第11章 第2話
そう、一昨日、木曜日のことだ。
放課後、コン研での活動を終えると麻美華と落ち合い、公園に向かった。
学校前の大通りを曲がり、閑静な住宅街をまっすぐ歩くと見えてくる小さな公園。
最近、週に一度は麻美華と二人でここに来ていた。
「お兄さまは桂小路家に殴り込みに行った、のよね」
公園のベンチに並んで座る麻美華は、前を向いたまま躊躇いがちに尋ねる。
「あ、うん、そのつもりだったんだけど……」
僕は料亭での出来事を話し始める。
桂小路の祖父に会いに行ったはずが、出て来たのは母の弟にあたる一石おじさんだったこと。彼は祖父のしたことを謝ってくれたけど、祖父への協力も頼まれたこと。そしてそれは断固拒否したこと。
「で、そのあと結構盛り上がっちゃってさ」
「お兄さまは飲めば陽気になるタイプなのね」
「酒なんか飲んでないよ」
「では、お酒がなくても裸踊りが出来るのね」
「脱いでねえ!」
「その、一石さんって同性愛者よね。お兄さま、密かに気に入られたとか?」
「えっ?」
その可能性は考えてもみなかった。もしかして僕は危ない橋を渡ったのだろうか。
麻美華は動揺する僕を横目に、軽く微笑んだ。
「冗談ですよ、お兄さま。でも、礼っちの実家って結構凄いですね。麻美華も一石デザインは大好きで何十着も持ってますよ」
桂小路は資産家の名家で、大きな商社のオーナーでもある。そしてその一族に日本を代表するファッションデザイナーもいるわけで。
「だけどお兄さまは、一石さんのお世話になったりしちゃダメですよ。お兄さまは倉成家の血を引くんですからね!」
「いや、僕は神代悠也だ。自分の力で生きていくよ」
「もう、兄妹揃って意地っ張りなんだから……」
妹モードの麻美華は少し拗ねたように僕を睨むと、立ち上がって横にある鉄棒に飛び乗った。
「でも、そんなお兄さまは格好いいです。麻美華、応援しますね!」
* * *
カウンターに入ってきた麻美華は既に拭いてあるグラスを、意味もなくもう一度拭きながら、僕の耳元で囁く。
「一石さんって、いい人じゃない。礼っち、彼のお世話になればいいのに」
「えっ?」
麻美華はいつもの上から目線で。
「パリのデザイン学校なんてかっこいいじゃない!」
「でも、彼も桂小路家だよ。礼名に祖父の跡取りをさせようと思っているんだよ」
「でも、それが元の鞘じゃないのかしら? 礼っちは桂小路、悠くんは……」
「何ヒソヒソしてるんですか?」
「チェックが厳しいわね……」
礼名がカウンターに入ってくると同時に麻美華は出て行った。
からんからんからん……
「いらっしゃいませ~っ!」
「お世話になります、改進党の竹田事務所のものです!」
入ってきた背広姿の男性はにこやかに僕のところに歩み寄る。
「はい?」
「今度、この商店街で推薦して戴くことになりました。ご支援よろしくお願いします」
「はあ…………」
「ところで、こちらのお店には、改進党が進める市民サービス向上のため、サービスセンター移設にご協力戴くと伺っています。本当にありがとうございます」
僕に深く頭を下げる男性。
「サービスセンター移設って、何のことですか?」
「え、ご存じありませんか?」
改進党の秘書と言うその男性の話によると、ここから一キロほど離れたところにあるふたつの市民サービスセンターを、利便性の良いこの場所に移設する計画があるらしい。行政の効率化と利便性の向上、それは改進党の公約とのこと。そしてその移設場所として白羽の矢が立っているのが、この店だと言うのだ。
「お隣の店舗跡と、この店の裏のコインパークを合わせると十分な広さが確保できますからね。勿論、新しいお店の営業場所はご用意していますよ……」
一言で言うと、商店街にあるビルの店舗を用意するから、ここを出て行けと言う話だ。
「そんなことに協力するなんて言った覚えはありませんが!」
「えっ? おかしいですね。この場所をご推薦戴き、調査は進んでいるのですが……」
まさか!
また桂小路か!
何回僕らを苦しめれば気が済むんだ!
僕は彼を丁重に追い返すと、カウンター内に置いてあるパイプ椅子にへたり込んだ。
「ねえ、この商店街って改進党の支援に寝返るの?」
驚いたようにカウンターに入ってきたのは桜ノ宮さん。
僕は彼女に三矢さんから聞いた事情を説明した。
ここ中吉商店街は今まで協和党を支持していたが、改進党支持に鞍替えするらしいことを。
「そんな…………」
真っ青になってカウンターにうずくまる彼女。
「ねえ悠くん……」
麻美華が僕を手招きする。
そして桜ノ宮さんに聞こえないように僕の耳元で囁く。
「もうすぐ次の選挙が公示されるんだけど、下馬評ではこの地域も協和党の劣勢が伝えられているのよ。即ち綾音のお父さん、当選危ないのよ」
「えっ?」
初耳だった。
改進党の躍進ぶりはニュースでも良く耳にしたが、桜ノ宮と言えばこの地域では圧倒的に有名な政治家だ。まさかそんな状況とは思いもよらなかった。
「綾音のお父さん最近大変そうなのよ。綾音も凄く気にしてるみたいで……」
「お兄ちゃん!」
気がつくと僕の後ろに礼名が立っていた。
背筋を伸ばして凛と立ち、きりっと僕を見つめる彼女。
「わたし、今から三矢さんのところに行って嘆願してきますっ!!」
言うが早いか彼女は店を出ていった。




