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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第八章 働いたら追放なんて言わないで(そのいち)
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第8章 第3話

 礼名と一緒に校長室を出ると麻美華が立っていた。


「どんな話だったのかしら?」

「ちょっとね……」


 気落ちしている僕にはそう言うのが精一杯だ。


「礼名、今日は何か食べて帰ろうか」

「ちゃんとシチューを仕込んでるよ。少しでも早くお金を貯めて、お店を改装しなくちゃ……」

「だけど、こんな事態になったら」

「負けないよ、ねえ、お兄ちゃん、あんな話ぶっ飛ばしてやろうよ……」


 そう言いながらも礼名の顔は青ざめている。


「ねえ、悠くんったらっ!」


 振り返ると、麻美華が僕を睨みつけていた。

 そうだ、彼女は僕らを心配してくれているんだ、心から。瞬時にそう感じた。

 しかし礼名はそんな彼女にピシャリ言い放つ。


「麻美華先輩、今日はこれから家族会議が開催されるんです。即ちわたしとお兄ちゃんふたり仲良く水入らず誰にも邪魔されずにイチャラブする時間なんですっ」

「じゃあ、私も参加する義務があるわね」


 麻美華は僕らに駆け寄って、上から目線で言い放つ。


「わたしの話聞いてました? 家族会議なんですよ、かぞくっ!」

「わかったわ。私も参加ね、ねえ、悠くん!」

「わかってませんっ! お兄ちゃんとわたし、愛する家族ふたりきりなんですっ!」

「あらっ、悠くんと麻美華も家族なのよ、席が隣同士なのだし」

「なあ礼名、倉成さんも心配してくれているんだし、キチンと説明しておこう」

「えっ? …… まあ、お兄ちゃんがそう言うんなら……」


 至極不服そうな礼名は僕と麻美華の間に立ち、番犬のように威嚇を始める。

 僕たちは学校前の大通りを真っ直ぐ歩いたところにある、二階建てのハンバーガーショップに入った。店はさほど混んでなくて、レジに並ぶとすぐに僕たちの番が来た。礼名と僕は半額セール中のシェークを、麻美華はボリューム満点! 黒毛和牛くろげわぎゅうステーキバーガーセットなる贅沢極まりないものを注文する。


「たまには庶民の味というものも試してみないとね」

「それ、全然庶民の味じゃありませんっ!」


 期間限定のステーキバーガー、普通のハンバーガーではない。それもセットで千円を超える超高額商品。そう言えば、まとまった牛肉っていつから食べてないだろう。去年の年末、父と焼き肉屋に行ったのが最後だったっけ。礼名とふたりになってもうすぐ五ヶ月。いつしかビーフステーキは宝くじにでも当たらない限り手の届かぬ幻の食べ物になってしまった。


「これ、結構美味しそうね、ボリュームもあるし」


 切れ長の美しい瞳を僕に流して麻美華が囁く。美味しそうなステーキの香りが僕のヨダレを誘う。


「どうして麻美華先輩がお兄ちゃんの隣に座ってるんですかっ!」

「決まっているじゃない、悠くんに「あ~ん」、ってしてあげるためでしょ!」

「しなくていいですっ! お兄ちゃんもはしたないマネしちゃメッ、ですよっ!」


 礼名の大きな瞳から氷のビームが僕を貫く。


「我慢しなくていいのよ。はい、悠くんっ」

「お兄ちゃんダメですっ!」


 目の前にぶら下がる美味しそうな黒毛和牛のステーキバーガー。

 だけど、幻の食べ物はしょせん幻。礼名を置いて僕だけ食べるわけにもいくまい。


「そんなことより、校長室での出来事を話そう」


 ステーキへの未練を断ち切るために、僕は話題を戻した。麻美華は少し不満のようだったが小さくコクリと頷いた。

 僕はバニラシェークを一口吸うと校長室での出来事を隠さずに話した。僕たちが喫茶店で生計を立てることが認められなくなったこと、そしてそれは教育委員会からのプレッシャーらしいこと、校長は礼名の実家が僕らを連れ返そうとしていることを知っていたこと、など。


「ともかく選択肢は、母方の実家である桂小路にお世話になるか、児童養護施設のお世話になるか、それとも学校をやめるか、らしい。僕たちに許された時間は一週間しかないんだ」

「身勝手な話ね」


 僕が喋っている間、麻美華は何も口にせず真剣な表情で話を聞いてくれた。


「麻美華先輩、分かってくれますか! お兄ちゃんとふたりの愛ある生活を妨害する悪の魔の手は駆逐しないといけないんですっ! わたしのお兄ちゃんへの愛は永遠に不滅です! 私の愛はよこしまな横やりなんかに絶対負けませんっ!」

「しかし、悠くんの愛はひとえに私のステーキバーガーに注がれているようだけど……」


 手付かずの黒毛和牛ステーキバーガーをジロジロ見てたの、バレてた?


「ともかく問題は、教育委員会に圧力を掛けた「黒幕」が誰か、ってところよね」

「えっ? 黒毛が誰か、って?」

「黒毛、じゃないわよ、黒幕、よ」

「あっ……」


 黒毛和牛ばかりが気になっていた。恥ずかしい。


「お兄ちゃんもヨダレ垂らしてないでまじめに考えようよ」


 ずずっ。ホントだ、垂れてた。たら~り垂れてた。


「礼名も黒幕が誰か、そこが重要だと思うんです」

「だよな。圧力が教育委員会からと言うことは……」

「官僚とか政治家とか? 桂小路の祖父は顔が広いからね……」

「麻美華、今晩パパに頼んで調べて貰うわ」

「ありがとう倉成さん。本当に助かるよ」

「麻美華先輩、お願いします」


 礼名は折り目正しく頭を下げた。

 ムーンバックスの一件で麻美華が僕らを助けてくれたからだろうか、それまで桂小路と繋がっている敵と見なしていた倉成家の麻美華を信頼しているようだった。


「礼っちはなかなか律儀ね。まあ、私が乗り出したからには大船に乗ったつもりでいていいわよ」

「じゃあ大型タンカーに乗ったつもりでいますねっ」

「どうしてタンカーなのよ。十万トン級の豪華客船に乗ったつもりでいなさい」

「そんな船、想像すらできませんっ! と言うか、わたしの辞書にありませんっ!」

「わたしの辞書にもタンカーに乗って世界クルーズって単語は載ってないわ」

「ぐぬぬぬ……」


 その日、ハンバーガーショップを出たのは六時を回っていた。

 結局、ボリューム満点! 黒毛和牛ステーキバーガーは綺麗さっぱり麻美華の胃袋へと収納された。


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