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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十章 宴も楽しいだけじゃない
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第10章 第6話

 月曜日の放課後、バスを乗り継ぎ辿り着いた店は敷居が高そうな料亭だった。


 仲居さんに名前を告げると桐の間と掲げられた部屋に通される。

 広い部屋の奥には床の間がある。『駆けつけ三杯』と書かれた掛け軸が掛けられ、水仙が活けてある。そして木目の立派なテーブルには二人分の食器とグラスが並べられていた。


 祖父、桂小路徳間は資産家であり大手商社、桂物産かつらぶっさんのオーナー会長でもある。知的な感じで一見紳士っぽいけど、前回会ったときはすぐに怒り出した。凄く頑固でわがまま、そんな印象を受けた。言葉遣いこそ普通だが、今日の約束を電話で取り付けたときも子供のくせに調子に乗るなと言われた。今からそんな祖父と交渉しなくてはならない。そして礼名との生活を死守しなくてはいけない。部屋に立つとひとり身震いする。


 僕は下座に座ると腕時計を見る。

 約束の時間まで五分ほどあった。

 祖父は商社の会長と言っても、実際はさほど忙しくないと聞いている。暇なら早く来ればいいのに。そんなせんないことを考えながら時間が過ぎる。


「失礼します」


 仲居さんが襖を開ける。

 思わず身構えた僕に、入ってきた男は鷹揚に声を掛けた。


「よっ、久しぶりだね、悠也くん!」


 洒落たスーツを着崩して、親しげな物言いで笑顔を向ける三十半ばの男。


「あれっ? 一石いっせきおじさん!」


 入ってきたのは桂小路一石かつらこうじいっせき。亡き母の弟だった。


「どうした鳩が豆マシンガンを喰らったような顔をして」

「いや、どうして一石おじさんがここへ?」

「さては親父のヤツ、連絡してないんだな」


 祖父・桂小路徳間かつらこうじとくまにはふたりの子供がいた。ひとりが僕の母。そしてもうひとりが一石おじさんだ。彼は著名なファッションデザイナーで「イッセキ」のブランドは日本では知らない者がないほど有名だ。高すぎて僕には縁がないけど、原色を生かした大胆で斬新な配色は他の追随を許さないとか何とか、雑誌で読んだ。


「今日は親父の都合が悪くなって、代打で来たんだよ。俺の方が断然忙しいのに、全く困った親父だよ」


 彼はそう言うと仲居さんにビールを頼む。


「悠也くんも飲むかい? 授業の後の一杯はスリル満点だぜ」

「いえ、スリルは祖父の嫌がらせだけで十分です」

「はっはっは、そうかいそうかい」


 一石おじさんとは葬儀の時が初対面で、あまり話したことがないのだが、祖父とは違って豪放磊落ごうほうらいらくな感じだ。よく芸術家は気難しいとか変わり者が多いとか聞くけど、そんな感じは全くない。

 やがて仲居さんが飲み物と小鉢に品良く盛られた突き出しを運んできた。

白身魚の和え物だろうか。


「じゃあ乾杯といこう」


 僕はウーロン茶で乾杯すると小鉢に箸を付ける。


「梅和えですね、美味しいですよ」

「だけど彩り的には緑が足りないな。器は合ってるのに勿体ない」


 そう言いながら彼はそれを口に放り込む。きっと仕事となると厳しい人なんだろうな。


「ところで今日の用件って何なんだい?」

「実は、かくかくしかじか……」


 僕は今までの出来事を説明した。

 祖父が桜ノ宮代議士を使って学校に圧力を掛けたこと、ムーンバックスを使って僕らの店をピンチに陥れたこと、勿論、モーニングサンオフィスの朝日さんのことも。一石おじさんは時には驚き、時には苦笑いしながら話を聞いてくれた。


「自分の親ながら酷いことをするもんだ。本当に申し訳ない」


 そして彼は頭を下げた。


「いえ、一石おじさんの所為せいじゃないですから。でも、もうこんなことは止めるように説得してくださいよ」

「そうだねえ、言うだけは言ってみるよ。でも、知っての通り親父は頑固だし偏屈な人間だからね……」


 彼は運ばれてきた天ぷらを頬張ると、ビールでグイと流し込む。


「だけどね悠也くん、親父の気持ちも知って欲しいんだ。親父は礼名ちゃんにぞっこんのようでね」


 今度は彼が喋る番だった。

 彼の話によると桂小路の祖父は両親の葬儀の時、礼名を見て大変驚いたそうだ。何故なら礼名は若いときの母に瓜二つだったから。そして誰にも似ていない僕を不思議に思い、その出生の秘密に気がついたそうだ。礼名を見た祖父はしきりに彼女を引き取りたがったそうだが、僕たちの意志で養父母は松川家に決まり、僕らは独立して生活を始めた。だから祖父はあの手この手を使ったのだろう…… と言う話だ。


「しかし、悠也くんは神代家の養子だったんだね。僕も知らなかったよ」

「実はそれまで僕も知らなかったんです」

「ショックだっただろう?」

「いいえ。だって血の繋がりがどうであれ、僕の両親は父と母しかいませんから」

「そうか…… あ、このたけのこの天ぷらは絶品だよ」


 彼はそう言うと急に背筋を伸ばした。


「なあ、礼名ちゃんを桂小路に行くよう説得出来ないかな。親父はあの通り変わり者だし、今までやってきたことは申し訳ないと思う。だけど、親父は礼名ちゃんにぞっこんで跡取りは彼女以外考えられないんだよ。勿論悠也くんにも悪いようにはしない。桂小路が嫌だったら僕が生活費を出してもいい」

「ちょっと待ってくださいよ! 桂小路の跡取りって、一石おじさんがなればいいじゃないですか!」

「マスコミにも書かれているから知ってると思うけど、僕は結婚するつもりはないし、勿論子供を作る気もない。それ以前に今は日本国籍も持っていないんだよ」

「えっ、そうなんですか?」


 彼が同性愛者だと言う話は知っていたが、国籍離脱の話は初耳だ。

 

「そうなんだ。仕事で海外が長くなってね、今はパリを本拠地にしているから」

「いや、でもそれはずるいですよ! 礼名には礼名の人生ってもんがありますよね!」

「それを言われると辛いんだが、だけど親父の惚れ込みようも凄くて、今回桜ノ宮代議士から依頼断りの報告を受けたときも見るも無惨なくらいに落ち込んで……」

「そんなの桂小路の都合ばっかりじゃないですか!」

「まあ、それはその通りだ。だけど少し考えてみてくれないか。礼名ちゃんは絶対大切にされる。それは僕が保証する。そして悠也くんにも何不自由ない生活を保障する」

「お断りします!」


 僕がきつくそう言うと、彼は大きな溜息をついた。


「交渉は決裂だね。まあ、そう簡単に話が付くなんて思ってもいなかったけど」


 彼は茶碗蒸しに手を伸ばすと、僕にも食事を勧めてきた。

 僕は筍の天ぷらを頬張る。柔らかい筍がサクッと揚がって、口の中に筍の甘みが広がる。


「僕は一週間くらいでパリに戻るけど、もしまた親父が変なことをしたら僕に連絡をくれ。説得するよ。ただ、あの性格だから失敗したらごめんだけど」

「はい」

「じゃあ、今日は腹一杯食べてくれ」


 祖父の話さえなければ、一石おじさんの話は面白かったし、話題も弾んだ。

 豪華な活け作りに伊勢エビの黄金焼き、鯛ご飯、松茸の土瓶蒸し。個人的にはステーキが死ぬほど喰いたいのだが贅沢を言ってはバチが当たる。美味しい料理に舌鼓を打ちながら、意外と楽しい夜は更けていった。


          * * *


「おかえり~! 遅かったね。どうだったの? ガツンと言ってやった?」

「いや、結構盛り上がっちゃって、ほらこれお土産!」


 僕は一石おじさんが持たせてくれた折り詰めを礼名に手渡す。


「えっ? どう言うこと? 桂小路と盛り上がってお土産まで貰うって!」

「あ、いや……」

「あの陰湿な桂小路と盛り上がるって! ねえ、どう言うこと? まさか裏切ったの?」

「あ、これはその、実は、さ……」

「お兄ちゃんに裏切られたら礼名はもう切腹するしかないんだよ……」


 折り詰めから抜き取った割り箸をお腹に突き立てて、涙を浮かべる礼名。


「お兄ちゃん、長いことありがとうございました」

「いや待て、ちょっと待て礼名! 割り箸じゃ切腹できないからっ!」

「いいえ、礼名の傷ついた心臓は割り箸でも簡単に止まります。せめて介錯かいしゃくをお願いします」

「違う、違うんだ礼名!」


 僕は慌てて経緯を説明する。


「だから今日は桂小路の祖父とは会えなくて、一石おじさんと話をしたんだよ」

「……そうだったんですか」


 落ち着いた礼名は食卓に二人分のお茶を用意してくれた。


「折り詰め、一緒に食べようよ」


 そして僕らは料亭での出来事をゆっくり語り合う。


「一石おじさんは自分だけ逃げてズルいよね。しかしまさか、おフランス人になってたなんてビックリだね」

「ああ、僕も驚いたよ。さすがは世界のイッセキ、おフランスなんだね」


 あははっ、と笑う礼名を見ていると、彼の言葉が脳裏に蘇えった。『礼名ちゃんは絶対大切にされる。それは僕が保証する』。

 何故だろう、僕の胸が少しだけ痛む。


「ところで礼名はどうして桂小路より僕と一緒がいいんだい?」

「お兄ちゃん、桂小路より、ってどう言うことなのっ? 礼名にとってお兄ちゃんと一緒というのは何かと比較されるべき話ではないんだよ。この世に現存するたったひとつの選択肢、真っ直ぐ進む一本道なんだよ。お兄ちゃんにも攻略ルートはひとつだけしかないんですよっ」


 ぷくりと頬を膨らます礼名を見ると何故だか急に気持ちが静まっていく。


「だけど礼名は実の妹だからなあ」

「そして同時にフィアンセなのっ!」


 一切の迷いなく言い切る礼名に僕の胸がドキリと高鳴る。


「今日は月が綺麗だったよ」

「話を逸らさないでよっ! 月より礼名が綺麗だって、太陽より礼名が眩しいって言ってよっ!」

「礼名、意外と図々しいな」

「意外と、じゃないよっ。わたしは世界一図々しい女だよっ! だってお兄ちゃんを独り占めするんだからねっ」


 いつものように礼名のブラコンが軽快に炸裂すると、神代家の夜は更けていった。



 第十章 宴も楽しいだけじゃない  完


 第十章 あとがき


 お久しぶりですっ、神代礼名です。

 ご愛読心から感謝しますっ!


 わたしとお兄ちゃんのラブラブきゅーんな毎日、堪能いただけてますか?

 桂小路の卑劣な策略を次々と打ち砕くお兄ちゃんは本当に格好いいって思いますよねっ! 最近作者さんは「ちょっとマンネリかな~」とかボソボソ漏らしながらキーボードを叩いているんですけど、皆さん勘違いしないで下さいね。この物語はそもそも、相思相愛のわたしとお兄ちゃんが、お金がなくてもいちゃいちゃラブラブするだけの単調な純愛物語なんですから、わたしたちの仲を引き裂くような山あり谷ありは不要なんですよ。そこのところもう少し作者さんにも分かって欲しいな。


 と言うわけで、今週のお便りコーナーです。



 すっごく可愛くてとっても優しい礼名ちゃん、こんにちは。

 ……はい、こんにちは。 って、照れるな。

 礼名ちゃんはすっごくモテるって聞いたんですけど、ラブレターとか貰ったりするんですか? もしそうなら今まで何百通貰ったんですか? 気になるので教えてください。



 って、お便りですけど。

 えっと、ラブレターは時々靴箱に入ってたりします。今まで何百通って言うほどたくさんじゃないと思います。わたしにはお兄ちゃんという想い人がいることを大々的に宣伝しているんですけど、それでも『自分の気持ちだけは伝えておきたい』って言って戴いたりするんです。申し訳ない気持ちでいっぱいになりますけど、わたしにはお兄ちゃん以外考えられないので、キチンとお断りしています。


 ちなみに南峰高で一番たくさんラブレターを貰ったのは綾音先輩だって噂です。先輩は美人なのに朗らかで誰にも優しいですからね。ちなみに麻美華先輩は高嶺の花過ぎて近寄りがたいらしく、告白を受けることは意外と少ないとか。


 と言うわけで、次章の予告です。

 順調そうに思えたカフェ・オーキッドにまた難題が降りかかります。なんと今度は地上じあげだった…… って、作者さん、そんな展開やめてくださいよっ! えっ、原稿は黙って最後まで読め? 黙ってちゃ読めませんけど? 揚げ足取りはいいって? はい分かりました。

 しかもその地上げの背景には国を巻き込んだ政略がからんでいて……


 次章「三人でローカルアイドルになってみた」も宜しくお願いしますねっ!

 

 ではまたっ!

 神代礼名でしたっ!


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