第7章 第6話
僕らの前に並んでいるのは、大きな桶に入った豪勢な握り寿司。
「じゃあ、カフェ・オーッキッドの前途を祝して、いただきま~すっ」
「「「いただっきま~すっ」」」
今日で長かった連休も終わりだ。
時計の針は夜九時を回っている。
「三日間本当にありがとうございましたっ。わたしが不摂生して倒れちゃったばっかりにご迷惑を掛けてごめんなさいっ!」
結局、連休後半の三日間、フルタイム4WDで働いて貰ったにも関わらず、頑なにバイト料受け取りを拒む桜ノ宮さんと麻美華に、せめてものお礼と言う事で、出前を取って振る舞うことにした。そういう訳だから出前専門店の特上寿司五人前、その名も『雅の御門』。金に糸目は付けていない。
「こんなご馳走ホントにいただいていいの?」
僕らに気を遣ってくれる桜ノ宮さん。
一方、金髪の美少女は相変わらず上から目線だった。
「悠くんが食べさせてくれるのかしら? あ~んっ」
「そんなサービスはありませんっ。代わりに礼名が食べさせてあげますっ!」
「やめてよっ、お寿司が腐るわっ」
「じゃあ、腐らないようにレンジでチンしてあげますっ」
「せっかくの特上、雅の御門が勿体ないわっ!」
「食べてしまえば皆同じですっ!」
妹同士、仲良しで何よりだ、口には出せないけど。
「ねえ、神代くんは何が好き? アワビ? 赤貝? それとも、あたし?」
「アジかな、でもこれはシマアジだね、すごいや」
「もうっ、軽くスルーしないでよ!」
桜ノ宮さんが僕にシマアジを取ってくれる。
「綾音先輩もこっそりポイント稼がないで下さいっ」
連休の間に礼名は桜ノ宮さんを「綾音先輩」と呼ぶようになっていた。更に仲良くなったのかな。
「悠くん、アジも美味しいけど、今、旬なのは麻美華よっ!」
「麻美華先輩、どの辺に脂がのってるんですか? お腹?」
「あら、悠くんの前でさらけ出してもいいのかしら、麻美華のふくよかな魅惑の部分を」
「ああっ、脱がないでっ! お兄ちゃん見ちゃダメっ!」
「ホントに見せるわけないで…… キャッ! どこ揉んでるのよっ!」
「もみもみもみもみ…… ふむ、麻美華先輩って礼名と同じくらいですかね」
「礼っちのも揉ませなさいっ!」
いがみ合っているようで、意外と気が合うんじゃないか、このふたり。
「神代くん、これからも週末は、お手伝いに来るねっ!」
「そうね、麻美華もくるわ。ありがたく思いなさい!」
「ちょっと待ってくださいっ。礼名はもうこんなに元気ですし、ムーンバックスとの和睦も成立したんですよ。お兄ちゃんと礼名だけで大丈夫ですっ!」
奈月さんの話では、突然、月守さんの担当地域が変わったらしい。だから、これからもムーンバックスとの戦いは続くけど、もう今までみたいな卑劣な手段を使われることはないだろう。
「あら、何を言っているのかしら。私がいないと悠くんがいつまでもチェリーボーイのままじゃない!」
「ずるい! 神代くんはあたしの赤ちゃんを産むのっ!」
「来なくていいですっ! 礼名とふたりだけで大丈夫ですってば!」
「じゃあ、悠くんの意見を聞きましょう?」
麻美華がその切れ長の碧い瞳で見つめてくる。その目は少しだけ祈るようで……
「神代くん、礼名ちゃんが頑張りすぎた結果はわかってるわよね」
桜ノ宮さんも僕を睨んでいる。
「桜ノ宮さん、倉成さん、悪いけど、当面、手伝いお願いできるかな」
「そんなあっ!」
何か言おうとする礼名を制止して、僕は言葉を続ける。
「その代わりちゃんとバイト料は受け取ってくれよな」
「「ひゃ~いっ」」
軽いノリで返された。さては受け取る気ないな、こいつら。
* * *
みんなが帰ったあと、礼名はお茶を煎れ直してくれた。
彼女は無言で食卓に座ると小さく息を吐く。
「カフェ・オーキッドはお兄ちゃんとわたしのふたりのお店、どんな困難があってもお兄ちゃんとだったら楽しいんだよ、すごくすごく楽しいんだよ。それなのに、どうして……」
「なあ礼名、うちも店頭販売を始めたりして進化しているだろ。忙しくなってるだろ」
俯いたまま押し黙っていた礼名だが、やがて小さく言葉を紡ぎ始める。
「わたし、お兄ちゃんと一緒にいたい。ずっとずっと一緒にいたい。わたしの幸せは今、ここにあるんだ。お願い。お兄ちゃん、わたしの手を離さないでね……」
母の実家、桂小路家に引き取られることを頑なに拒み、僕とふたりの苦労だらけで貧しい生活を望んだ礼名。自由のない桂小路の生活がそれほどイヤなのか、僕の行く末を案じてくれているのか、それとも他の理由があるのだろうか。だけど、どう言う理由であったって、彼女の幸せのため僕は何だってやるつもりだ。
目の前で少し不安げに僕を見つめる礼名はとても愛おしくて、その大きな瞳に吸い込まれそうになるけれど、彼女は僕の妹、大切な大切な僕の妹。彼女を傷つけることは僕にだって許されない。
「勿論だよ。ずっと礼名と一緒だよ」
僕の言葉に表情を緩めて微笑んだ礼名
「嬉しいっ、ねえお兄ちゃん、こっちに来てっ!」
「どうした?」
椅子から立ち上がると礼名も急に立ち上がり僕の肩に手を回した。
「お兄ちゃん大好きっ!」
!!
一瞬だった。
僕の頬にキスをした彼女は、そのまま俯いて食器を片付け始めた。
第七章 ふたりのお店は絶対負けません(さいご) 完
第七章 あとがき
ども、はじめまして、高田耕作です。えっ、お前誰だって? そんなこと言わないでくれよ。八百屋の高田だよ、登場頻度は高いんだからさ。
ともかくいつもこの物語を愛読してくれてありがとよっ。
礼名ちゃんも皆さんに宜しく伝えてくれってさ。しかしあの子はホントにいい子だよね。かあちゃんにも爪の垢を煎じて濃縮還元してグツグツ煮込んだヤツをソフトカプセルに詰めて一日三回飲ませたいよ。あっ、大丈夫だよ、かあちゃんはあとがきにまで襲いかかってこないからさ。
えっ、どうして俺が毎日カフェ・オーキッドに通ってるのかって? そりゃ簡単、楽しいからさ。安いのに食べ物は美味いしコーヒーも俺好みだし、何よりも礼名ちゃんを見てると元気が出るんだ。
俺はいつもかあちゃんの凶行から逃げ延びると、スポーツ紙で競馬の予想を立てたり常連さんとお喋りしたり、のんびりBGMを聴いてたりするかな。実はこの店のBGMは結構気に入ってるんだ。お洒落なJAZZってのかな。テンポがよくて楽しいけれど邪魔にならない感じの演奏ばかりでさ。悠也くんが選曲してるらしいけど、マイナーレーベルのピアノトリオが多いって言ってたっけ。時折礼名ちゃんがピアノの調べに合わせて指を動かすのを見ると、ちょっと泣けてくるけど。
そうそう、最近手伝いに来てる麻美華ちゃんと綾音ちゃんだったっけ? このふたりもとんでもない美人だしさ、
だから、オーキッドは俺にとっちゃ天国なわけよ。これであの熊より凶暴なかあちゃんさえ乱入しなけりゃ言う事なんだけどな。
と言うわけで、ムーンバックスとの騒動も決着したみたいで、来週からは新しいシリーズに入るらしい。
ムーンバックスとのいざこざが解決したのも束の間、神代兄妹にまた新たなる災難がふりかけサササッっと降りかかる。どうする神代兄妹…… って、何これ作者さん、また礼名ちゃんが酷い目に遭っちゃうの! 可哀想だよ、やめてあげてよ。彼女が今までどんなに苦労してきたのか知らないの!
……まあ、作者には作者の都合があるのかな。今度礼名ちゃんがうちに来たら、じゃがいものおまけに松茸付けてあげよう。元気づけてあげたいからね。
と言うわけで、次章「働いたら退学!?(仮)」もお楽しみに。
高田耕作でした。




