第7章 第1話
第七章 ふたりのお店は絶対負けません(さいご)
連休後半、三連休の初日。
それは想定の遙か斜め上をいく展開で始まった。
朝、着替えを済ませ、静かに礼名の部屋を覗く。
過労で倒れた礼名には暫く安静にして貰わないと。
す~す~す~
彼女のベッドから聞こえる安らかな寝息の音。
僕は安心して階下に降りる。
と、そこに。
「オニイチャン オハヨ!」
「どうして礼名がここにいるっ!」
「レイナデハ、アリマセン ワタシハ ロボレイナ デス」
「はあっ? ロボ礼名? なんじゃそりゃ!」
「レイナハ ジブンノヘヤデ ネテ イマス」
台所で朝食の用意をする自称「ロボ礼名」。彼女の手元からパンケーキが美味しそうに焼ける音が聞こえ始める。
でもそう言えば、さっき礼名の部屋から確かに寝息が聞こえたはず。僕は慌てて階段を登る。
す~す~す~
礼名の部屋に入ると、可愛らしい礼名の寝息が確かに聞こえる。
「礼名?」
す~す~す~
恐る恐るベッドに近づくと盛り上がった布団をゆっくりめくっていく。
「れ、い、な……」
そこには礼名が大事にしているくまのぬいぐるみ「ぽん吉」が鎮座し『礼名の化身』と書かれた紙が貼られていた、その横には繰り返し再生されているデジカメが。
「礼名のヤツ~!」
僕は階段を降りると礼名を捕まえる。
「オニイチャン パンケーキ ヤケマシタ」
「もうその猿芝居はやめろ! ちゃんと寝てなきゃダメじゃないか!」
僕の剣幕に礼名が下を向く。
「……やっぱりダメですか? 礼名はもうこんなに元気なんですよ? ちょっとしたお茶目に目を瞑って、ロボ礼名なら仕方がないね、って笑ってくれないんですか?」
「ダメだ。ともかく今日は寝てること!」
それでも礼名は僕と自分の朝食を並べて食卓に座る。
「せめて朝食だけでも。ね、お兄ちゃんっ!」
「仕方がないな」
「さすが、わたしのお兄ちゃんっ!」
と。
トントントン
店舗の方から音がする。
桜ノ宮さんと麻美華が来るのは開店時間の朝七時。まだ一時間以上もある。
僕は席を立つと店舗のドアを開ける。
からんからんからん
とっても静かな商店街。
そこにひとり立っていたのは金髪の美少女だった。
「おはようございます、おに……」
「しっ!」
自分の口に人差し指を当て、彼女の言葉を止める。
「礼名が起きているんだ」
「えっ、礼っちが!」
彼女を食卓に案内すると礼名が引きつった笑顔を浮かべる。
「あ、麻美華先輩! お休みなのにお手伝いありがとうございます……」
そう言いながら僕を階段下に引っ張っていく。
「どうしてこんなに早く来るのよっ! わたしとお兄ちゃんのラブラブな朝が台無しじゃないっ」
そう言いながらも彼女の分もパンケーキも用意する礼名。
「ねえねえ悠くん、どうして礼っちが働いてるのよ! 麻美華と悠くんのラブラブな朝が台無しだわ!」
「ぐぬぬぬ……」
そんな事を言いながらも礼名が用意したパンケーキを頬張る麻美華。
「あ、このパンケーキ、普通に美味しいわね。庶民的な味で」
「麻美華先輩はどうしていつもそんなに上から目線なんですかっ!」
「目は上についているからに決まってるでしょ。それとも礼っちの目は足元にでも付いているのかしら?」
「ぐぬぬぬ……」
ふたりの妹が睨み合う。
「さ、あとは僕がやるから、礼名は部屋に戻りなさい」
「がるるる…… 戻りませんっ、って言うか戻れません! やっぱりわたしも働きますっ! がるるるる……」
礼名が意固地になってしまった。
困った。ここは桜ノ宮さんが来るのを待つしかないか。
「瑞季、入ってらっしゃい!」
と、麻美華が大きな声を上げる。瑞季?
「はい、お嬢さま」
「んなっ!」
驚いて声の方を振り返ると、可憐なメイド服を纏った栗毛の綺麗な女の人がそこにいた。
あまりの出来事に礼名も呆然と突っ立っている。
「紹介するわね、小倉瑞季。私専属のメイドさんよ」
「あ、どうも神代悠也です……」
「神代礼名です…… って、どうして人の家に入ってきてるのよっ!」
「申し訳ありません。喫茶店のドアが開いておりましたので」
丁寧に頭を下げる小倉さんだが、何とも凄い迫力を感じる人だ。
「こんな事もあろうかと待機して貰っていたのよ。じゃあ悠くん、礼っちには自分お部屋に戻って貰っていいわよね」
「あ、うん……」
「瑞季、こちらのお嬢さんを二階のお部屋にお連れして丁重に看病なさい」
「はい」
「きゃっ!」
一瞬の出来事だった。
小倉さんは礼名を抱き抱えると二階へと向かった。
「ちょ、ちょっと! 何よこれ、放してよっ!」
「無駄よ礼っち。瑞季は超優秀なメイドで超屈強なボディーガードでもあるのよ」
「こんなのアリなの! 助けてよ、お兄ちゃ~ん!」
ぺたぺたぺたぺたぺた…… バタン
それっきり。
礼名は小倉さんの監視の下に置かれ、彼女の部屋は静かになった。




