第11章 第3話
からんからんからん……
「礼名ちゃんには敵わないよ!」
店に入ってくるなり、三矢さんは頭を掻いた。
「先ほどは失礼しましたっ!」
ピンクのフリルに白いエプロン、カフェ・オーキッドの制服を着た礼名がペコリと頭を下げる。
「礼名ちゃんの言う通り、今晩の商店街集会で支持政党を投票で決めるよ」
「三矢さん、ありがとうございますっ!」
「ありがとうございます、ありがとうございます……」
ニコリ微笑む礼名の横で何度も何度も頭を下げる桜ノ宮さん。
今度の国政選挙は急遽決まったこともあって、ちょうど今晩、商店街の集会を開いて改進党支持への承認をとる予定だったらしい。しかし礼名の願いもあって、承認ではなく支持政党を投票で決定してくれるそうだ。
「行きましょう、綾音先輩!」
「行くって、どこへ?」
「決まってます。商店街の皆さんに桜ノ宮さんの応援を……」
「ダメよ!」
桜ノ宮さんは驚いたような顔をして。
「礼名ちゃん。気持ちは嬉しいわ。でもね、未成年のあたしたちは選挙運動が出来ないの。今は公示前だから微妙だけど、でも、一歩間違うと命取りになるから」
「えっ、そうなんですか……」
礼名の声が尻すぼみになる。
桜ノ宮さんは公職選挙法の話とか、過去の違反摘発例だとかを礼名に話して聞かせる。
「えっと…… わかりました。じゃあ商店街の集会には出るのは問題ないですね…… そうですね、あとは礼名に任せて下さい!」
そうなのか。未成年者は例え候補者の娘であっても選挙運動することは違法らしい。事務のお手伝いはOKだけど選挙運動はNGとか。なかなか大人の世界は難しい。
「じゃあ集会は夜九時半からだからね」
そう言い残し三矢さんは帰っていった。
* * *
「早く行こうよ!」
閉店時間を少し繰り上げて商店街の集会に駆けつける。
僕らは夕食もとらず、仕事着のまま町の公民館に急いだ。
「そんなに早く行かなくても、まだ三十分以上あるよ」
「その三十分が大事なんだよ。あのさ、お兄ちゃん」
歩きながら急に僕の腕を取る礼名。
「わたし、綾音先輩を応援しようと思う。お兄ちゃんも味方になってくれるよね?」
「ああ、勿論だよ」
「ありがとうっ!」
急に僕の前に躍り出ると、礼名は笑顔で僕を覗き込んだ。
「礼名、お兄ちゃんが一緒だったら何にも怖くないよ! ちょっと無茶するかもだけど許してねっ!」
そして、集会三十分前。
公民館には既に十人ほどが集まっていた。
「三矢さん、お手伝いします!」
商店街会長の三矢さんに駆け寄ると、マイクの準備を始める礼名。僕も周りを見てパイプ椅子を並べる。
「よっ、礼名ちゃん! 仕事が終わってもやっぱり別嬪さんだねえ!」
「あっ、こんばんは、高田さん!」
「何でも集会で支持政党の選択しようって言い出したの礼名ちゃんなんだって?」
「はいっ。実は改進党の人がうちの店を無理矢理立ち退かせて行政センターを作るって言うんですよっ! そんなこと聞いてないって言ってるのに……」
昼間聞いた市民サービスセンター移設の話をベラベラと語り始める礼名。勿論、意図はミエミエだ。桜ノ宮代議士の協和党への支持取り付けだ。
「そりゃあ酷いな。よしっ、おじさんに任せとけ!」
会う人会う人、繰り返し同じ話をする礼名。
「礼名ちゃん頑張ってるのにね。そうそう、桜ノ宮議員の娘さん、オーキッドで働いてるんだって?」
「はいっ。桜ノ宮先輩はすっごく優しくって、わたしもお世話になりっぱなしなんです!」
おじさんもおばさんも、おじいさんもおばあさんも、まさしく老若男女問わず味方に引き込む礼名。彼女の天性の武器だ。
集会が始まる頃には五十人を優に超える人達が集まっていた。公民館は人で一杯だ。
「では、今から中吉商店街の臨時集会を始めます」
仲良くわいわいとお喋りに興じていた商店街の人々は、三矢さんの声が響くと席に座り静かになった。
「今日はカフェ・オーキッドさんの提案で、商店街の支持政党について投票を行います」
僕と礼名は席を立つと深々と頭を下げる。期せずしてパラパラと拍手が起きた。
文房具屋の吉田さん、薬屋の井川さん、本屋の立花さん、そして高田さん。ムーンバックスの奈月さんも僕たちを応援してくれている。
やがて。
無記名の投票が行われ、速やかに開票される。
たかだか数十票の開票だ、時間は十分もかからなかった。
「結果を発表します」
三矢さんは集計したノートに目を落とす。
改進党十二票、協和党五十三票。よって中吉商店街は次の選挙でも従来通り協和党を支持します。
パチパチパチパチ……
「ありがとうございますっ!」
ひとしきり拍手が起きる中、僕と礼名は立ち上がって頭を下げる。
と、やおら礼名が手を上げた。
「会長! ひとつ提案があります!」
提案?
三矢さんが発言を承認すると、礼名は小さく「よ~しっ」と気合いを入れて胸を張る。
そして前に歩み出ると深く頭を下げ、緊張した面持ちでマイクを握った。
「あと一ヶ月もしたら商店街恒例の七夕セールですよね。そこで、セールの盛り上がりと中吉商店街の宣伝を兼ねて期間限定のローカルアイドルユニットを立ち上げたらって思うんです」
突然何を言い出すんだ、礼名!
「アイドルユニットは、オーキッドでお手伝いしてくれているふたりの店員さんと、もし良ければ、このわたしの三人でどうかな、と……」
そんな話聞いてないぞ! それでなくても忙しいのに。だいたい倉成さんと桜ノ宮さんの許可は取ってるのか?
「最近、よその商店街なんかでも地元のアイドルユニットを立ち上げたり、ゆるキャラを作ったりして宣伝に必死です。わたしたちも中吉商店街のために頑張れればって思っています!」
パチパチパチパチ……
「いいと思うよっ! 礼名ちゃんたちが七夕セールの顔になってくれたら、お客激増間違いなしだっ!」
僕の頭が混乱している間に、高田さんの称賛の声が飛んだ。
すると、それが呼び水になったのか、みるみる喝采が巻き起こる。
オーキッドの三人の美少女ウェイトレスはネットだけじゃなく、商店街でも評判になっていた。
それにしても……
「え~ じゃあ、今のカフェオーキッドさんからの提案について、挙手で賛否を求めます。オーキッドさんの提案に賛成の人!」
一瞬で、賛成多数と分かる手が上がる。
「ご覧の通りオーキッドさんの提案は賛成多数と判断します。神代さん、大変だけどよろしくお願いしますよ」
「宜しく頼むよっ!」
パチパチパチパチ……
歓声と拍手が巻き起こる。
驚くほどあっさりと決まってしまった。
しかし。
何を考えているのだ、礼名は。
「ありがとうございますっ! また今度、メンバー三人集まって、ご挨拶させていただきますっ!」
マイクを持ったまま礼名は嬉しそうに、深々と頭を下げたのだった。




