第11章 第4話
「中吉らららフレンズ? 何だその少女漫画誌をただ単にみっつ並べてみたっぽい安直なユニット名は!」
次の日、三人並んでポーズを決める美少女達を前に、僕は皿洗いの手を止める。
「みんなでまじめに考えたんだよ。中吉商店街の期間限定ロコドルだよっ!」
商店街の集会であっさり可決された礼名の提案。話を聞いた桜ノ宮さんは一瞬驚いたけれど、すぐに頭を下げた。
「ありがとう礼名ちゃん。あたし、頑張るわ」
以前、アイドルのお誘いを「倉成家の子女として無理」と断っていた麻美華も、
「綾音がやるんなら勿論ヤるわよ。麻美華がヤルからには中途半端は許さないわよ!」
俄然、ヤル気がほとばしる。
「早速、みんなの衣裳をデザインするわね」
嬉しそうな桜ノ宮さん。
昨日、僕は礼名に聞いた。
「どうして商店街のアイドルユニットなんて言い出したんだ? 礼名も、他のみんなも忙しいだろうに」
「えっとね、これは話題作りなんだ。わたしたちは選挙運動できないでしょ。だったら他の方法で綾音先輩のお父さんを応援しなくちゃいけないって思って」
窓の外は雨。
日曜日だけどこの雨じゃお客さんも少ない。さっきから手持ちぶさたのウェイトレス三人衆はわいわいキャッキャと新しいユニットの活動について話をしている。
「そうだ、中吉商店街七夕セールのポスター作ろうよっ。センターは綾音先輩で!」
「本来ならユニットのセンターはこの麻美華と決まっているのだけど、今回は仕方がないわね。ああそうだわ、新曲も必要ね。礼っち、宜しくね」
「どうしてわたしなんですかっ!」
「だって言い出しっぺは貴女なんだから。ノリが良くってメロディアスなのがいいわ」
「軽く言わないでください」
「百万枚は売りたいわね」
「デビューの予定はありません!」
「デビューアルバムがいきなりベストアルバムってのもいい企画だわ」
「理解出来ません」
そう言いながらも、礼名の手はエアピアノを叩いている。
曲を作る気満々だ。
「三矢さんの話だと、市内の商店街連合の会合が今夜開かれます。そして選挙の公示日が明日。わたしたちも準備急がなきゃですよねっ」
「そうね。プレスリリースの準備は麻美華に任せなさい。七夕セールでの活動予定は礼っちに任せたわよ」
一体彼女らは何を企んでいるのだ。ともかく目立てば勝ちだとか言っていたが。
その日、店の売り上げは全然伸びなかったけど、桜ノ宮さんと麻美華、そして礼名の三人は一日中嬉しそうに計画を練っていた。
* * *
知らなかった。
事態は僕の想像より遙かに深刻だと言うことを。
月曜日、学校の帰りに立ち読みした週刊誌によると、僕たちの選挙区は協和党の桜ノ宮氏と改進党の竹田氏の事実上の一騎打ち。だけど、事前調査での当選予想は竹田氏だった。それも確実という意味の○印まで打たれていた。全国的にも改進党の躍進が伝えられ、協和党有力議員の劣勢が話題に上っている。
「お兄ちゃん、ほら……」
礼名がテレビのチャンネルをニュースで止める。
選挙戦始まる・今日公示! とのテロップの上に、選挙カーに乗ってマイクに叫ぶ候補者の映像が映し出されている。
今回の選挙で躍進が予想される改進党。その竹田候補は駅前で第一声を上げました。相手は国務大臣経験もある協和党の桜ノ宮候補ですが、追い風に乗って有利に戦いを進めています。
しかし、改進党も油断はできません。当初改進党を支持すると見られていた市の商店街連合会が突如自主投票を決定するなど、協和党も巻き返しに躍起です。選挙戦は始まったばかり、まだまだ予断を許しません……
「お兄ちゃん、綾音先輩のお父さん、かなり苦戦してるんだね」
「うん、そうみたいだね。雑誌にも劣勢だって書いてあったよ。だけど、中吉商店街が協和党支持に回ったことで、市の連合会まで自主投票になったんだね。凄いよ礼名は」
「ううん、あれは三矢さんが根回しして頑張ってくれたんだよ。連合会の会則にある「重要事項は全会一致」と言う一文を取って、市の連合会を動かしてくれたんだよ」
「そうだったんだ。後でお礼をしなきゃ」
「大丈夫だよ。わたしがしといたからね。それより次はわたしたちの番だよ。見ててね、お兄ちゃん。本番はこれからだよ!」
にやり笑う礼名は手元のノートに目を落とす。
「明日は衣裳の採寸と打ち合わせで、明後日はプレス発表と同時に地元紙とテレビ局の取材。金曜はポスター撮りで来週月曜は中吉商店街七夕セールの宣伝取材と、予定は一杯だよ!」
とても小さな商店街のキャンペーンとは思えない大袈裟な計画だった。
「何だかメチャメチャ準備がいいな。しかしその予定、上手く進むのか?」
「うん大丈夫だよ。モニサンの朝日さんにアドバイスと協力お願いしてるし、麻美華先輩も倉成グループの力をフルに使ってくれるらしいし!」
本気だ。
走り出したら急加速あるのみ、ブレーキは付いていないらしい。
礼名と麻美華、そして桜ノ宮さんはいったいどこまで突っ走るのか。
道路交通法には引っかからないのか?
しかし二日後。
心のどこかで自分だけは蚊帳の外だとタカをくくっていた僕は、自分の浅はかさを深く後悔することになる。




