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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十一章 三人でローカルアイドルになってみた
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第11章 第1話

 第十一章 三人でローカルアイドルになってみた



 その客は突然やってきた。


 からんからんからん……


 鮮烈な緑のシャツに黒く細いスラックス。

 場末の喫茶店には不釣り合いなほどにお洒落な男。


「いらっしゃいませ~って、ええ~っ!」


 礼名は驚きの声をあげた後、困惑の表情を浮かべ。


「いらっしゃいま…… きゃあ~っ!」


 桜ノ宮さんは目を見開き黄色い声を上げ。


「いらっしゃいませ」


 麻美華はいつもと変わらぬ上から目線で淡々として。


「あっ、いらっしゃいませ!」


 そして僕は一瞬の驚きの後、笑顔を浮かべた。


「わざわざ来ていただいたんですね、一石いっせきおじさん!」

「よっ! なかなか小綺麗な店じゃないか!」


 彼は鷹揚に手を上げて、僕の前のカウンター席に腰を下ろした。


「先日はごちそうさまでした」

「いやいや、こちらこそ楽しかったよ」


 一石おじさんはメニューを手渡す礼名にお勧めを聞いて南国スイートコーヒーを注文する。彼がトイレに立つと、慌てたように桜ノ宮さんがカウンターに入ってきた。


「ねえねえ神代くん、今の人、ファッションデザイナーの桂小路一石さんよねっ! もしかして、神代くんの実家の桂小路って……」

「ああ、そうだよ。一石おじさんは母の弟だよ」

「すっご~い! あたし一石さんの大ファンなの! そうだ、サイン貰わなきゃ! 色紙色紙~!」


 珍しく浮かれる桜ノ宮さん。

 そしてトイレから戻る彼にちゃっかりおしぼりと色紙を差し出す彼女。どこに持ってたんだ、色紙なんか。


 カチャッ


「お待たせしました。南国スイートコーヒーです」

「ありがとう。いや実はね、明後日パリに戻るんだよ。当面日本に用はないから何かあったらこの前教えた番号に連絡くれよ。海外でも通じるからさ。あ、でも通話料バカ高いから、掛けてくれたら折り返すよ」

「忙しいんですね」

「まあね。日本も仕事で戻ってきたんだからね。そうだ、夏休みとかパリに来るといいよ、案内しよう」

「はははっ、時間と金があれば、ですね」

「金の心配はいらないよ。時間はどうにもならないけどね」


 彼はコーヒーを一口啜って店内を見回す。


「ここの給仕さんの制服、なかなかいいね」

「あっ、ありがとうございますっ! お恥ずかしいですけど、あたしがデザインしたんですっ」


 どこで聞き耳を立てていたのか、間髪入れずに桜ノ宮さんが話に絡んでくる。


「ほう、なかなかいいセンスしてるね」

「本当ですかあっ!」


 桜ノ宮さんは満開の笑顔をほころばす。目には星がキラキラ輝いて、伝統的な少女漫画の王道ヒロインのようだ。


「綾音先輩、何そんなに喜んでるんですか?」

「何って礼名ちゃん、あの桂小路一石さんに褒められたんだよ! 日本が誇る世界のイッセキ。宇宙一のデザイナーなんだよっ!」

「はっはっは、俺ってそんなにビッグなんだ。ありがとう」


 豪放に笑う一石おじさん。


「そうですね、これで実家を継いでくれたら言う事ないんですけどね」

「礼名ちゃんは厳しいな。でもそこはほら、姉さんと一緒と言う事で」

「母にはきっと重大な理由があったんですっ」

「そうかもね。でも僕にも重大な理由があるんだよ、ここでは言えないけどね」

「いいじゃないですか、同性愛ホモセクシャルだって立派な愛の形ですっ!」


 身内の秘密を躊躇ためらいなくあっさり暴露した礼名は暴走を始める。


「同性愛、礼名は否定しませんよ。でもね、だったら礼名だってお兄ちゃんとのこの愛を貫き通してもいいですよね!」

「お兄ちゃんとの、この愛?」

「そうです。生まれた瞬間から、いいえ、生まれるずっと前から赤い糸で結ばれた、お兄ちゃんとわたしの清く正しく美しい一本の愛です。わたしは世界一お兄ちゃんに相応しい乙女になって、そして清い心と体のまま、この家の二階にある主寝室で結ばれるんです!」

「初夜は二階の主寝室なんだ。悠也くん、もっとさ、エーゲ海を望むホテルのスイートルームとか、満天の星降る銀河鉄道とか、ロマンチックな夢を見させてあげなよ」

「いや、一石おじさん、僕と礼名は兄妹ですから」

「あ、そうだったね。だけど僕は悪くないと思うよ、ははははっ!」


 そう言うと大きな声で笑い出す一石おじさん。


「おじさん、わかってくれますか! わたしの清く正しいブラコン道を!」


 突然盛り上がるマイノリティふたり。全く何なんだ、この人達は。血は争えないということか?

 礼名と一石おじさんは『マイノリティこそが時代を作って来た』とか『現代人の常識は昔の人の非常識』とか『兄妹ラブがあるのなら兄弟ラブラブがあっても問題ないよねっ』とか言いながら完全に打ち解け、渾然一体となっていた。もう知らん。勝手にやらせておこう。


「ところで礼名ちゃん、姉さんに線香あげてもいいかな?」

「勿論ですっ! お母さん喜びますっ! さあこちらへ」

「じゃ、悠也くん、ちょっと失礼するよ」


 礼名が一石おじさんを連れて家に入ると、ふたりの会話に聞き耳を立てていた桜ノ宮さんが口を開く。


「一石さんって、攻めじゃなくってきっと『受け』よね」

「攻めとか受けとか何の話だよ。どこの世界の用語だよ!」

「お相手は? やっぱりボンジュールとか言うブロンドなのかなっ!」

「いや、案外、ツルッと毛がないかも」

「きゃあ~っ! いいわそれっ!」


 ダメだ。両手を頬に当て、体をくねくねさせて面白がる桜ノ宮さん。彼女の新たな側面を見てしまった気がする。


「そんなことより三番テーブル、お呼びだよ」

「あっ、はいっ! 今いきますっ!」


 彼女はスキップ気味に去っていく。

 やがて戻ってきた一石おじさんは残ったコーヒーを一気にグビッとあおる。


「さっき礼名ちゃんに、パリにあるデザイン学校の推薦の話をしたんだけど、あっさり断られちゃった。悠也くんは興味ないかな?」

「残念ながらそちらの方は興味も才能もないんで」

「そうか、残念だ」


 彼はあっさり納得すると黒い財布を取り出した。


「じゃあ、また帰ったときには寄らせて貰うよ!」


「「「ありがとうございましたっ!」」」


 そうして。

 オーキッド自慢の美少女三人に見送られて一石おじさんは帰っていった。


「ねえ悠くん、一石さんって楽しい人なのね」


 彼の見送りを終えると麻美華がカウンターに入ってくる。


「ああ、そうだね。でも仕事には凄く厳しいみたいだよ……」


 一石おじさんの感想を漏らす麻美華に、僕は一昨日のことを思い出した。


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