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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第八章 働いたら追放なんて言わないで(そのいち)
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第8章 第7話

 赤い鞄を手に持って、白いタンクトップにジーンズと言うカジュアルな出で立ち。

 ようやく僕の言葉に従って、店に入ってテーブル席に腰掛ける。

 それでも力なく俯いたままの桜ノ宮さん。

 いつもの明るい笑顔は消え失せ、憔悴しょうすいしきっていた。


「ねえ、一体どうしたのさ」

「ごめんなさい、実は……」


 消え入るような声で呟く彼女だが、やがて意を決したかのように真っ直ぐ僕を見た。


「今回の黒幕は桜ノ宮一馬さくらのみやかずま。そう、あたしの父よ!」

「っ!」


 やっぱり、と思った。さっきからの彼女を見ていると、黒幕は彼女の関係者だったのではと予感したのだが、まさか彼女のお父さんだったとは。礼名も同じ予想だったのか、彼女の言葉に大きく驚いたりはしなかった。


「桜ノ宮さん、そんなに謝らないでよ。真の黒幕はうちの親戚なんだからさ」

「そうですよ綾音先輩! 悪の総本山、ラスボスは桂小路に決まってます!」

「ありがとう…… あたしね、神代くん達は凄いと思うの。ふたりだけで、誰の力も借りずに頑張って……」

「それは違いますよ、綾音先輩。わたしたちは皆さんに助けられていますよ。綾音先輩にも麻美華先輩にも、そしてたくさんのお客さんにも」

「それは礼名ちゃん、あなたの力よ。頑張ってるあなたを見てると、応援しなきゃ、って誰でも思うもの。だからあたしもふたりの役に立ちたかった。それなのに!」


 彼女は一瞬声を詰まらせ唇を噛んだ。


「あたし必死で説得したけどダメだった。ごめんなさい、恥ずかしいわよね。情けない話よね。いつも神代くんを応援するって言っていたあたしの家がこんな事をするなんて…… あたし、謝っても謝りきれない。何とかする。うん、何とかするから。ごめんなさい。ごめんなさい……」

「綾音先輩、待っててくださいねっ」


 俯く桜ノ宮さんに一言掛けると、礼名はカウンターに向かった。


「あっ、何もいらないわよ。もう帰るから」

「帰るって、どこに帰るんですか?」

「えっ! そ、そんなの決まってるじゃない、自分の……」

「野宿するおつもりですか?」

「…………」


 彼女が親と喧嘩して飛び出してきたであろう事は容易に想像できた。僕は一家に一台だけの携帯電話を彼女に差し出す。


「ご両親心配してるよ。掛けてあげたら」

「携帯なら持ってるわ」


 彼女は赤い鞄からスマホを取り出し慣れた手つきで操作する。そして誰かと話始めた。


「うん、友達の家にいるから。大丈夫。じゃあ拓馬たくまも早く寝るのよ……」


 どうやら相手は弟さんのようだ。通話を終えると小さく嘆息してまた俯いた彼女。

 そんな彼女の目の前に礼名が自信作を差し出した。


「はい、綾音先輩。これ、礼名新作の『大人のコーヒーゼリーアラモード』です。どうぞお食べくださいっ」

「なにこの国旗、かわいいっ!」


 桜ノ宮さんはコーヒーゼリーに立っているユニオンジャックを少し触って愛でながら、やっと少し笑顔を見せた。


「日の丸だけじゃなくって、イギリス国旗もあるんだ」

「当然だよ、トリニダードトバゴもあるよ」


 赤地に黒の斜線の旗を見せられた。礼名、よく知ってるな…… っと、そう言えば、僕にも新作があったんだった。


「ちょっと待ってて」


 席を離れてカウンターに立つと、さっき作った練乳ドボドボなコーヒーを作る。僕の横にはさっき礼名のために作ったマグカップ。もう冷めてしまっているそれに僕は口を付ける。


「んっ!」


 もう一度口を付けてグビグビと飲む。


「んんっ!!」


 冗談抜きでイケるじゃん。甘いカフェオレのようで、だけどもっと自己主張が強くて。これ、コーヒーはもっと強い方が合うな。

 僕はそれを桜ノ宮さんと礼名に作るとふたりの前に置いた。


「飲んでみてよ、新作なんだ。まあ、基本は礼名のマネなんだけどね」

「神代くん、ありがとう」


 彼女はそのしなやかな手でマグカップを持つと、ゆっくり香りを楽しんだ。


「さあて、いただきます…… んんっ! 美味しいわ、これ。何だか元気が出てくるわね」

「ホントだお兄ちゃん、これイケるよ」


 礼名も美味しそうに微笑む。


「じゃあ、これ新メニューに加えよう!」

「うん、お兄ちゃん、そうしようっ」

「神代くん、礼名ちゃん……」


 しまった。桜ノ宮さんのことを忘れていた。

 彼女はまた頭を垂れて小さく呟く。


「こんなに一生懸命やっているのに、それなのにあたしの父は…… 本当にごめんなさい」

「桜ノ宮さんのせいじゃないよ。元気だそうよ、何とかなるよ」

「ごめんなさい……」


 結局。

 その日、家に戻らなかった彼女は礼名と一緒に寝ることになった。

 僕はひとり自分のベッドに横たわり天井を見つめる。


「ごめん、桜ノ宮さん……」


 両親の不幸に直面して下を向いていた僕を、彼女は親身になって励ましてくれた。喫茶店をやっていく手続きも彼女の支援なしでは上手くはかどらなかった。彼女には感謝してもしきれない。心からそう思っている。だけど、その彼女が桂小路のせいであんなにふさぎ込んで……

 彼女のお父さんの説得となると、やはり彼女に頼るしかない。

 僕は彼女に、ともかくお父さんに会わせて欲しいとお願いしたのだけど。


「きっと、逆効果だわ……」


 彼女の言葉には重みがあった。

 温厚な彼女が僕たちのために家出までしてきたのだから。


「なにか作戦を考えようよ。きっと方法はあるはずだよ」


 礼名の言葉に首肯する。

 確かにそう思う。いや、そう信じている。だけど、その方法がわからない。


「はあっ!」


 電気を消して目を閉じる。しかし情けないかな、何ひとついい考えは浮かばない。

 けれども。

 僕たちにはたくさんの味方がいる、仲間がいる。

 きっとどこかに突破口はあるはずだ。

 眠れない僕は窓を開け、月のない夜空を見上げる。


「父さん、母さん、礼名の笑顔を守ってあげて」


 その瞬間、頭上から一筋の光が現れて、あっと言う間に流れて消えた。



 第八章 働いたら追放なんて言わないで(そのいち) 完


 第八章 あとがき


 皆さん、お久しぶりです。神代悠也です。

 いつも僕たちを応援してくださって本当にありがとうございます。


 ムーンバックスとの戦いも落ち着いて、この先、共存できる見通しも立って、少しホッとしていたんですが、世の中大波小波が次々と押し寄せるものなんですね。


 えっ、何ですか? お便りコーナーの時間? はいはい、わかりました作者さん。

 では、こちらのお便りからご紹介します。



 朴念仁ぼくねんじんの皮を着たシスコン悠也くんこんにちは。 ……はい、こんにちは。

 悠也くんには妹がふたりいますが、どっちにより妹を感じますか? 正直に答えろよ、このシスコン野郎!



 …… う~ん、酷い言われようですね。

 まあ、マジレスすると、礼名は生まれたときからずっと一緒に育った妹です。一方、麻美華は数週間前に突然現れた妹。だけど全く他人って感じはしないんですよね。自分でも不思議なくらいに。と言うわけで、シスコンの僕にとって、妹ポジションのふたりは平等に大切。優劣なんか付けられません。

 って、作者さん、こんな優等生的な答えでいいですかね。


 はい。では、次のお便りです。



 朴念仁の皮を着た女好き悠也くんこんにちは。 ……はい、こんにちは。

 悠也くんは家のローンを返すために持ってるエロ本もフィギュアも全部売り払ったそうですが、夜、我慢できないときは何を見てヤッてるんですか? 脳内想像ですか? それとも全部売ったというのは嘘で、お気に入りのエロ本を何冊か隠し持っているとか? 正直に答えろ、このチェリーボーイ!



 ……う~ん、難しい質問ですね。

 エロ本は本当に全て売り払いました。脳内想像もしてませんし、エロ動画やエロゲーも持ちません。実は……

 ねえ作者さん。この質問、絶対答えないとダメですか? パスしてもいいですよね。僕にもプライバシーはありますよね。本当の事を言ったら変態扱いされそうで怖いんですけど。えっ、なに? 僕にプライバシーはない? 答えろって? イヤです! 絶対イヤです! 読者の皆さんの想像にお任せしますっ!

 まあ、ちょっと考えれば案外答えはすぐにわかるかも知れませんけどね……

 えっ、何ですか作者さん。次章のどこかにそのヒントが隠されている? よっ、余計な事言わないでよっ! 作者横暴だよ! やってない。そう、やってないんだよ。皆さん、僕はやってません。本当なんです。この話題は忘れてくださいっ!


 と言うわけで……

 次章の予告です。


 桂小路の陰謀の片棒を担いだ父と喧嘩して家出してしまった桜ノ宮さん。行き場がない彼女が僕たちの家に寝泊まりしている事を知った麻美華嬢はまたしても突飛な行動に打って出る。そんな力強いバカ仲間に支えられた神代兄妹。はたしてふたりは今の幸せな貧乏生活を守り抜くことが出来るのだろうか。それとも、桂小路の罠に飲み込まれてしまうのか……


 次章、働いたら追放なんて言わないで(そのに)

 も是非お楽しみにっ。


 一応この物語の主人公、神代悠也でした。


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