動の目的は桜ノ宮候補の後方支援なんだよね」
「はい、その通りです。あくまで偶然のタイミングを装ってさりげなく、ですけど」
「誰が見てもさりげなさがギンギラギンだよね。ところでお兄さんは、桂小路さんが改進党の候補に肩入れしていること、ご存じかな?」
「やっぱりですか」
「やっぱり、とは?」
僕は改進党の関係者が、この店の付近に市民サービスセンターを移設する計画を説明に来たこと、それはまるで、この店の明け渡しは既に合意されているかのような口調だった事などを朝日さんに打ち明けた。
「だから、桂小路の祖父が何か絡んでいるとは思っていたんです」
「なるほど。やはりあのご老体はしつこいですね……」
朝日さんは静かにコーヒーを啜って何かを考えていたが、やがてカウンターへ入ってきた桜ノ宮さんに向かって口を開いた。
「選挙戦大変ですね」
「そうですね、あたしも今日の取材が終わったら事務所を手伝うんです。今は人の手がどれだけあっても足りないんです。支援戴いている皆さんに精一杯の心使いをしなくては…… あっ、勿論賄賂じゃないですよ」
「ははは、分かってますよ。裏方さんと言うのはどこの世界でも大変ですよね。勿論芸能界も」
そう言うと彼は残ったコーヒーを飲み干して。
「それじゃあ頑張って下さい。応援してますよ。ただし、僕は選挙区が違うけど、ね」
「ありがとうございました~っ」
彼が店から出て行くと礼名がカウンターへ入ってくる。
「ねえ、お兄ちゃん、明日からは取材の予定入ってなかったよね」
「あ、うん。入れてないけど」
「明日からわたし、桜ノ宮さんの事務所のお手伝いにいくよ。あ、当然事務とかのバイトだよ。モチ麻美華先輩もね」
「あら礼っち、勝手に人の予定を決めないでちょうだい」
「何言ってるんですかっ! さっきの朝日さんと綾音先輩の話、ちゃんと盗み聞きしてましたよねっ!」
「人聞きの悪いこと言わないでくれる? 盗み聞きなんてしてないわ。れっきとした盗聴よ!」
麻美華は右耳からイヤホンを外す。そしてカウンターの下に隠してあった小さな機械を手に取った
「これは倉成通信製の最新式マイクロレコーダーなのよ。超高感度の内蔵マイクと、無線による情報伝送機能がクールなのよ」
「それってほとんど盗聴器じゃねえか!」
「ええ、だから私は立派な盗聴だと言ったのよ。断じてコソコソとした盗み聞きなんかじゃないわ!」
エヘン、とばかりに胸を張る麻美華。
何を威張っているのだろう。盗聴と盗み聞きの違いを教えて欲しい。
「ともかく麻美華先輩、綾音先輩は人手が足りないって言ってましたよね。わたしたちも明日からお手伝いしましょうよ!」
「仕方がないわね、わかったわ。ところで、悠くんも当然一緒よね」
「残念ながらお兄ちゃんは中吉商店街でお留守番ですっ! 何故なら、お兄ちゃんにはわたしたちのポスターを保守点検する仕事が待っているからですっ!」
「あ、そうだったわね。それじゃあ仕方がないわね」
そうこうしている内に、タウン誌の取材クルーが来店する。
「「「いらっしゃいませ~っ、中吉商店街へようこそっ!」」」
彼女達への取材風景を見ながら、お客さんたちも楽しんでいる。
そんな、慌ただしくも楽しい日曜日。
店を閉める頃には、僕はもうヘトヘトだった。




