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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第七章 ふたりのお店は絶対負けません(さいご)
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第7章 第4話

 フリルが可愛いピンクのワンピースに丸みを帯びた純白のエプロン。

 お揃いのユニフォームを着こなした三人の美少女が並んで微笑んだ。


「神代くん、どうかなっ!」


 今日は連休の最終日、後半三日目の朝。

 開店前の店舗に入った僕は驚きを隠せなかった。


「どうしたんだい、それ! みんなお揃いの制服で、しかもすっごく可愛い!」


 あれっ、足元に赤い滴…… って、鼻血がああ~っ!


「やはり一番可愛いのは、席が隣のこの私よね、悠くん」

「麻美華先輩、自惚うぬぼれないでください! お兄ちゃんには妹のわたしが一番可愛いに決まっています! あの鼻血は全て礼名に向けてブ~って吹き出ているんですっ!」


 完璧以上に回復した礼名は、昨日から仕事に復活していた。


「いや、可愛いって言うのはさ、衣裳が、の話だよ」

「嬉しいわっ! ありがとう神代くん」


 ぱああっ!


 衣裳を褒めると笑顔を炸裂させたのは桜ノ宮さんだった。

 聞くとこの『カフェ・オーキッドの新ユニフォーム』は桜ノ宮さんのデザインによるものらしい。連休初日、うちに来た彼女は礼名が着ることをイメージしてこの衣裳をデザインした。しかし礼名が倒れて急遽自分と麻美華の分も制作したそうだ。


「あたしのデザインをお手伝いの山之内さんが超特急と言うか、マッハ20で形にしたのよ」


 マッハ20で形にするってどう言う状況なのか、今ひとつ飲み込めないけど。


「どうせならみんなバラバラより、同じ衣裳の方がお洒落だよね」


 とまあ、そう言うことらしい。ちなみに僕は相も変わらず普通の白カッターに安ズボンなのだが。


「じゃあ、今日もカフェ・オーキッド開店だっ!」


 からんからんからん


 七時ちょうどに入ってきたのは高田さん。


「「「いらっしゃいませ~っ!」」」


 桜ノ宮さん、麻美華、そして礼名が声を揃えて笑顔を見せると、火に掛けられたチョコレートのように表情をとろけさせた高田さん。しかしすぐに奥さんが隠れていないか辺りをキョロキョロと確認した。


「こんな可愛い子達に囲まれて、モーニングたったの四百円ポッキリでいいのか不安になるよ。なあ悠也くん、その内に指名料とかサービス料とか看護料とか取ったりしないよね?」

「勿論ですよ、うちは普通の喫茶店ですよ」

「そうだ、人手が足りなかったらうちのかーちゃんも貸すよ? あいつなら気兼ねなく何度もお冷やのお代わりを頼んで雑誌や新聞を持ってこさせて、奴隷のようにアゴでこき使いまくってやるんだけどな」

「あ、あの高田さん……」

「まあ、あいつはグラス割りまくるだろうし、オーダーも間違いだらけで、猫の手どころかミドリムシの鞭毛べんもうにもならないだろうけど!」

「誰が鞭毛運動をするユーグレナもくの脳みそ単細胞生物なのかしら?」

「あっ、お前っ、どうしてここに!」

「問答無用! ウキキッ!」

「うぎっ! だじげでぐでえっ! ぼげほっ!」


 ●★△?♂びきっ ★◎♀どがっ


 奥さんの空中飛び膝蹴りが高田さんをテーブルの向こうに吹き飛ばす。這いずって逃げ惑う高田さんに襲いかかる鞭毛べんもうバスターを必死で阻止する礼名と麻美華。


「はあはあはあはあ…… いらっしゃいませ、奥様」

「はあはあはあはあ…… お客さま、落ち着いたかしら」

「はあはあはあはあ…… 今日はふたりがかりで止めてくれたのね。あ、モーニング、サンドイッチでお願いね」


 いつもと同じようで、少し違う幕開け。

 カウンターに戻った礼名が麻美華に声を掛けている。


「麻美華先輩、ありがとうございます。お怪我はありませんか?」

「当然よ、私、こう見えても武道も舞踏も侮辱もお手の物だから」

「侮辱が得意なのはよく知っています。でも、危険ですから体を張った仕事は礼名に任せてくださいね」

「何を言っているのかしら。麻美華もやるわよ。お店のスタッフとして当然でしょ?」


 ふたりの妹の視線がぶつかり合った。


「ふたりともごめん。危険な仕事はマスターである僕がやるからさ。何かあったらすぐ声を掛けてよ」


 僕はふたりの間に入るのだが。


「そうですよ麻美華先輩。危険な仕事はマスターと、かわいい妹であるわたしの仕事なんです」

「あら、席が隣同士の私は、あなたより遙かに悠くんと親密なのよ」

「違いますっ。兄と妹は生まれた瞬間に赤いしめ縄で結ばれているんですっ。お兄ちゃんに一番近しいのは妹のわたし以外に存在しませんっ!」

「じゃあ、悠くんと麻美華こそ運命のパートナー同士って事ね」

「麻美華先輩、わたしの話、聞いてました?」

「まあまあ……」


 いつ麻美華が本当の事を口走らないか気が気ではない。


「そんなことより、高田さんのお冷やがまだなんだけど……」

「大丈夫。あたしが行くわっ!」


 笑顔の桜ノ宮さんがグラスをトレイに載せていく。


「「出遅れたっ!」」


 かくして。


 カフェ・オーキッドは通常運転を開始した。


「しかし、今日は大丈夫なのかな……」


 窓の外を眺めながら礼名が呟く。

 昨日、ムーンバックスは総力戦を仕掛けてきた。僕らの店の前に五人ものスタッフを配置し試供品を配布し始めたのだ。勿論僕たちも黙っていない。麻美華が倉成のお屋敷からメイド一個師団を召還し、商店街からカフェ・オーキッドへのシーレーンを確保。睨み合いは夕方まで続いた。


「奈月さん、クビになっちゃったんだね」

「ああ、何だか可哀想だね……」


 一昨日、月守さんにクビを宣言され、寂しげな笑顔を残したまま去って行った奈月さん。


 僕はその時の事を思い起こす。


          * * *


「奈月さんっ」


 一昨日の夜。

 僕の叫び声に、ほんの少しだけ振り向きかすかに笑ってみせたムーンバックスの店長、奈月さん。いや、今となっては元店長というのが正しいのだろうけど。


「ねえ、悠くん……」


 事態が飲み込めない麻美華と桜ノ宮さんに、ふたりの関係を説明する。即ち、奈月店長の上司が怒鳴っていた男性、月守さんって事を。

 それから僕は携帯電話を取り出すと桂小路の祖父に発信した。許せなかった。礼名を自分の手元に引き取るために、僕たちふたりの生活を終焉させるためにこんな回りくどいことをして、関係ない人を不幸にして。


 しかし。


「何のことかな? ムーンバックス? 直営店統括の専務なら知っているから転職の口利きをしてあげようか、はっはっは」


 予想通り、知らないことととぼけられた。だけど僕には何の策もなく、ただ通話終了のボタンを押すことしかできなかった。


 そして昨日。

 奈月さんがいなくなったムーンバックスにはいつもの倍以上のスタッフが集結し、僕らへの営業妨害に打って出た。朝、礼名を偵察に出したところ月守さんが慇懃いんぎんに挨拶してきたらしい。早く店を畳んでムーンバックスで働けと言われたそうだ。

 麻美華が急遽動員した倉成家のメイドさん達がムーンバックスの妨害排除をしてくれたが、それはそれは物々しい状況が続いた。そんな中、麻美華は「ごめんなさい。ちょっと用事を思い出したわ」、とだけ言い残し、どこかへと消えていった。


「倉成のメイドさん達が助けてくれてるって不思議だよね。お兄ちゃんの言う通りムーンバックスのメーンバンクが倉成銀行だとしたら、きっと倉成もグルなんだよ、敵なんだよ! 麻美華先輩、勝手なことするなって呼び出されたのかな……」


 礼名は麻美華を見送りなが僕にそう囁いたけど、勿論僕は倉成がグルだとは思っていない。そしてその日の夕方、ムーンバックスの営業妨害行動は突然に止んだ。


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