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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第八章 働いたら追放なんて言わないで(そのいち)
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第8章 第1話

 第八章 働いたら追放なんて言わないで (そのいち)



「お~い神代、放課後になったら校長室へ来てくれるか~?」


 月曜日、午前の授業が終わると担任の小田先生がひょっこり教室に現れた。

 大学を出て三年目、青春を謳歌中らしい独身の男性教諭だ。


「えっ、分かりました。けど、どうしてですか?」

「それは俺も知らないんだ。じゃ、いいな」


 それだけ告げて颯爽と去っていく。


「ねえ悠くん、何か悪いことでもしたのかしら? 不純異性交遊とか?」


 上から目線の麻美華に手をフルフル振りながら。


「してないしてない」

「不純近親相姦とか?」

「そもそも不純じゃない近親相姦ってあるのか?」

「屈折したシスコンに校長の鉄槌が落ちるとか?」

「いやいや、シスコンじゃないし……」


 突然、ほおに柔らかな唇の感触が蘇る。キュンと胸が熱くなる。あの夜、頬へキスをくれた礼名。その後、何も展開はなかったけれど、鼓動の高鳴りは布団に入っても収まらなかった。


「悠くん、なに真っ赤になってるの! 冗談で言ったつもりなのに、そんなに分かりやすくデレられると凹むじゃない!」

「デレてないっ!」

「言い訳は屋上で聞いてあげるわ。さあ行きましょう!」

「あっ、それ僕の弁当っ! ちょっと倉成さんっ!」


 有無を言わさず屋上へ強制連行された。


「お兄さまは麻美華に隠し事をしていませんか?」


 廊下に出ると口調が変わった。

 金色の長い巻き髪に涼しげな切れ長の碧い瞳。近づきがたいオーラを漂わせる彼女が、僕とふたりきりの時にだけ見せる柔らかい眼差しに、僕はふと昨日のことを思い出した。


          * * *


 昨日は日曜日だった。

 連休が終わった後の土日も桜ノ宮さんと麻美華は僕たちの手伝いに来てくれていた。


「このお店のナンバーワンは私よ。ありがたく働いて貰うがいいわ」


 意味不明の言葉を口走りながら店に入ってくる麻美華。


「神代くんにはあたしがついてなくっちゃ! コン研の監視役でもあるし」


 何故、桜ノ宮さんがそんなに僕を気遣ってくれるのか今ひとつ理解出来ないけど、ともかく彼女も手伝ってくれた。

 そんな中、彼は夕刻にやってきた。


 からんからんからん


「「「いらっしゃいませっ!」」」


 当店自慢のウェイトレス三人衆に笑顔で迎入れられた三十歳くらいの男性。少し緑がかったお洒落なスーツを着こなしたその人を見て思わず声が出た。


「お久しぶりです、朝日さんっ!」


 軽く手を上げ店内をぐるり見回すと、彼はカウンターに腰を下ろした。


「お久しぶりです。また来てくださって嬉しいです」

「こちらこそ。えっと、モカ・マタリで」


 有名な芸能事務所『モーニングサン』の社長、朝日一宏あさひかずひろさん。彼が注文を済ますと同時に礼名がカウンターに入ってくる。


「お久しぶりですっ。お仕事の方はどうですかっ?」

「順調ですよ。でも、礼名さんが来てくれたら、もっと最高なんですけどね」

「ごめんなさい。わたしにはお兄ちゃんという赤い糸で結ばれた最高のプロデューサーさんがいますから」

「はははっ。そうでしたね」


 彼は軽く笑う。


「いやね、実を言うと今日はスカウトに来たんですよ」


 カウンターに片肘をついた朝日さんは僕と礼名を交互に見ながら。


「ネットで話題の喫茶店がありましてね。奇跡的に可愛いウェイトレスばかりのお店だって。で、どこかなって調べたらここじゃないですか。いやあ、驚きましたよ」


 おもむろに振り返り背後で接客している桜ノ宮さんと麻美華を見て、彼はまた前を向く。


「採用面接したのはお兄さんですよね。こりゃ僕よりスカウトの腕が良さそうだ」

「いや、面接なんかしてませんよ」


 僕は事の経緯を説明する。


「じゃあ、あのふたりはお兄さんの友達、ってわけですね。こりゃ完全にハーレム状態じゃないですか。はっはっは……」

「朝日さん、それは違います。確かにおふたりはすっごく美人で、しかもお兄ちゃんを虎視眈々こしたんたんと狙っています。でも、お兄ちゃんの愛はひとえに妹であるわたし、礼名だけに注がれているんです。そう、ここにあるのはお兄ちゃんとわたし、ふたりだけの愛の世界。だからハーレムなんかじゃありませんっ!」


 両手を握りしめ力説する礼名。


「そうでしたそうでした。ごめんなさい礼名さん。ところで、そのおふたりを紹介して戴けませんか?」


 礼名がテイクアウトカウンターに向かうと、僕はふたりをカウンターに呼んだ。


「こちら芸能事務所モーニングサンの社長の朝日さん」

「はじめまして、桜ノ宮綾音です」


 丁重に頭を下げる桜ノ宮さんに対し、意外な反応を示したのは麻美華だった。


「ええっ! あのモニサンの社長さんっ!」


 いつもの上から目線はどこへやら。瞳の中にキラキラな星が幾つも見える。


「ご存じでしたか、嬉しいですよ。モニサンの朝日一宏です」


 立ち上がり、ふたりに名刺を差し出すとゆっくり腰を下ろした朝日さん。


「おふたりは芸能界に興味ありませんか? 今度新しいプロジェクトを始動するんですけどおふたりならピッタリだと思って。どうでしょう? 一応オーディションを受けて戴くことになりますが、このプロジェクトは……」


 朝日さんの説明を淡々と聞いている桜ノ宮さん。一方、麻美華は身を乗り出して何度も大きく肯いている。あからさまに興味津々丸わかりだ。


「と言う訳なんですけど、どうでしょう? 興味を持ってくれたら凄く嬉しいんですが」


 誠実そうな表情でふたりを見る朝日さん。

 しかし、桜ノ宮さんは芸能界には興味がないとあっさり断った。

 一方、目を輝かせて話を聞いていた麻美華。


「凄く面白いお話でしたけど…… 残念ながら私もお断りいたしますわ」


 急にいつもの上から目線に戻ると、スキのない表情で凛としてそう言い放った。


「えっ?」


 驚いたのは朝日さん。脈ありと思っていたのだろう、僕もそう思っていたから麻美華の急変ぶりは意外だった。


「これ、凄くいい話なんですよ」

「わかっていますわ。でも残念ですが」


 結局、朝日さんはまた、戦果なしで帰って行った。


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