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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第九章 働いたら追放なんて言わないで(そのに)
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第9章 第3話

「ひとりで考え込んでも、いいアイディアは出ないわよ」


 放課後、麻美華は僕を見下ろし巨大なスーツケースを指差す。


「さあ、中吉なかよし商店街に向かうわよ! ウィアーザ・ワールド! ウィアーザ・ナシゴレン!」

 意味不明な事を口走りながらも、彼女の上から目線は僕に何かを訴えていた。


「はいはい、わかってますよ。スーツケースを持てばいいんですよね。わかりまし…… って、おもっ!」


 何をこんなに詰め込んでいるのだろう。まさか中にメイドの小倉さんが入っているなんて事はないよね。


瑞季みずきとは悠くんの家の前で待ち合わせしているから、その中には入っていないわよ」

「人の心を読むなよ! って言うか、それならどうしてこの荷物運ぶの、瑞季さんに頼まなかったんだ!」

「あら、瑞季だってか弱い女性よ」

「この前、礼名を軽々と抱き上げていたよな」

「そんな過去こともあったかしら。ああ、春風が気持ちいいわ」

「教室の中に風は吹いてない!」


「お待たせしました、お兄ちゃ~ん! さあ、帰りましょ…… って何持ってるんですかあっ!」


 教室の入り口に礼名が顔を覗かせていた。その後ろには桜ノ宮さんの赤いツインテールも見える。


「いや、倉成さんも今日からうちに来るって言い張るんだけど」

「何ですか、それっ!」

「ねえ、礼っち。小さいことを気にしていると、小さい胸が成長しないわよ」

「そんな因果関係は聞いたことありません!」


 ふと気付くと騒がしい僕たちはクラスメイトの視線を一身に浴びていた。


「ともかく、さ。歩きながら話をしよう」

「そうね、わかったわ」


 みんなはスーツケースを持つ僕の後を付いてくる。


「お兄ちゃん、私も手伝うよ」

「ダメよ、礼っち。その荷物は悠くんに預けたのだから」


 麻美華はまだ怒っているのだろうか。

 僕たち四人は通学路をゆっくり歩いて行く。


「じゃあ、まずはここで腹ごしらえしましょう!」


 道中、麻美華が指差したのは全国チェーンのファミレスだった。


「えっ、帰ったらわたしがご飯作りますよ!」

「ねえ。礼名ちゃん、たまにはいいんじゃない? 働き詰めはよくないわ」

「だね。そうしよう礼名」

「まあ、お兄ちゃんがそう言うんなら……」


 と言うわけで。


「いらっしゃいませ~ 四名様でしょうか……」


 年配の店員が僕らを席まで案内してくれる。


「麻美華先輩、どうして当然のような顔をしてお兄ちゃんの隣に座ってるんですか! そこはわたしの指定席ですっ!」

「あら、悠くんの席の隣は私と決まっているのよ。学校でもファミレスでも、結婚式でも」

「ちょっと待ってください! 最後のひとつは絶対認められませんっ! 結婚式って新郎の隣は新婦じゃないですかっ!」

「まあまあ、まずは注文を決めようよ」


 気がつくとさっきの店員が僕らの横で固まっていた。


「あ、えっと、こちらメニューになります。ただいま当店では「世界のスパゲティ祭り」を行っております。宜しければご賞味ください」


 僕らにメニューを手渡すと彼女は営業スマイルを残して去っていった。

 みんなメニューを開く。こういう店は単品の価格は高く感じなくても、パンとかライスセットを付けるとそれなりになったりする。上手な値付けをしていて勉強になる。なるほどな、ライスと味噌汁セットで280円。ハンバーグが500円でも実際は780円になるってわけだ。巧いやり方だ。これにドリンクバーを付けたら1000円だ。


「悠くん、これ……」


 隣の麻美華が手元のメニューを指差す。そこには「豪快・サーロインステーキ200g」なる大きな写真があった。彼女は僕を見ながら微笑んでいた。


「食べたいんでしょ」


 目がそう言っているようだ。

 うん、食べたい。すっごく食べたい。牛肉のステーキ! 先日夢に出て来たような気がする。単品価格が1080円。ライスを付けると…… 結構いってしまうな。


「みんな決まった? あたしはこの中華風スパゲティにするわ。期間限定だし!」


 桜ノ宮さんのメニューを覗くと、それはどう見ても冷やし中華にしか見えなかった。


「あ、じゃあ呼びますよ」


 パンポン パンポン


 礼名がボタンを押すと程なく店員が足早にやってきてスマイル一閃いっせん


「ご注文を伺います」

「あたし、この期間限定・中華風スパゲティ」

「私は新鮮カニのスパゲティを」

「わたしは、ふわとろ親子丼セットで」


 礼名が頼んだ親子丼って、店で一番安いセットじゃないか! 僕の心に激しい葛藤が巻き起きる。あぁ、夢にまで見た牛肉! ステーキ喰いたい! 豪快に200gのサーロインステーキ喰いたい! がっつり喰いたい! でも、僕だけ高いビーフを頼むなんて、そんなこと出来ない……


「じゃあ僕は…… チキンステーキで……」

「チキンステーキはセットもございますが。サラダセット、スープセットそれから……」

「ライスだけで。大盛り出来ます?」

「かしこまりました、ライス大盛りで。ご注文を繰り返します……」


 視線を感じて隣を見ると麻美華が不思議そうに僕を見ていた。


「チキン、好きなのかしら?」

「えっと、好きだよ。それに安いじゃないか。はははっ」

「そうです! お兄ちゃんは鶏肉が大好きです。でもそれ以上に礼名のことが大好きな世界一のシスコンなんですっ! だから麻美華先輩がどんなに綺麗でお金持ちでお兄ちゃんの事が大好きでも、お兄ちゃんのシスコンハートは掴めないんですっ! お兄ちゃんは可愛い妹しか眼中にないんですからっ!」

「あら、悠くんったら、そんなに麻美華のことをっ!」


 ぽっ!


「ぽっ! じゃないでしょ、麻美華先輩! 顔赤らめてちゃって。一体何を聞いていたんですか? お兄ちゃんの妹と言えば礼名ただひとりですよ! だいたい今日はどうしてうちに泊まりに来るんですかっ!」

「あら、席も隣で悠くんと一番近い存在のこの私がいつも一緒にいなくてどうするのよ。綾音だってお泊まり会に参加するんでしょ?」

「お泊まり会じゃありません! 綾音先輩は色々大変なんです。だから……」

「だから私も一緒に夜を徹して作戦を練るのよ。さあ、作戦会議を始めましょう!」

「ごめんね、麻美華まで巻き込んで……」


 さっきまで笑顔だった桜ノ宮さんが急に我に返ったように顔をこわばらせる。僕らのことで親と喧嘩して家を飛び出してきた彼女。努めて明るく振る舞っているけれど、今回の件は自分の所為せいだとばかりに事あるごとに自分を責めた。


「何を言っているのよ綾音。麻美華は巻き込まれたいのよ、巻き込まれて本望。後ろから巻き込まれ隊なのよ。だから元気を出すのよ」

「ありがとう麻美華」

「さあそれじゃあ、詳しい経緯を教えてちょうだい」


 僕と礼名はそれまでのことを話し始める。

 勿論、言葉は慎重に選んだけれど、桜ノ宮さんは神妙な面持ちで下を向いていた。


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