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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第七章 ふたりのお店は絶対負けません(さいご)
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第7章 第5話

 窓の外を見つめる礼名に歩み寄り、同じ方向を見る。

 ムーンバックスの前には試供品を配るスタッフがひとりだけ、僕らの店の方には領土侵犯する者はない。自動ドアにまた一組のおばさん軍団が吸い込まれていって、敵ながら繁盛しているようだ。


「きっと今日は平和な一日になると思うよ」

「ねえ、お兄ちゃん。どうして突然、ムーンバックスはおとなしくなったと思う?」

「さあ、ね。神の見えざる手が働いたんじゃないか?」

「スミスさんが怒るよ! 用法と用量は正しく使おうよっ」

「じゃあ、月に代わってお仕置きされたんだよ」


 僕は礼名に笑い返すと、ちらり麻美華の方を見る。常連のお客さんと何やら談笑している彼女。ムーンバックスに変化が起きたのは彼女のお陰だ。

 昨晩、僕と麻美華は仕事の後、ふたりだけで話をした。礼名にも気づかれないよう家を抜け出して、ホントに短い時間だったけど。

 ひっそりと静まった商店街の外れ、歩みを止めた彼女はゆっくりと僕を見上げた。


「お兄さまはどうして麻美華を頼ってくれないんですか!」


 長い金髪が風になびき、ほのかに甘い匂いが僕を通り過ぎていく。


「頼るって、喫茶店の手伝いなら、もう120%頼り切っているじゃないか」

「そうじゃありません! わたし、ムーンバックスのメーンバンクは倉成だって教えましたよね。お兄さまはムーンバックスの不埒な悪行三昧は上層部からの指示だって最初から知っていたんでしょう? だったら麻美華がパパにお願いしたら何とかなるかもって直ぐに気が付くはずです。それなのに…… もっともっと頼ってくれてもいいじゃないですか!」


 いつもの上から目線じゃない、「妹モード」の麻美華が真っ直ぐに語りかけてくる。


「パパはムーンバックスのトップにすぐ連絡を取ってくれました。麻美華は連れて行ってくれませんでしたけど、会いにも行ったみたいです」

「ごめん。迷惑掛けて……」

「迷惑なんかじゃありません! お兄さまは麻美華が嫌いですか? もっともっと麻美華を頼ってくださいよ! 礼っちのことはあんなに信頼しているのに!」

「わかった」


 僕は躊躇ためらいながら彼女の長い金髪に軽く触れた。一瞬驚いたように僕を見た麻美華は、やがて少しだけ微笑んで僕の肩に頭を寄せた。


「嬉しいです。やっぱりお兄さまは麻美華の大好きなパパみたい……」


 えっ? 彼女はパパッ子なのか? パパッ子麻美華ちゃんなのか?


「パパは仕事人間で、会社ではすっごく厳しい人らしいです。弟たちが何か頼っても話も聞かないし、自分の不始末は自分で片付けろ、って厳しく叱りつける人です。でも、お兄さまの身に起きていることはパパにも責任がある事なのでしょう? だからパパは何も言わずに直ぐ動いたんですよ」


 そして切れ長の瞳でゆっくり僕を見上げた彼女の口から思いがけない名前が紡がれた。


「そうそう、ひとつだけ教えてください。桂小路って、誰ですか?」


 昨晩の麻美華のその質問に、僕は礼名の母方の実家だ、とだけ口にした。彼女はそうですか、と小さく呟いただけだった。


 今、僕の横に立つ礼名は、そんな昨晩の出来事を知っているかのように言葉を紡ぐ。


「きっとムーンバックスがおとなしいのは、昨日、麻美華先輩が助けてくれたんだよね……」


 ホントにこいつは勘がいい。麻美華が妹だってことは細心の注意を払ってバレないようにしないと。


 と、その時。


「あっ、あれっ?」


 急に礼名は店の入り口に目を向ける。


 からんからんからん…………


 入ってきたのは赤い眼鏡の女の人。


「「奈月さん!」」


 言うが早いか彼女の前に駆け寄る礼名、当然僕も続いた。

 あおい髪をポニーテールにまとめて、眼鏡の奥に見える知的な眼差しがいかにもデキる女っぽい。ムーンバックスの元店長、奈月さんは柔らかに微笑んだ。


「神代さんには大変ご迷惑をおかけしました」


 丁寧に頭を下げる彼女に僕は驚いて。


「何言ってるんですか、奈月さんは何も悪くないでしょう? むしろ被害者じゃないんですか?」

「いいえ、私また戻ってきました」


 顔を上げ、にこりと笑ってそう言うと、彼女は僕に名刺を差し出した。


 株式会社ムーンバックスコーヒー

 中吉商店街店 店長 奈月理美なつきさとみ


「前回は名刺をお渡し出来なくてごめんなさい」

「これって……」

「はい、突然なんですけど店長に返り咲きました。突然クビで突然の返り咲き。私にも何が何だかよく分かりません」

 ポニーテールの碧い髪。落ち着いたオトナの女を感じさせる奈月さんはくすりと笑った。


「これからは正々堂々、一緒にこの商店街を盛り上げましょう!」

「うわあっ! よかったですっ!」


 自分のことのように破顔して喜ぶ礼名。気が付くと麻美華と桜ノ宮さんもその輪に加わっていた。


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