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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二章 学校はわたしの敵だらけです
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第2章 第2話

 突き抜ける青空。

 見事なまでの日本晴れ。

 僕と礼名は玄関の鍵を掛け、誰もいない家に声を掛ける。


「「行ってきま~す」」


 そして商店街を歩き出す。

 この道が僕たちふたりの通学路。


「しっかし、やっぱり礼名は凄いな」

「何が? やっと礼名と婚約する気になったの?」

「いや、そうじゃなくって、昨日の入学式のことさ」

「なあんだ、そんなことかあ。輝く婚約指輪はまだお預けなのか~」


 昨日は朝から礼名の入学式だった。


 昨日。

 二年生の僕は学校休みだったけど、保護者として入学式に参列した。


「ふわあああっ」

「どうした礼名、寝不足か?」

「大丈夫だよ。それよりありがとう、お兄ちゃん!」


 学校への道すがら、礼名がペコリと頭を下げる。


「僕は親父とお袋の代行だから。居眠りしてたら家に帰って報告するからな」

「大丈夫だよ、お父さんもお母さんも、そんな些細ささいなことじゃ怒らないよ」

「お前、式の最中、寝る気満々だな!」

「その時は、夢の中でも一緒にいてね、お兄ちゃん!」


 そんな会話をして。


「んじゃ、見ててねっ!」


 礼名と校門で別れると、僕は父兄席に着く。

 『父兄席』なので、兄の僕が座ることに何ら問題はないはずなのだが、実態は全然違っていた。


「ここは上級生の席じゃないのに。この子、間違ってるんじゃないの」


 周囲の視線が突き刺さる。

 周りを見ても僕はひとり浮いていた。僕だけが異物だった。この席は父兄席ではなく『父母席』もしくは『父母と、そのまた父母の席』と呼ぶべきだ。兄なんてひとりもいない。アウェー感ハンパない。

 どっちを向いても着飾った大人達の中で萎縮して小さく座っていた僕に元気をくれたのは、やっぱり礼名だった。


「新入生の誓いの言葉。新入生代表、神代礼名」

「はいっ!」


 元気な声が体育館に響く。

 新入生代表で壇上に立ったのは礼名。

 受験直前にあんな事があったのに、やっぱり主席で合格したんだな。

 肩で切りそろえた黒髪に端整な顔立ち。少しだけダブダブの制服に身を包んだ礼名はゆっくりと深呼吸をして、そのくりっと印象的な瞳で場内を見回した。


「本日は私達新入生のためにこのように盛大な入学式を催して戴き本当にありがとうございます。校長先生、諸先生方、ご来賓の皆様にも心より御礼申し上げます……」


 手に持った原稿には全く視線を落とさず、一生懸命前を向いて声を張り上げる。

 そして、当たり障りのない挨拶の言葉を流れるように紡いでいく。

 やがて彼女は僕を見つけて視線を止めた。

 そしてじっと僕を見つめながら言葉を続ける。


「私は三ヶ月前に両親を失いました。そして自分がいかに両親の深い愛に包まれていたのかを知りました。私達は誰もひとりでは生きていけません。だからこそ、ここにいる先生方、ご来賓の皆様、そしてご父兄や諸先輩方の声に耳を傾け、皆様のご指導に一生懸命学び、この学舎まなびやで自分を成長させていきたいと思います。そして自分の将来の夢を、希望を、自分の手で掴み取るため一歩一歩邁進します……」


 礼名……

 やがて。


 彼女はもう一度会場内を見回して宣誓の締めに入る。


「私達新入生一同は歴史と伝統あるこの南峰高校の学生としての誇りを持ち、その名に恥じぬよう学業にスポーツに実りある学生生活を送ることをここに誓います。以上をもちまして宣誓の言葉とさせて戴きます。ありがとう、ござい、ましたっ……」


 それまで一度も止まることなく、流れるように言葉を紡いでいた礼名が、最後のところだけ声を詰まらせて。


 でも誇らしかった。

 僕は思いっきり拍手をした。

 周囲の『ご父兄』もたくさん拍手をしてくれた。


 でも、足りない。

 足りないよ、みんな。もっと拍手だよ。スタンディングオベーションだよ。大きな声を上げようよ。礼名は頑張ったんだよ。


 そんな昨日の事を思い出しながら。

 僕は横を歩く礼名に語りかける。


「ホントに立派な宣誓だったよ。いつの間に暗記したんだ?」

「う~ん、一週間くらいかかったかな。お兄ちゃんに隠れて頑張ったよ。驚いたでしょ」

「うん、ちょっと感動した」

「ホントは、「私達は誰もひとりでは生きていけません」のところは、「わたしはお兄ちゃんなしでは生きていけません」って言いたかったんだけど、世間体を気にして、やめた」

「うん、賢明だね。その辺は常識人だよね、礼名」

「あとね、「学業にスポーツに実りある学生生活を送ることをここに誓います」ってところも、「学業にスポーツに、お兄ちゃんとの恋愛に、実りあるふたりだけの愛の日々を送ることをここに誓います。きゃはっ」って言おうと思ったんだけど、やめといた」

「うん、もはや痛さしか感じないよね、それじゃ」


 こいつ、壇上でそんなことを考えていたのか。

 感動した僕がおバカちゃんだったよ。


「でも、お兄ちゃんに褒めて貰えて頑張った甲斐があったよ。あ、佳織かおりおばさんにも褒めて貰ったっけ」

「そうだな、ケーキも死ぬほど食べさせて貰ったしな」

「そうだね、あれは死んだよね……」


 昨日。

 入学式が終わったあと、僕は校門で礼名を待った。

 立派に宣誓をした礼名を早く冷やかして、いや、おだててあげたかった。

 そんな僕に声を掛けてきたのはスーツ姿の小柄な女性。


「悠也君!」

「佳織おばさん!」

「探したのよ、悠也君。よかったわ、会えて」


 父の妹になる松川佳織まつかわかおりおばさんは隣の市に住んでいる。

 旦那さんの隆雄たかおおじさんと形式だけではあるけど、僕たちの養父母を引き受けてくれている。あくまで書類の上だけの話だけど。


「来てくださったんですか。ありがとうございます」

「驚かそうと思って来たんだけど。ところで、礼名ちゃんは携帯変えたの?」

「あっ、礼名の携帯は解約しました。今は僕の携帯がふたりの共用なんです」

「そうだったの。どうりで」


 僕は内ポケットからマナーモードに設定しているガラ携を取り出す。そこには佳織おばさんからの着信が何度も入っていた。


「あ、ごめんなさい。電話に出なくて」

「まあ、式の最中だったからね。しかし礼名ちゃん立派だったわね。その上すっごく綺麗になって。悠也君心配でしょ」

「どう心配なんですか。ま、多分モテるでしょうね、礼名は」

「新入生代表とか、あなたのお母さんと一緒ね。血は争えないわね」


 自分の口からは決して言わなかったが、母の成績は抜きんでていたらしい。


「お~い、お兄ちゃ~ん、あっ佳織おばさんも!」


 そこへ礼名がやってきて。


「あっ、おめでとう礼名ちゃん!」

「わあっ、来てくださったんですか! ありがとうございますっ」

「それじゃあ、ぱあっ~と、お祝いに行きましょうか!」


 佳織おばさんは僕たちに昼食をご馳走してくれた。

 連れて行ってくれたのは新しく出来たケーキバイキングのお店。


「わたし、一度来てみたかったんですっ!」


 瞳をキラキラ輝かせる礼名。


「凄いですね、九十分食べ放題なんですね」


 僕も同調する。

 本当は肉料理が食べたかったんだけど、文句を言ってはバチが当たる。


「私ね、一度このお店に来たかったんだけど、主人が行きたがらなくってね。だから今日の真の目的はここなのよ。ほら、おばさんひとりじゃ入りにくいでしょ!」


 何となくダシにされた気もするが、文句を言ってはバチが当たる。

 かくして。

 昨日の昼は動けなくなるまでケーキを食べたのだった。


「佳織おばさん凄かったね。あんな細いのに九十分間ノンストップ特急だったね」

「うん、僕の二倍は食べてた」

「お兄ちゃんも、わたしの二倍は食べてたよ」

「じゃあ礼名のひとり負けだ」

「意味わかんないよ。でもさ、佳織おばさんってお母さんと同じ歳なんだよね、よく食べるよね」

「佳織おばさんはまだ若いよ。お袋も若かったんだし」


 母は二十歳で駆け落ち同然に父と結婚した。

 享年は三十七歳だった。

 駆け落ちが早いか、僕が早いかと言ったタイミング。

 母はよくこんな話をしてくれた。


「お母さんは結婚する前に悠君を授かったのよ。だからお父さんと駆け落ちしちゃって、桂小路の家に縁を切られちゃったの。ごめんなさいね」


 この時だけは、躊躇ためらいがちな笑顔で語ってくれた母。

 母のこの話は僕の心にとても奇妙な印象を持って刻まれていた。

 時間的なタイミングからは全然不思議な話ではない。

 でも僕は奇妙な違和感を覚えた。

 何故か。

 それは父がよくこんなことを言っていたからだ。


「お前達のお母さんは聖母様のような人だからな。礼名も自分を大事にするんだぞ」


 長い間このふたつの話は僕の心の中でかみ合わなかった。

 今思えば、この違和感は残酷な現実を予言していた訳だけど。


「あのさ、お兄ちゃん」


 横を歩く礼名の声に現実に引き戻される。


「わたしね、お母さんがご飯をばくばく食べてる記憶ってないよ。いつもわたしたちに、もっと食べなさい、って言って、たくさん食べるわたしたちを見てにっこり笑っている記憶しかない」


 礼名の声はどこか寂しそうに。


「そうだったね。あ、もうすぐ学校に着くぞ」


 何となくいいタイミングで話題を変えることが出来そうだ。


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