第2章 第1話
第二章 学校はわたしの敵だらけです
お兄ちゃん、おはよ。お兄ちゃん、おはよ。お兄ちゃん、おはよ。お兄ちゃん、おはよ。お兄ちゃん、おはよ。お兄ちゃん、おはよ。お兄ちゃん…………
「ふああっ」
朝六時。
今日から新学年の授業が始まる。
いつもの時間に目覚まし時計が叫ぶと、僕は布団から起き上がる。
好きな声を録音し再生できる目覚まし時計。
最初は列車の発車アナウンスを入れていたのだが、三ヶ月ほど前に録音内容が勝手に変わっていた。犯人は声の主にほぼ間違いないのだが、犯人に悪びれた様子は微塵もないし僕も追求する気は更々ない。ただ、犯人は「おはようからおやすみまで、全てを礼名がプロデュースするねっ」などと不気味なことを言っていた。壁に貼ってあるキース・へリングのポスターがいつ何時、妹のピンナップにすり替えられないか心配だ。
などと、取るに足らない心配をしながら、僕は部屋を出て階段を下りる。
と。
「お兄ちゃん、おはよ!」
ライブで目覚まし時計と同じセリフを言われた。
「あれっ、今日はどうしたんだ、礼名」
「もう、お兄ちゃんったら。昨日ちゃんと言ったでしょ。今日からお弁当はわたしが作るって」
見ると台所にはふたつの弁当箱。青い僕の弁当箱と、薄い水色の小さな弁当箱。
「朝食も作ってるからちょっと待ってね」
「えっ、朝食は僕が作るよ」
「もう焼いてるよ。パンケーキだよ」
ふたりだけで暮らすようになってから、晩ご飯はいつも料理の腕を上げた礼名が作ってくれていた。正直、味も手際の良さも僕なんかお呼びじゃない。でも、その代わり朝食は僕が作っていた。と言っても、トースト焼いて牛乳注いで紅茶を入れるだけなのだが。
「そんなの悪いよ。それじゃ全て礼名がやることになるじゃないか」
「だって、早く起きてお弁当作るんだから、一緒に朝食作ったって大勢に影響ないよ。さあ、食卓で待った待った!」
両親が他界して自分で作りはじめた僕の弁当はアバウトだった。ご飯に梅干しを押し込んで、その横に前日の残り物を詰め込む。以上だ。
ちなみに礼名の中学は給食だった。
だから彼女の弁当が必要になるのは今日から。
昨日、入学式の帰り道。
ふたりは百円ショップに礼名の弁当箱を買いに行った。
色んな弁当箱を物色しながら、学校の弁当はどっちも自分が作ると言い出した礼名。
「交代にしようよ。毎日は大変だろ」
そんな僕の妥協案は情け容赦なく却下された。
「わたし、お兄ちゃんの作った『残り物弁当』食べたくない」
「残り物には福があるんだよ!」
「じゃあ、言い直す。わたしお兄ちゃんが作った『残飯弁当』食べたくない」
「ひどい言われようだな」
「これからお弁当はわたしに任せといてよ」
「だけどさ……」
ギロッ
睨まれた。
可愛い礼名がガン飛ばした。
結局僕は白旗を上げ、お弁当制作の権利を全て礼名に明け渡した。
「これでおはようからおやすみまで、お兄ちゃんの胃袋全てを礼名が握ったわけだぜ」
口の端を吊り上げて、ククッとほくそ笑む礼名の横顔は悪役の笑顔だった。
恐るべし、礼名。
「さあ、パンケーキ出来たよ。いっぱいあるからいっぱい食べてね」
パンケーキにはカリッと焼いたベーコンが添えられて。
「これってお店の商品じゃないのか?」
「だって土曜まで賞味期限が持たないよ。食べちゃおうよ」
「そうか、それは仕方ないな……」
そういう訳で、ひとくち。
んぐっ。
やっぱり礼名は料理が上手い。
「すげえ美味しい。ベーコンって肉だよな。やっぱ肉うめえ!」
「もう、『肉』だから美味しいの? わたしの存在価値は?」
くすり笑う礼名を見る。僕は頭を掻きながら。
「ありがとう、礼名。何から何まで」
「何言ってるの。わたし勝手にやってるんだよ。わたしは楽しいよ」
屈託なく眩しい笑顔を僕に向ける。
「今日も予報は晴れだよ。いい一日になるといいね」
パソコンのモニターを覗き込んで呟く礼名。
貧乏でもインターネットは手放していない。お店のサービスのため無線を飛ばしているからだ。だからいつもニュースはパソコンで見ている。
「ああ、きっと今日もいい日になるよ」
「じゃ、あたしもいただきますっ、と! んぐっ やっぱり肉はうまっ!」