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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第六章 ふたりのお店は絶対負けません(そのよん)
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第6章 第7話

 飴色の眼鏡をかけて学校の制服を着た、温和おとなしそうな女の子。

 ショートヘアの田代さんを礼名の部屋に案内する。


「あっ、すみれひめっ!」

「礼名ひめっ! 大丈夫なのっ!」


 田代さんはベッドの横に膝をつくと礼名と笑顔を交わし合った。

 僕はふたりを置いて部屋を出る。


「礼名さんにはとても仲良しにして貰ってます。もしかして、お兄さんですか。お噂は朝、昼、放課後と毎日きっちり三回礼名さんから伺っています。あ、今日はお見舞いに来たんですけど……」


 そんな玄関口での会話を思い出しながら階段を下りる。

 明日からの三連休。

 桜ノ宮さんと麻美華が手伝いに来ると言っていたけど、カフェ・オーキッドは礼名あってのお店だ。常連さんのお目当ては絶対礼名だし、テイクアウトカウンターも礼名の独壇場だし、僕だって礼名がいなくちゃやっていける自信がない。


「はあっ」


 居間で椅子に座ると天井を見つめる。

 やっぱり明日から臨時休業にした方が……

 だけど、そうやって礼名に頼り切った結果がこれだ。


「よしっ!」


 やっぱりやるしかない。礼名のためにも、礼名の負担を減らすためにも、みんなで出来ることを証明しなくちゃ。


 二十分ほど過ぎただろうか、田代さんの声がする。


「失礼しましたっ」

「来てくれてありがとう。これからも礼名と仲良くしてね」


 僕は彼女を見送ると、洗面器にお湯を入れて礼名の部屋に戻る。


「あ、お兄ちゃん」


 礼名はベッドに横たわり、一冊の文庫本を読んでいた。

 聞くと田代さんのお土産だというその本を、礼名はすぐに布団の中に隠す。


「気持ち悪いだろ、体を拭いてやろう」

「えっ、恥ずかしいよっ! 自分で出来るよっ!」

「遠慮するな! 僕たちは兄妹だろ、はい!」


 少し強引に礼名に背中を向けさせる。上半身をはだけさせ彼女の華奢きゃしゃな腕をタオルで拭う。黒髪から覗く白いうなじにドキリ一瞬で胸が弾ける。馬鹿、何を考えてるんだ。礼名は妹だ。しかし、綺麗な背中から見事にくびれた彼女のウエスト、そして柔らかな曲線を描いて広がる形よいヒップが僕の理性を狂わせていく。いつの間に礼名はこんなにオトナになったんだ! 切り揃った髪がサラリと揺れるたび礼名の甘い匂いが僕の胸を満たしていく。いけない、何か話題を探さなきゃ。


「ところで礼名、明日は桜ノ宮さんと倉成さんが手伝ってくれる事になった。安心して寝てるんだぞ」

「えっ、礼名もう大丈夫だよ。明日には完全復活を遂げて更に進化した巨大ロボ礼名二号が登場するんだよ……」

「ダメだ!」


 少し大きな声を上げると礼名が押し黙る。


「いいかい礼名。過労を甘く見ちゃいけないよ。礼名にもしもの事があったらどうするつもりだ」

「だけど……」

「礼名はお兄ちゃんの言う事を聞けないのかい!」

「あ…… ごめんなさい。礼名、お兄ちゃんの言う通りにします」


 あれっ、あっけないほど素直だな。


「礼名はいつもお兄ちゃんの素直な妹でいます」

「礼名……」

「だからお兄ちゃんも約束してください。お兄ちゃんのお嫁さんは礼名だって!」

「ああ、わかって…… って、それ婚約じゃないか。どさくさに紛れて何言わせるんだ!」

「ばれたかっ。雰囲気で流されると思ったんだけどな」


 少しは元気になったようだな、礼名。

 前の方は自分で拭くと言う礼名に僕はタオルを手渡す。


「お兄ちゃんはそこにいていいよ。これね、常連さんノートなんだ」


 彼女は後ろを向いたまま、枕元のノートを僕に差し出した。それは常連さんの情報がアイウエオ順にびっちりと書き込まれたものだった。


 太田さん チョコパ教信者だけどプリンも大好き。コーヒーは砂糖二杯。フレッシュはどばっと全て入れる。二十一歳。本当の年齢は地雷。国立大法学部卒の才媛、一流商社のエリートで部下も三人……


 へえ~っ。


 高田さん 八百屋さんは九時五分前に開店。コーヒーは気分でミルクを入れることも。モーニングはサンドイッチ一本。礼名と同じ歳の女の子がいたけど十年前に死別……


 その他、最近話した趣味の話題とか好きなタレント、楽しみにしているテレビ番組、愛読の雑誌など常連さんのことなら何でも事細かに書き込まれていた。


「凄いな礼名!」

「役に立つかなって。使ってね、お兄ちゃん」


 体を拭き終わった礼名はパジャマのボタンを留めてから僕を見る。


「ありがとう礼名。でも明日のことは考えず、今日はもう寝るんだよ」

「はあ~いっ!」


 ふざけたようにそう言うと、しかしすぐに真顔なって。


「明日、バイト代はちゃんと払ってね。桜ノ宮先輩も麻美華先輩もお金持ちだからバイト代なんかいらないって言うかもだけど、最低時給分はキチンと払ってね」

「ああ、分かってるよ」

「カフェ・オーキッドはお兄ちゃんとわたしのお店だからね」

「うん」

「お兄ちゃんに無償の愛を捧げるのはわたしだけだからねっ」

「へっ?」

「お金で契約するバイトさんと、愛で結ばれた礼名とは全然違うんだからねっ。お兄ちゃんの人生パートナーは礼名なんだよっ」

「礼名とはパートナーじゃなくって。兄妹だ!」

「兄妹だって永遠の愛を誓えるよっ!」

「ともかくだ、明日は一日寝ていること、わかったね!」

「ぐぬぬぬ…… 話をすり替えましたね……」


 礼名は暫く僕を睨んでいたけど、やがて諦めたように、ふっと笑顔になった。


「困ったらすぐわたしに言ってね。わたし、お兄ちゃんのためなら何だってやるんだから」

「ああ、ありがとう。分かったよ。じゃあもう寝ようか」

「あの、お兄ちゃん……」


 と、突然、礼名は僕に向かって改まった。

 そしてゆっくり間を置くと、大きな瞳を伏し目がちに。


「お兄ちゃん、今日礼名は一日中色んな事を考えました。それはもう、たくさんたくさん考えました。わたしはとても幸せなんだって、お兄ちゃんに出会えて本当によかったって。だけどわたしはお兄ちゃんに迷惑ばかり掛けて。ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは今幸せですか? 礼名はお邪魔じゃありませんか? もしかしたら礼名なんかいない方が……」

「僕も幸せだよ!」


 礼名の言葉を遮った。ベッドで横になっていたから弱気になっているのだろう。


「僕は世界一の幸せものだよ。礼名の笑顔が、礼名がいてくれることがどんなに嬉しいか、礼名に僕の気持ちを見せてやりたいくらいだよ。ありがとう、礼名」

「よかった…… 嬉しい……」


 僕が生きている理由はただひとつ。礼名のいい兄になって、礼名に幸せを導くことなのだから。


「お兄ちゃん! 礼名はお兄ちゃんをいつまでもお慕いしています。これからもよろしくお願いします」


 ベッドの上で三つ指をつき、丁寧に頭を下げる礼名。


「僕こそ、な」

「ふつつかな礼名を貰っていただきありがとうですっ」


 にぱあっ!


 勢いよく頭を上げる礼名。悪戯っぽい笑顔がそこにあった。


「やったあ! これで婚約成立だねっ!」

「ばか! あくまで兄妹として、だ!」

「ちぇっ、つまんないよ! お兄ちゃんノリが悪いよ。結婚はノリでするんだよっ!」


 笑いながらそう言う礼名の大きな瞳には、しかし綺麗な滴が今にもこぼれそうだった。



 第六章  ふたりのお店は絶対負けません(そのよん)  完


 第六章 あとがき


 みなさま、お久しぶりです。倉成麻美華です。

 「お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法」第六章はいかがだったでしょうか。


 ここまでお読み戴いた皆様には、この物語の真のヒロインがもうお分かりになりましたよね。そう、腹違いではあっても血の繋がった妹であるこの倉成麻美華こそ、この物語の真のヒロインなんですよ。お~っほっほっほ!


 そういう訳で、これからは毎回、私と悠くんのイチャラブが炸裂します。それはもう、あんな事やこんな事など、悠くんがチェリーボーイを卒業するその日まで……って、キャッ! 私ったら。恥ずかしいですけど、じっくり堪能して下さいね。


 さて。

 遂に次章、私、麻美華がカフェ・オーキッドの店員さんデビューを果たします。激しく大活躍の予感がしますよね。その上、可愛くって涙が出ますよ。

 同時に綾音もデビューするみたいですけど、礼っちは絶対安静ですし、もはや麻美華に敵はいません。止める者もいませんし、やりたい放題やっちゃうわっ。

 麻美華、頑張りますっ! 是非応援してくださいね!


 では、次章「麻美華の、ブラコンは地球を救うパート2」も変わらずご愛顧下さいませ。


 ではでは、あなた好みの女王様、倉成麻美華でしたっ。


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