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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第十章 宴も楽しいだけじゃない
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第10章 第1話

 第十章 宴も楽しいだけじゃない



「学校はふたりの味方だからね。困ったら何でも相談しなさい」

「はい、ありがとうございます。では失礼します」


 校長室を出ると礼名と顔を見合わせる。


「「ぷっ」」


 そして互いに吹き出した。

 月曜日の放課後、校長室を訪ねた僕たちに宮川校長は先週と百八十度違う事を言った。仕事と学業の両立は大変だろうけど、頑張ってくれ、とかなんとか。自分でも朝令暮改だとわかっているのだろう、最初はしどろもどろな感じだった宮川校長も最後には自嘲気味な笑みさえ浮かべていた。まあ、大人の世界も色々大変そうだ。


「神代くん、どうだった?」


 廊下の先から桜ノ宮さんが駆けてくる。


「ああ、大丈夫だったよ。ありがとう」

「ううん、ごめんね、大変な目に遭わせちゃって。それでね、少しだけ話があるんだけど」

「じゃあコン研に行こうか?」

「いえ、他の人がいないところがいいわ」


 と言う展開で。

 三人は学校を出るとハンバーガーショップへと向かった。


 高校生三人寄ればバーガーショップ、と言う時代は過ぎたのかも知れないが、この近辺だとやっぱりハンバーガーショップになる。大通りを真っ直ぐ歩くと見えてくる二階建ての建物。今日はシェーク半額デーではないようだ。


「お詫びに何でもおごるわよ」

「大丈夫です、今オーキッドは経営順調ですから」


 そう言うと礼名は鞄の中からチラシの束を取り出す。


「えっとハンバーガー屋のチラシは……っと、あったあった。はい、クーポン券だよ。わたしはこの60円引きのチョコレートシェーク。綾音先輩も使ってくださいねっ!」


 クーポン券をじっと見る。『期間限定・霜降和牛しもふりわぎゅうステーキバーガーセット』通常価格1580円に×印が付いて1180円になっていた。


「ねえ神代くん、期間限定の霜降和牛ステーキバーガーって美味しそうじゃない! あたし期間限定いまだけに弱いのよね。一緒にどう?」


 何という願ってもないお誘い! 写真の霜降和牛は抜群の焼き加減で肉汁がしたたりまくっている。桜ノ宮さん、グッジョブ!


 僕は頬が緩むのを感じながら礼名を見る。


「今晩はクリームシチューだよ、お兄ちゃん!」

「あ、えっと、僕はその、バニラシェークにするよ……」

「そう、残念ね。じゃああたしもシェークにするわ。抹茶で」

「結局みんなシェークだねっ」

「…………だね」


 三人はそれぞれ違ったシェークを手に持つと二階席に向かった。まだ夕食には早く、席はガラガラだ。僕たちは窓際の四人席に陣取る。


「神代くんはどうして礼名ちゃんの隣に座るの? あたしの隣も空いてるのよ!」

「だって、礼名とは兄妹だしさ……」

「そうですっ。お兄ちゃんの隣は礼名の席、礼名の隣はお兄ちゃんの席と憲法の前文でもうたわれているんです。主権は妹にあるんですよ。主権在妹しゅけんざいまいと言うか、妹主権。憲法の三原則のひとつじゃないですかっ!」

「うん、全く聞いたことがない憲法解釈だね」


 いつものようにブラコン炸裂の礼名。そんな我が妹に桜ノ宮さんは小さく嘆息する。


「ふうっ…… あたしね、最初はその礼名ちゃんのブラコンぷりって男子生徒からの告白を未然に防ぐための演技だと思ってたの。だって礼名ちゃんも神代くんも普段はとても常識人だし、兄妹で結婚できるわけないからね。だけど最近礼名ちゃん意外と本気なんじゃって思えてきて……」

「綾音先輩、今頃何言ってるんですかっ! 礼名は本気も本気、一点の曇りもなく頭のてっぺんから爪先まで、パンツも含めてホンキですよっ! お兄ちゃんも礼名のホンキ度を軽んじているみたいですけどねっ! わたしは毎日が勝負下着なんですよっ!」

「じゃあ、そんな礼名ちゃんは夜な夜な神代くんを誘惑したりしてるの?」

「そ、そんな。礼名はそんな、はしたない女じゃありませんっ!」


 おっ、礼名の顔が真っ赤だ。ゆでだこ状態とはこのことか?


「下着姿で誘ってみたりとか、一緒にお風呂に入ってみたりとか、しないの?」

「おっ、お風呂! そ、そんなことしたらお兄ちゃんが礼名のこことかあそことかをジロジロ見てハアハアして鼻血がどばあって…… そりゃあ礼名は嬉しいかも知れませんけど、でもでも……」


 頭のてっぺんから蒸気を吹き出す礼名を、桜ノ宮さんは面白そうに眺めて。


「まだ変なことにはなっていないようだけど、でも礼名ちゃん本当に本気なようね。こりゃ、あたしもうかうかしていられないわ」


 彼女は手にシェークを持つと、ぷるんと赤い唇でストローを咥える。

一方、礼名は頭から蒸気を噴き出したまま、小声でお風呂お風呂と繰り返している。


「ところで、今日は話があるって言っていたけど……」

「ああ、ごめんなさい。実はね……」


 シェークをテーブルに置いて彼女は語り始めた。

 話は、迷惑を掛けたからお詫びに僕たちを晩餐にご招待したい、と言うことだった。桜ノ宮代議士が是非、と言っているとか。


「父も気にしているのよ、悪いことをしたって。だから遠慮せずにいらしてね」


 僕は礼名と顔を見合わせる。

 別にそんなこと気にしなくてもいいんだけど。

 と言うか、相手は地元を代表する国会議員だ。週末、店に来てくれたときも緊張したけど、あの時はお互いの素性は知らないという前提だったし、僕たちをわかって貰うために必死だった。だけど今度は違う。緊張する。緊張しまくるに違いない。

 僕を見返す礼名はやっぱり困ったな、と言う顔だった。


「ねえ、あたしからもお願いするわ。これは罪滅ぼしなの。ふたりは気楽に着て貰ったらいいのよ。そう、学校帰りに制服のままでふらふらっと……」


 僕たちの考えてることを見透かすように桜ノ宮さんが畳みかける。


「そんなこと、気にしなくてもいいのに。君のお父さんだって忙しいんだろ」

「いいえ、気にするわ。神代くんには時間を取らせちゃうけど、お願いっ。ねっ!」


 彼女はパチンと手を合わせて頭を下げる。

 結局。


「じゃあ、水曜の六時だね。わかったよ。ごめんね、気を遣わせて」

「ホントに気楽に来てね。制服のままでいいからねっ」


 根負けした。

 と言うか、桜ノ宮さんには勝てなかった。


 店を出て礼名とふたり、桜ノ宮さんに手を振って別れる。


「なあ礼名、ちょっと気が重いよね」

「うん、その上色々心配だよ。桜ノ宮家と近づくなんて……」


 余計な心配をしているらしい礼名は、俯いて僕の腕を掴んでくる。


「おいっ、礼名っ……」

「いいでしょ? 下着姿で誘惑したり、お風呂に乱入したりしないんだから、これくらい何でもないよね……」


 いつもはおしゃべりな礼名が寡黙になる。

 暫し無言でふたり歩いて。


「そうだ、倉成さんの件だけどさ」

「あっ、倉成さんのお父さんにお礼をする件ね。ねえ、どうなったの?」


 顔を上げ、僕の目を覗き込む宝石のような瞳。


「それが、ね」


 僕は今日の昼休みのことを思い出した。



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