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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第七章 ふたりのお店は絶対負けません(さいご)
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第7章 第3話

 その日は礼名の不在にもかかわらず、過去最高の売り上げを記録した。


「礼名、へこむだろうな……」


 桜ノ宮さんと麻美華がスマホで友達を呼びまくったのも売り上げ増の理由なのだが、ふたりの給仕っぷりも十分にハイレベルだった。桜ノ宮さんは言うに及ばず、ウェイトレスなんか絶対出来そうにない麻美華の貢献ぶりは完全に予想外だった。


「メニューが決まったら呼んで貰っても宜しいわよ」


 メイド服を着ているのに女王様オーラを放出しながらの上から目線。


「お冷をお持ちしてあげたわ。はい、どうぞっ(にこり)」


 だけど、時折見せる可愛い笑顔とのギャップがお客さまに大好評だった。


「どう、礼っちにも負けてないでしょ」


 自信満々に仕事をこなす麻美華。

 勿論、礼名の仕事っぷりには届かないけど、ふたりは今日一日本当に頑張ってくれた。その上どちらも校内きっての美人さんだ。お客さんの評判もモンドセレクション金賞をぺろぺろ総なめレベルだ。


「礼名ちゃんがいないと寂しいけど、臨時のふたりも働き者だね。特に赤毛のツインテールの子って話も巧いし気も利くし、凄く評判いいよ」、とは三矢さんの言葉。


「麻美華ちゃんって見た目と違ってすっごく面白い子ね。今度アニメのイベントに行こうって話になっちゃった。悠也くん知ってるかな「アイドルガールズ」。アイドル育成ゲームのアニメイベントなんだけど」、とは細谷さんの言葉。

 

 ふたりとも僕の予想より遙かにウケがよかった。


「助かったよ、本当にありがとう。これ、今日の日当。ふたりにとっちゃ端金はしたがねかもだけど、受け取ってよ」

「悠くんっ!」

「神代くんっ」


 しかし、ふたりはお怒りのご様子だ。


「やっぱり少ないって分かったかな。一応、最低賃金は百円ほど上回ってるんだけど」

「そうじゃないわ! わたし達お友達じゃない! お金が目的じゃないのよ!」


 桜ノ宮さんに睨まれ。


「悠くん、分かってるわよね。席が隣同士ってことがどう言うことか!」


 麻美華の殺人的な上から目線オーラの直撃を浴びる。


「ぐはっ!」


 瞬殺だった。


「瑞季、帰るわよ!」


 日当が入った封筒を手にその場に立ち尽くす僕を置いて、ふたりは店を出ていく。


「ちょっ…… ちょっと受け取ってくれよ!」


 やっとのことで立ち直った僕は、ふたりを追って店を出る。


「「じゃあまた明日!」」

 僕の言葉をファッショナブルにスルーして手を振る桜ノ宮さんと麻美華。小倉さんだけは黙って頭を下げていた。


 と。


「このバカ女っ! どうして言う通りに出来ない!」


 道の向こうから男の怒鳴り声が聞こえてきた。思わず声の方向を見やる。明かりの消えたムーンバックスの前、両手を握りしめ、目の前の男を睨みつけている赤い眼鏡にポニーテールの女の人。店長の奈月さんだ。


「しかし、当店も売り上げは好調です。それにわたしは正々堂々とやりたいんです!」

「キミの意見はどうでもいい、キミは言われたとおりにすればいいんだ!」


 僕らに背を向け大声を張り上げているスーツを着た長身の男。あれは、ムーンバックス地域統括マネージャーの月守さんだ。


「キミには失望したよ。分かってるだろうな。キミはクビだ! 明日から来なくていい!」

「ちょっと待ってくださいっ!」


 気が付くと僕は道を渡りふたりの方へ駆け寄っていた。


「なんだいキミは? ああ、弱小喫茶の高校生坊やですか」

「どうして奈月さんがクビなんですか! ムーンバックスさんも凄く繁盛してるじゃないですか!」

「ふっ、我がムーンバックスには弱小喫茶のひとつやふたつ、ぶっ潰せないヤツはいらないんですよ」


 月守さんの言葉に唇を噛みしめ、涙を堪える奈月さん。気が付くと僕の後ろには桜ノ宮さんと麻美華、小倉さんも立っていた。


「そんなっ! 奈月さんが可哀想じゃないですか!」

「神代くん、世間はそんなに激甘スイーツじゃないのですよ。まあ、近い将来、きっとキミも思い知るでしょうけどね」


 片手をあげてキザっぽく去っていく月守さん。


「神代さん、今日は本当にごめんなさい。でも、あなたのお店は本当に素晴らしいわ。きっとふたつのお店は共栄できると思ったのだけど…… これからも頑張ってね。応援しているわ」


 淡々とそう語った奈月さんも月守さんとは逆の方向へ、ゆっくりと歩き始めた。


「奈月さんっ」


 僕の声に、しかし彼女は立ち止まらずに、少しだけ振り向きかすかに笑顔を見せただけだった。


          * * *


 桜ノ宮さんと麻美華と小倉さん。

 みんなを見送ると、僕は真っ先に礼名の部屋に向かった。


 トントントン


「どうぞ、お兄ちゃん」


 礼名はベッドの端にちょこんと座っていた。今朝見た礼名より断然顔色がよく見えた。


「調子はどうだ?」

「うん、もう本当に全開だよ。瑞季さんがね、美味しくって元気になる料理をたくさん作ってくれたんだ。つばめの巣とかマムシの素焼きとかスッポンとか、見たこともないような食材もあったよ。もう体の内から元気大爆発だよ。今すぐ結納済ませてくれたら今夜は一晩中頑張れるよ!」

「いや、僕が頑張れない」


 小倉さんには僕たちの昼食も作って貰った。カツサンドに玉子サンド、そしてハムサンド。どれも凄く美味しかった。しかし小倉さん、台所を使って、そんな料理も作っていたんだな。


「ごめんなさい、お兄ちゃん。わたし何にもしなくって。一日中寝てて」

「それでいいんだよ。休むことが礼名の仕事なんだから」

「瑞季さんにも同じ事言われちゃった…… あのね……」


 礼名は今日の事を淡々と語り始めた。自分も手伝うと言う礼名を小倉さんが優しく説得したこと。そして、お店の様子が気になって眠れない礼名の話し相手になってくれたこと。


「瑞季さんとお話ししてると不思議と安心しちゃって、いつの間にか寝てたんだ。たははっ…… 瑞季さん、お兄ちゃんのことすっごく褒めてたよ。いいお兄さまをお持ちですねって」


 やおら礼名はベットからゆっくりと立ち上がった。


「わたし、お風呂に入るね。瑞季さんのお陰でパワー全開だよ。もう、明日からは大丈夫だからねっ」


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