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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第七章 ふたりのお店は絶対負けません(さいご)
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第7章 第2話

 朝七時、いよいよカフェ・オーキッド開店だ。


 からんからんからん


 一番乗りはいつものように高田さん。


「「いらっしゃいませ~っ」」


 桜ノ宮さんと麻美華、ふたりの可憐な声がハーモニーを奏でる。


「あっ、いっ、いらっしゃいました……」


 いつもと違う出迎えに調子が狂ったのか、高田さんが驚いたようにふたりを見る。

 フリルがいっぱい付いた白と黒ツートーンのメイド服を着こなした金髪の麻美華。

 一方、赤毛をツインテールに纏めた桜ノ宮さんは赤と白が基調のメイド服。

 白いワンピに赤いリボンの簡潔なうちの制服より圧倒的に萌えレベルが高い。


「凄いね悠也くん、そう言えば店の外に書いてあった変な告知は、このことかい?」

「ああ、そうなんです高田さん、ちょっと礼名が体調崩しちゃって」


 桜ノ宮さんと麻美華は入り口に次のような貼り紙をしていた。



 【当番医変更のお知らせ】

  礼名 → 麻美華、綾音 (本日二診制になります)



 ふたりとも女医さんのコスプレも看護婦さんの格好もしていないので、誇大広告で訴えられそうだが、可愛いメイド服に免じて許して貰おう。


「礼名ちゃんが体調崩したの? そりゃ大変だ!」

「ご迷惑掛けてごめんなさい。でも疲れが出て家で寝てるだけですからご心配なく」


 高田さんは礼名の部屋に行きたくて仕方がないようだったが、そこにはメイドの小倉さんもいるし、申し訳ないけどご遠慮願おう。


「そうかい、あとで精の出る野菜とか持って来るからさ」


 そう言う高田さんに手際よくお冷やとおしぼりを差し出す桜ノ宮さん。


「はい、お待たせしました」


 そして、その横から上から目線でメニューを差し出す麻美華。


「どうぞ」


 ふたりがかりで応対していた。


「あ、ありがとう…… お嬢ちゃん達はバイトさん?」

「まあ、そうですね。神代くんの同級生で綾音って言います」

「私、悠くんとは席が隣同士の麻美華、ですわ」

「あ、た、高田耕作です…… お~い! 悠也く~ん!」


 僕が歩み寄っていくと高田さんは席を立ち、僕の肩に腕をかける。そして声を潜めて。


「なんだこれ、すっごい別嬪さんばっかり集めて。それも悠也くんの学校フレンドだって? 悠也くんも隅に置けないねえ」

「は、ははは、そうですかねえ」

「なあなあ、どうしたらあんなすっごい美人とお近付きになれるのか教えてくれよ。俺なんか長い人生なのにさ、かあちゃんしか寄ってこなかったんだ。俺はゴキブリ粘着シートかってんだ。そうだ、突然かあちゃんが現れないように、虫除けスプレー買っておかなきゃ!」


「誰がカサカサ一匹見つけたら、ウジャウジャ三十匹はいる漆黒のGですって!」

「うぎゃ、お、お前いつの間にっ!」

「正義の戦士に虫除けスプレーなんか効かないのよっ!」

「ひっ、ひええっ! だじげでぐでっ! ぐぶげほっ!」


 ●★△?♂どすっ ★◎♀ぎしっ


 奥さんの逆四の字固めが見事に決まる。涙目でギブアップをコールする高田さんに追い打ちを掛けるように襲いかかるスリーパーGホールドを僕は体を張って制止する。


「はあはあはあはあ…… いらっしゃいませ、奥様」

「はあはあはあはあ…… 今日は悠也くんが止めてくれたのね。あ、わたしはフレンチトーストでモーニング」


 いつもの出来事、いつもの朝。毎度恒例の行事だけど、自分で止めに入ると結構大変だ。礼名のありがたみが痛いほど分かる。と言うか、実際痛かった。


「ねえ悠くん、あんな時はどうするの?」

「ああ、あれは一日一回、朝七時にしか発生しない特殊イベントだから無視していいよ」


 喫茶店の店員がお客さんの夫婦げんかにまで責任を負う必要はない。うちは特殊なのだ。

 でも、僕の答えに麻美華は不服らしい。


「今の質問、礼っちにだったら答えが違うんでしょ……」


 しかし、僕は敢えてその質問をスルーする。


「さ、営業開始だよ。僕はモーニングの準備をするから高田さんの奥さんにお冷やをお出しして」


 麻美華におしぼりの在処を教える。お冷やはウォーターポットに用意しているからグラスに注ぐよう教える。


 一方、桜ノ宮さんはテイクアウトカウンターに立って通りをいぶかしげに見ていた。


「桜ノ宮さん、どうしたの?」

「ほら、向かいのムーンバックスなんだけど、呼び込みの人数が多すぎない?」


 見るとムーンバックスの店頭に試飲のコーヒーを持ったスタッフが四,五人たむろしていた。普段、呼び込みの店員がいること自体が少なく、いたとしてもひとりだけなのに。今日は気合いの入り方が異常だった。まだ通りにはそんなに人もいないから思いっきり暇そうにしている。


「最近うちの方にお客さんが流れてるから、反撃に出たかな」


 僕は軽くそう流して、高田さんのオーダーを作り始めた。


          * * *


「あれは完全に営業妨害ですわっ! ねえ、悠くんったらっ!」


 怒り狂う麻美華はテイクアウトカウンターの窓を指差している。

 そこには、うちの店の前の通路で呼び込みをするムーンバックスのスタッフ達。

 ムーンバックスの呼び込みが道を隔てた僕たちの領域にまで進出していた。


「これじゃあ、せっかく来ようとしてくれたお客さんが、二の足を踏んでしまうわね」


 桜ノ宮さんも思案顔だ。


瑞季みずき! 付いてらっしゃい!」


 突然、家の方に向かってそう叫ぶと、麻美華は店を出ていった。


「お嬢さま!」


 遅れて小倉さんが後を追う。僕も桜ノ宮さんに後を頼んで店を飛び出した。

 麻美華は試飲のコーヒーを配っていたふたりのムーンバックススタッフに詰め寄っていた。


「邪魔だわ。あなたたちのお店はあっちよね」


 長く綺麗な金髪に凛とした立ち居。圧倒的オーラを発しながら上から目線で詰め寄る麻美華に敵店舗のスタッフ達はタジタジだ。


「で、でも、ここは公道だし何をしても……」

「そう、公道だったら何をしてもいいのね」


 ヒートアップした麻美華の暴力的な上から目線オーラがふたりに襲いかかる。


「「ひっ、ひいいっ~~!」」


 もはや仕事どころではなくなったふたりは冷や汗をマーライオンの放水のように垂れ流しながら大通りを渡って自分の店に逃げ帰る。


「逃がさないわよ」


 追跡する麻美華と小倉さんはムーンバックス店舗の前で試飲カップを配っていた別のスタッフにも無言の殺人的プレッシャーを浴びせかける。


「何事ですかっ!」


 その声と共に店から出て来たのは碧い髪をポニテに纏めたひとりの女性。

 異常を察知した店長の奈月さんだ。


「店長~っ!」


 恐怖のあまり店長にすがりつく客寄せスタッフたち。


「あら、あなたが礼儀も常識もないお店の店長さん? いい加減に営業妨害はやめてちょうだい!」

「な、何を言ってるの。公道上で何をしたって問題ないでしょ!」

「そう、公道上なら何をしてもいいのね。じゃあ、わたしはここでお客さまの案内をさせて貰いますわ。瑞季、いいわね」

「はい、お嬢さま」

「なにを、うちの店の前で仁王立ちしてるのよっ!」

「あら、天下の公道よね、ここは」


 ムーンバックスから若い男性スタッフも数人現れるが、麻美華も小倉さんも全く怯まないどころか、迫力で圧倒している。

 暫く睨み合いが続いたが、先に手を出したのはムーンバックスの男性スタッフだった。


「このやろうっ!」


 ずうん どさっ!


「いででででっ」

「あら、先に手を出したのはそちらですわよね。証拠の動画もほら、この通り」


 麻美華に掴みかかろうとした男は小倉さんに手を取られ、一瞬で宙に舞っていた。そしてその様子を撮影したらしい、倉成光学製コンパクトデジカメを高々と掲げる麻美華。


「うぐぐぐ……」


 たじろぐムーンバックス陣営。

 その中で赤い眼鏡の店長、奈月さんだけは冷静だった。


「分かったわ。道の向こうからは手を引くわ。それでいんでしょ」

「あら、言う事はそれだけ?」

「申し訳ございませんでした」

「声が小さいわね」

「申し訳ございませんでした!!」

「瑞季、帰るわよ」

「はい、お嬢さま」


 麻美華はムーンバックスのスタッフ達をぐるり見下ろすと、颯爽とカフェ・オーキッドへと向かう。慌てて追いかける僕。店の前で立ち止まった麻美華は僕を振り返りにこり微笑みながら。


「悠くん、これでいいですわよね」


 店に入ると桜ノ宮さんがお客さんにお冷やをサービスしていた。


「あっ、麻美華、片づいた?」

「勿論よ、じゃあ、店内は私がやるわよ、テイクアウトの方お願いね、綾音」


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