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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十章 宴も楽しいだけじゃない
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第10章 第4話

 桜ノ宮家の広い食卓には鯛やヒラメが舞い踊る。


「さあ、遠慮はいらないから楽しんでくれ」


 和装の桜ノ宮代議士は僕らを食堂へ迎え入れると笑顔を見せた。


「綾音の母です。今回は主人がご迷惑をお掛けして本当にごめんなさい。今宵はゆっくり楽しんでいってくださいませ」


 上品な微笑みを浮かべて僕たちに椅子を勧めてくれる着物の貴婦人。小柄で愛想が良く、さっきからずっとニコニコ笑顔のままだ。雰囲気は桜ノ宮さんに似ているかな。まあ、桜ノ宮さんは長身だけど。


「本当に遠慮しないで気楽にしてね。こら、拓馬たくまも挨拶なさい」


 桜ノ宮さんに背中を押されて、ひょろりとのっぽな男の子が頭を下げる。


「弟の拓馬、です」


 ぶっきらぼうにそれだけ言うとちらり礼名を見てすぐ目を逸らす。少し顔が赤いようだけど。


「今日はお招き戴きありがとうございます。これ、ちょっとしたものですけど皆様でお召し上がりください」

「ありがとう、気を遣わせて悪いね」


 桜ノ宮代議士はビールで、僕たちはビールのように泡が立つ、ビール色のジンジャーエールで乾杯した。彼はさすが代議士だけあって喋り方も態度も堂々としている。


「お客さんから箸を付けてくださいよ」

「じゃ、あたしが取ってあげるね」


 桜ノ宮さんは僕の皿を持つと伊勢エビや鯛の焼きもの、ブリやひらめのお造り、山菜と山芋の煮物なんかを綺麗に盛ってくれる。


「あ、僕が取りま……」

「ありがとうございます。じゃあ、頂戴します」


 弟の拓馬くんに軽く頭を下げて礼名は自分で料理を取っていく。


「お刺身が透き通るようでとっても新鮮ですよね。美味しそう!」


 海の幸、山の幸を織り交ぜた和食の数々。鯛の塩焼きは身がほくほくしていて抜群の塩加減でご飯がススム君だ。伊勢エビの蒸し焼きも身が甘くて抜群の後味。次の料理を口に入れるのが勿体ない。


「悠也くん、若いんだからもっと食べてくれよ」

「はい、ありがとうございます」


 いや、味わって食べなきゃ勿体ないよ。そんなにバクバク食べられないよ。こんな豪華な料理、次はいつ食べられることか。


「もしかして、神代くんはお魚嫌い?」

「違うよ桜ノ宮さん。好きだよ、凄く美味しいし。だから美味しすぎてゆっくり味わって食べなきゃ勿体なくって……」

「はっはっはっ まあ、ゆっくり食べてくれ。なあ綾音、これからも時々来て貰うといい」

「はいっ、そうします、お父さまっ!」


 晩餐はなごやかに進んでいった。

 やがて、ビールで顔を赤らめた桜ノ宮代議士は手拭いで頬被りをする。


「もうお父さまったら、やめてくださいよ!」

「よいしょっ、と」


 そして突然立ち上がると、どじょうすくいを踊り始めた。

 恥ずかしそうに顔を赤らめる桜ノ宮さん。変わらずニコニコしながら僕に料理を装ってくれる奥さん。手拍子と共に桜ノ宮代議士に笑顔を向ける礼名。


「父は機嫌が良くなると踊り始めるのよね……」


 桜ノ宮さんは言い訳するように僕に呟く。

 宴もたけなわ、陽気に芸を披露しまくる桜ノ宮代議士はほとんど自分の世界に入っていた。


「そうそう礼名ちゃん、前に話していた洋服だけどね……」


 桜ノ宮さんは礼名を連れて自分の部屋に向かった。何故か弟の拓馬くんも付いていったが。

 気がつくと食堂には僕と桜ノ宮代議士がふたりだけ。

 奥さんも僕の前にコーヒーを置くとどこかに消えていた。


「いやあ、恥ずかしいところをお見せしたかな」

「いえ、とても楽しかったです」


 コーヒーを一口啜った桜ノ宮代議士は僕に向き直る。


「ところで、ひとつ聞きたいのだが」


 さっきまで踊っていたお調子は消え、かといって威張った感じでもなく、彼はまるで友達のように僕に語りかける。


「神代くんと倉成壮一郎氏ってどんな関係なんだい?」

「どんなって、倉成氏のお嬢さまがたまたま僕の席の隣に座っていて、それで……」

「しかし、たったそれだけの理由で彼が私を誘うとは思えないんだが……」


 倉成壮一郎という人物は財界の要人。彼から誘いがあっただけでも驚きなのに、その行く先が街はずれの小さな喫茶店だなんて普通は考えられないという。


「それは僕にもわかりません。倉成さんが見るに見かねて説得してくれんでしょう……」


 実は僕は倉成壮一郎の隠し子です、だなんて言えるはずもない。


「そうか…… じゃあ、あともうひとつ。不躾ぶしつけな質問になるかも知れないが……」


 桜ノ宮代議士はそう前置きすると、両手の指を組んで身を乗り出す。


「神代くんと桂小路さんには、何か確執があるのかな?」

「えっ? と言いますと?」

「いや、桂小路さんは神代くんのことをあまり良く言わなかったんだよ。だけど私が見た神代くんは立派な青年だ。どうも話が合わない。だから、揉め事とかがあるのなら、私が話をしてもいいんだが」

「あ、それはその……」

「妹さんのことはべた褒めだった。私は桂小路さんに電話したんだよ、お兄さんも立派で兄妹力を合わせて頑張っているって。そしたら彼は怒り出してしまってね。私にも良くわからないんだよ」


 やはり、桂小路は僕が血の繋がった孫でないことを知っているのだ!


「桂小路には一度僕から現況報告しておきます。だからそのことはもう気にしないでください」

「そうか、言えない事情ならば仕方がないが……」


 彼はまたコーヒーをゆっくり啜ると大きく息を吐いた。


「あんまり何でもひとりで背負い込むのは良くないよ。気が向いたらいつでも相談に来てくれ」

「はいっ」


 嬉しかった。言葉だけだとしても嬉しかった。


「それにしても、あの日礼名さんの愛の告白は凄かったな。最初はお兄さんと仲がいいことをアピールする演出かと思ったが、案外本気なのかな」


 彼はそう言うと、意味ありげにニヤリと笑った。


「いや、あれは兄妹仲の良さをお見せする演出でして、決してその……」


 ガチャッ


「お兄ちゃん、見て見てっ!」


 食堂のドアを開け入ってきたのは、今話題に上っていたブラコン妹。ピンクのフリルがいっぱいのゴージャスなドレスを着て少しはにかんだ。


「どうしたんだ、その格好。学芸会のお姫様みたいじゃないか」

「どうして学芸会なんですか。どうして正直に、『本物のお姫様みたいだよ(はあと)』って言ってくれないんですか!」

「いや、だいたいさ、本物のお姫様なんて見たことないから」

「じゃあよく見て下さい。これが本物のお姫様ですっ!」


 肩で切りそろえた黒髪をさらりと揺らして、礼名がくるりと身を翻す。気品があって清楚でも満開の向日葵ひまわりのようなその笑顔に、女性らしいピンクのドレスが見事に決まる。胸の鼓動が突然の雷雨のように鳴り響く。


「わ、わかったよ。本物だよ、本物。ははは……」

「お兄ちゃんの言葉には真剣さが感じられません!」


 桜ノ宮さんが苦笑しながら礼名の横に立つ。


「このドレス、礼名ちゃんにピッタリでしょ。あたしには小さくなっちゃったから」

「貰っちゃいました、お兄ちゃん」


 急に姿勢を正し、僕に視線で何かを訴える礼名。


「え、いいの、こんな綺麗なドレス。どこかのプリンセスが着る服みたいな」

「タンスに寝たままじゃ服も可哀想だし。使ってあげて」

「戴いていいんですか? ありがとうございます」


 僕は桜ノ宮さんのお父さんにも向き直って頭を下げた。

 一緒に礼名も頭を下げる。


「さあ、せっかくですから戴いた和菓子をみんなで頂戴しましょうよ」


 と、そこへ。

 タイミングを見計らっていたかのように、お茶といちご大福をお盆に載せて、奥さんとメイドの山之内さんが現れた。


「ほう、こりゃ美味しそうだな。ありがたくいただくよ、神代くん」


 その日、僕たちは遅くまで楽しませてもらい、最後は車で家まで送って貰った。


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