第9章 第4話
その夜、僕と礼名は両親が使っていたベッドに布団を敷いていた。
さすがに桜ノ宮さんと麻美華と礼名、三人で同じベッドは無理だと言う事で、二人には両親のベッドで寝て貰うことにした。
「麻美華は悠くんのベッドで寝てもいいのだけど……」
「ダメですっ! そんな不埒な一夜限りの行きずりの情事を認めるわけにはいきません!」
「何を言っているのかしら。私と悠くんは席が隣同士。当然ベッドでも隣同士でしょ」
「さすがにそれはダメよ麻美華! そんなことをしたら悠くんが麻美華の赤ちゃんを産んじゃうじゃないの!」
「産めない産めない」
さっきまでの会話を思い出す。
しかし、どうしていつも僕に赤ん坊を産ませたがるのだ、桜ノ宮さんは。あれか? 最近知った概念だけど、受けとか攻めとか、そう言うことの一種か?
「お兄ちゃんとの初夜を迎えるはずのこの部屋で、麻美華先輩と綾音先輩があはんあはんと百合畑になるなんて、礼名は複雑な心境です。そうだ、ふたりに穢される前にわたしたちで穢してしまいましょう!」
一方、相変わらず礼名は礼名でブラコンを炸裂させてくる。
「礼名と僕は兄妹だろ。初夜だとか穢すだとか本気で考えていることの方がお兄ちゃんは複雑な心境だよ」
「何を言っているんですかっ! 礼名は本気です! 血の繋がった兄妹であっても、真実の愛の前では倫理も法律も戦隊ヒーローも跪くんだよっ!」
「はいはい」
「だいたい、どうして麻美華先輩まで泊まりに来るんですか? 綾音先輩は仕方ないですけど、お泊まりごっこって、お子様ですか?」
「まあ、単なるノリだろう」
「ノリだけで来る方も来る方ですけど、泊めてあげるお兄ちゃんもお兄ちゃんですっ!」
少しムキになって僕を睨む礼名。
「それでも僕たちを心配してくれているんだから、無碍には出来ないよ」
「本気で心配しているのなら、どうしてあんなに大量のおもちゃを持ち込むんですかっ!」
今日、家に戻ると山之内さんと小倉さんが荷物片手に待っていた。
「お着替えと洗面道具です、綾音お嬢さま」
そう言ってボストンバックを手渡す山之内さん。
対して。
「お待ちしていました麻美華さま。こちら、パジャマとお着替えと洗面セットと、ドレスとお菓子とトランプと、テレビゲーム機とボードゲームと極太マジックと、本日発売の月刊少女ロマンスとご愛用のマクラです」
麻美華の専属メイド、小倉さんは巨大なスーツケースを軽々と持つと部屋に置いた。
「ねえ倉成さん、なにその完全無欠な娯楽道具一式は!」
「風呂上がりにお菓子食べながらトランプして負けたら罰ゲームで、トランプに飽きたらボードゲームして、念のためにテレビゲームもあったらいいし、マクラ投げもしないといけないでしょ、それに……」
「じゃあ、今僕が持ってるこの激重なスーツケースには何が入ってんだよ!」
「あら、決まってるじゃない。ステージ衣装と倉成通信製の最新カラオケセットよ! 迫力の超重低音再生バスレフユニットがポイントよ」
ご近所迷惑顧みず、遊びまくる気満々だった。
思い出すのも忌々しいと言った顔で礼名が呟く。
「麻美華先輩の、あのとんでもない荷物一式は反逆罪に値します! 温泉旅行気分120%じゃないですか! まあ、どんな策を弄しても、お兄ちゃんとわたしの愛はビクともしないからいいけど……」
「はいはい」
礼名の愚痴を軽く流してシーツを織り込む。ぷくっと頬を膨らました礼名だけど、ベッドの横に置いてある両親の写真を見ると、すぐにいつもの笑顔になる。
「わたしね、昔お母さんに聞いたことがあるんだ。どうしてお母さんは駆け落ちしたのかって。きっと、お父さんが好きだから、って答えてくれると思ったんだけど、お母さんの答えは違ったんだ。お兄ちゃん、答え、わかりますか?」
「さあ、桂小路家が許してくれなかったから、とか?」
礼名は布団を綺麗に整えながら首を横に振る。
「ぶ~、違います。お母さんは、後悔したくなかったから、って言ったんだよ。自分に素直でいたかった、自分のことは自分で決断したかった、そんな人間になりたかったからだって」
「いつも温和で優しかったお袋の言葉とは思えないね」
「いいえ、お母さんはきっととても強かったんだよ。わたしね、その時お母さんからこんな話を聞いたんだ……」
礼名が語ったその話は、僕が聞いたことがない話だった。
昔、母には仲がいい友達がいたらしい。友達、と言っても少し年上で、とても優しい人だったそうだ。彼女には心を許しあった恋人がいたけれども、ある日、その彼に親が勝手に決めた縁談が舞い込んだ。彼は名門一族の跡取りで、その縁談に逆らうことが出来なかった。彼の相手は良家の子女で、彼女は彼の将来を思い、自ら身を引いたそうだ。しかし、その時既に彼女のお腹には小さくても新しい命が宿っていた。
「彼はそのことを知らなかったし、身を引いたお母さんのお友達も言う事が出来なかったんだって。そして無理と心労からか、結局彼女は命を落としてしまったそうなの……」
ふと見ると礼名の目が少し赤く潤んでいる。
「運命の悪戯なのかも知れないけど…… だから礼名は自分に正直でいたい。自分の未来は自分で切り開きたい。例えそれが報われずに終わっても後悔しないために、ね」
「…………」
ベッドメイクが終わるとふたりで居間に下りる。
そこには赤毛をツインテールに纏めた桜ノ宮さんと、それに対抗するかのように長い金髪をツインテールに纏めあげた麻美華が並んで座っていた。
「ねえ悠くん、どっちのツインテールがお好きかしら?」
「いや、意味わかんない」
「麻美華の即席ツインテールなんて邪道よ! あたしはツインテール一筋十六年なのよ! マネしないでよっ!」
十六年って、生まれたときからツインテールだったのか?
「ふんっ。悠くんは金髪のツインテールがお好みなのよ」
「おふたりともちょっと待ってくださいっ! お兄ちゃんは黒髪ツインテールにクラクラってなるんですっ!」
横を見ると必死に髪の毛をツインテールに纏める礼名がいた。
「いちいち参戦するな!」
「だって、楽しそうなんだもんっ!」
そんな、心底どうでもいい争いを繰り広げながらも、僕らは食卓に腰掛ける。
「あのね、あたしの父のことだけどね……」
少し神妙な表情をした桜ノ宮さんがみんなの顔を見回した。
「やっぱりカフェ・オーキッドに来て貰って、直接話をしてもらうしかないと思うの。父は熱い行動派タイプで人情話には弱いから、ここに来て神代くんと礼名ちゃんが一生懸命働くのを見たらきっと気が変わると思う」
「そうね、その時は生徒会を使って生徒全員が支持している演出もしましょう」
「ただ問題は、父をどうやってこの店に連れてくるか、よね。次の土曜日は空いているはずだけど……」
「なるべく自然に連れて来たほうがいいわ。綾音が呼んだとか、仕組まれたとかわかったら身構えるでしょ」
「でも、桜ノ宮さんのお父さんはこの店のことを知っているんじゃないの」
「さあ、それはどうかしら。店の場所とか名前は知らないかも」
「じゃあ……」
金髪を即席ツインテールにした麻美華が僕の顔を見る。
「わたしのパパに連れてきて貰いましょう。もし仕組まれたとわかっても、相手が倉成壮一郎じゃ逃げたり断ったりできないでしょう」
「いいのかな、いつも迷惑掛けて」
「何言ってるのよ、悠くん。全然問題ないわ」
そう言うと彼女はスマホを取り出し誰かと通話を始めた。
「じゃあ、先に風呂にでも入ってよ」
僕は桜ノ宮さんにそう言うとティーカップを用意する。
「風呂が終わったら、みんなで買ってきたケーキを食べて遊ぼう」




