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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第六章 ふたりのお店は絶対負けません(そのよん)
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第6章 第5話

「お兄ちゃん、ふたりの朝だよっ!」


 連休三日目。

 目を覚ますと礼名が僕を見下ろして笑っていた。

 壁の時計を見る。目覚ましを無意識の内に止めてしまったのかな。


「昨日は遅かったしねっ」

「ふああ……」


 あくびをしながら背伸びをすると、布団からいずりだして身支度を調える。

 そして一階に下りると食卓にはもう朝食が並んでいた。


「さあどうぞっ! 今朝は礼名の二階建てフレンチトーストだよっ!」


 ぎくっ!


「大盛りで兄妹の愛情を確かめ合おうよ!」


 ぎくぎくっ!

 昨日、大盛りフレンチトーストで岩本の口を封じたの、バレてる?


「お兄ちゃん、学校でやましいことしてないよねっ!」


 ぎくぎくぎくっ!


「あ、当たり前だろ、やましい事なんて何ひとつ……」


 麻美華にせがまれ週に一回、放課後の公園で待ち合わせすることになったなんて、言えるはずもない。


「よかった。礼名、心配だったんだよ。じゃあ、いただきますっ」


 ほっ。よかった。信じてくれた。


「…… あれっ?」


 安心したのも束の間、礼名がフレンチトーストにはしを突き刺し固まっていた。やがて間違いに気が付いたのか慌てたように席を立つ。フォークとナイフを取りにいったのだろう。


「さあ、お兄ちゃん、今日も元気に頑張ろうっ!」


 しかし、礼名の両手にはどちらもナイフが握りしめられていた。

 そんな二刀流、聞いたことないよ……


          * * *


 その日も青空に恵まれて喫茶店は大盛況、お陰で僕らは大忙し。

 テイクアウトだけじゃなく、店内も満席の状態が続いた。こりゃホントにバイト採用が必要になるかも。


「お兄ちゃん、二番さん、モーニングふたつですっ」

「モーニングはどっちだ? サンドイッチ? フレンチトースト?」

「あっ、えっと、ごめんなさい!」

 

 パタパタパタパタ……


 慌てて注文の再確認に行く礼名。

 しっかり者の礼名にしては珍しい失態だ。まあ、忙しすぎるからなあ……


 からんからんからん


「いらっしゃいませ~ あっ、三矢さんっ」


 肉屋の三矢さんはのっしのっしと歩いてくると、ゆっくりカウンターに腰を下ろした。


「はい、どうぞっ」


 礼名はメニューを差し出……


「礼名、何してるんだ!」

「何してるってメニューを……」

「よく見てみろよ!」


 礼名の手には雑誌『女性ヘブン』が握られて。


「あっ、ごめんなさい。えっと女性ヘブンじゃなくって週刊文潮でしたっけ?」

「メニューだよ、メニュー! すいません三矢さん、はい、こちら」

「はははっ、今日の礼名ちゃんは面白いね」


 真っ赤な顔をして去っていく礼名を笑って見送る三矢さん。


「ところで悠也くん、このところムーンバックスの宣伝攻勢は凄いよね」

「ああ、そうですね」

「あれってカフェ・オーキッドを意識してるよね」

「そうですかね? ムーンバックスにとってはうちみたいな弱小喫茶店なんか、きっと眼中にないですよ」

「それがね……」


 三矢さんの話では、昨夜ムーンバックスが閉店したあと、建物から怒鳴り声が聞こえたらしい。目の前のちっぽけな喫茶店の客も奪えないのか! 店長は何してるんだ! って。それは凄い剣幕だったそうだ。奈月店長も大変だな。


「まあ、僕たちは悠也くんを応援してるけどさ」


 うわあっ!


 と。

 テイクアウトカウンターから礼名の叫び声。


 何事かと駆け寄ると、お客さんの足元にコーヒーカップを落としたようだ。


「大丈夫ですか!」


 僕は店を飛び出してお客さんの元に駆け寄る。


「大丈夫ですよ。ほら」

「礼名、おしぼり!」

「ごめんなさい、ごめんなさい」


 幸い、靴が濡れた程度だったし、優しいお客さんだったからよかったけど。

 礼名、どうしちゃったんだろう。やっぱり寝不足なのかな。

 僕もちょっと寝不足だし。明日は四日ぶりの学校だ、今夜は早く寝るように言わなきゃ。


          * * *


 その日、店を閉めるとカレーを食べる。今朝、礼名に出前を取ろうと提案したんだけど、その時には既にカレーを仕込んでいた。高田さんからじゃがいもと人参を安く仕入れたらしい。そう言えば昨日はクリームシチューだったっけ。


「三連休は疲れただろう、今日は早く寝ような」

「そうだね、お兄ちゃん」


 礼名はデジカメで録画したお客さんの映像を再生しながらカレーを食べている。


「なあ礼名、明日は学校から帰って商店街の洋食屋さんで晩ご飯を食べよう」

「えっ、もしかして『洋食屋ドンファン』で?」

「ああ、家族でよく食べに行ったよな。礼名あそこのハンバーグが好きだろう」

「うん、そうしよう。たまにはいいよね。わあ~いっ!」


 嬉しそうに僕を見上げる礼名。


「そうだ、明日はお気に入りの青いワンピを着ていこう!」

「いや、普段着でいいから」

「お兄ちゃんから愛の告白とか、あるかもだしっ!」

「ない!」

「お兄ちゃんからの求婚とか、あるかもだしっ!」

「レベル上げんな!」

「楽しみにしてるからねっ!」

「ともかく、今日は早く寝るんだよ。わかったね」

「はあ~い!」


 その夜、僕らはいつもより早く自室へ入った。


          * * *


 お兄ちゃん、おはよ。お兄ちゃん、おはよ。お兄ちゃん、おはよ。お兄ちゃん、おはよ。お兄ちゃん、おはよ。お兄ちゃん、おはよ……


 朝、よく喋る目覚まし時計を止めると窓の外を見る。

 どんよりと今にも崩れそうな天気。

 今日は四日ぶりの登校日だ、僕は一階に降りる。


 カチャカチャ……


 礼名は朝食を用意していた。


「おはよう、礼名」

「あっ、おはよう……」


 テーブルにはサンドイッチが載った皿。そしてティーポットから紅茶を注ぐ礼名の姿。


「お兄ちゃんごめんなさい、今日はお弁当もサンドイッチなんだ」

「礼名の作ったものは何でも美味しいから全然OKだよ」

「ありがとう、お兄ちゃん……」


 ふたり食卓についてサンドイッチを頬張る。

 けど、何だろう、いつもの味じゃない……


「あれっ、何かな。今日のは美味しくないよね。あれっ」


 理由はすぐに分かった。下地のマーガリンが塗られていないからだ。礼名もすぐに気が付いたようで。


「あっ、お兄ちゃんごめんなさい。美味しくないよね。今、作り直すね!」

「大丈夫だよ、十分美味しいって」

「ごめんなさ……」


 それでも立ち上がる礼名が、ゆっくりと傾いて…… えっ?


 ドサッ!


「礼名どうした、しっかりしろ! れいな! れいなあ~~っ!」


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