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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第五章 ふたりのお店は絶対負けません(そのさん)
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第5章 第7話

 倉成さんは僕の妹……

 午後の授業は上の空、先生の言葉なんか何ひとつ入ってこない。

 代わりに頭の中に彼女の言葉が何度も何度もリフレインする。


「きっと悠くんは、私のお兄さま、だから」


 いや、まだ決まった訳じゃない、だから彼女は一緒に調べたいと言う。

 僕と礼名に血の繋がりがない事は、礼名ですら知らないことだ。事は秘密裏に運ばないといけない。そして、この件は僕だけじゃなく倉成さんにとっても重大な話であって。

 ともかく僕は放課後、彼女と行動を共にすることにした。

 礼名には部活で急用が出来たとウソを言っておいた。

 礼名にだけは絶対知られちゃいけない話だから。


 キンコンカンコ~ン


「……」

「……」


 倉成さんと顔を見合わせると、どちらからともなく席を立った。


「急ぎましょ」


 下駄箱で靴に履き替えると、校門を出る。

 一緒にいたことがバレないように、僕は倉成さんから離れて後ろを歩く。

 大通りを少し行くと、彼女はタクシーに手を上げながら、人目につかない方へ道を曲がった。

 僕も早足でそこへ急ぐ。


 と、その時。

 予期せぬ事態が発生した。


「お~い、お兄ちゃ~ん! どうしたの~?」


 かなり後方から礼名が手を振っていた。

 やばい! 倉成さんはタクシーに乗り込んでいくし。

 どうしよう、ここは気付かないふりしかない。


「お兄ちゃんってば~」


 どんどん声が大きくなってくる。

 僕は駆け出すと倉成さんに続いて後部座席に滑り込む。


「待ってよ、お兄ちゃ~ん! あっ、どこ行くのっ! 礼名も連れて行ってっ! お兄ちゃんっ!」


 最後は全速力で駆け出した礼名だが、タクシーはそのまま発車し、みるみる加速した。


「お兄ちゃんの裏切り者~! 裏切り者はハゲるんだぞ~!」


 叫ぶようなその言葉を最後に礼名の声は聞こえなくなった。これはまずいことになった。家に帰って何と言おう。礼名、半狂乱してるかも……


「見つかっちゃったわね。まあ、私に捕まって仕方なく買い物に付き合わされたって事にしたら? 口裏合わせるわよ」


 表情を変えずにそう語る倉成さん。


「はうっ」


 溜息ひとつ、僕は車のシートに寄りかかる。

 帰ったときのことは、またその時考えよう。今はそこまで頭が回らない。


「ところで今、どこに向かってるの?」

「会社よ、パパの会社。ちょっと遠いわよ」

「ねえ、昼休みの話だけど、僕たちが兄妹ってどうしてそう思うの? 何か証拠とかあるの、仁科って名前は誰に聞いたの? どう言う経緯で……」

「ちょっと待ってよ、ワーキングメモリーが飽和したわ。ひとつずつ話をするから……」


 やがてタクシーが赤信号で止まる。

 運転手に名刺を見せて詳しい行き先を説明した倉成さんは前を向いたまま口を開く。


「何から話をしたらいいかしら。そう、あれは春休みのことだったわ」


 彼女は独白を始める。


「その夜、私は新しいクラスの名簿を見ていたの。パパは仕事人間だけど、私にはとっても優しくて、その日も名簿を一緒に見ていたわ。一年の時に一緒だった綾音とクラスが別になって残念がる私に、突然パパはあなたの名前を口にしたのよ。

 「この、神代くんって知っているのか?」

って。見ると私の名前の上にあなたの名前があったわ。悠くんと私って名前順、ひとつ違いですものね。私、友達じゃないけど、って答えたのだけど、ただ、あなたのご両親が事故で亡くなった事は知っていたから話したの。そしたらパパはあなたのことを色々聞き始めたわ。誰の元に引き取られたのかとか、生活どうしてるんだとか、挙げ句には奨学制度の推薦も出来るなんて言い出してね。少し不思議に思ったのよ。パパの知り合いのご子息なのかって聞いたんだけど、答えは要領を得なかったわ。パパはそれ以上あなたについて何も言わなかったけど。次の土曜日は家にいるから新しいクラスの友達とか連れてきたらいいよって言ったのよ」


「だから登校初日に僕に絡んできたんだね」

「ええそうよ。パパがそんなこをを言うのは初めてだったから。私もあなたに興味を持ったのよ」

「……」

「あの土曜日、パパは悠くんのお店に行ったんじゃないかしら。パパは背が高くてまだ毛もフサフサしているわ、染めてはいるけど」

「うん、来たよ、きみのお父さん」

「やっぱりね。あの日パパは予定より随分遅く帰ってきて、食べ物の好き嫌いを言う弟たちを叱りつけたり、私にバスでの登校を薦めたり、いつものパパとは違ったわ。それから私、色々調べたの。パパの部屋に勝手に忍び込んで昔のアルバムや予定が書かれた手帳を見たりしてね。私の調査では今からパパは、ある人に会いに行くと思うの……」

「ある人って?」


 しかし彼女はフロントガラスに見える車の列を見つめたまま。


「そうそう、先週土曜に持って帰ったコーヒーね、友達のお店で買ったってパパに渡したら、悠也くんのお店か、って呟いたわ。パパはあなたが気になって仕方がないのよ」


 暫し僕は自分で自分に問いかける。

 こんな事をしてどうなるんだ。僕の父は亡くなった。それでいいじゃないか。新しい事実なんかいらないし、知ってどうするんだ。

 けれども僕はこの車から降りようとは思わなかった。

 やがて、ふたりを乗せたタクシーは高層ビルが並ぶオフィス街を走る。


「もうすぐパパの会社よ」


 高層ではないけれど風格がある一際立派なビル。その前に黒いリムジンが駐まっていた。僕らが乗ったタクシーはそこから少し離れて止まる。


「間に合ったわね。あっ、運転手さん、あの車を追いかけて」


 タクシーはゆっくり発車するその黒いリムジンを追いかける。

 ものの十分も走らないうちに、リムジンは近郊の駅で止まった。


「降りなくちゃ」

「まだよ」


 黒いリムジンから見覚えがある紳士が降り立つ。彼は自分が乗ってきたリムジンが去っていくのを確認するとひとりで駅のタクシー乗り場へ並んだ。


「やっぱりね」


 やがて彼がタクシーに乗り込むと、僕たちのタクシーは、またその後を追う。

 無口になったふたりを乗せて、タクシーはどんどん走っていく。


 やがて。

 五十分ほど走っただろうか、紳士が乗ったタクシーは寂しげな山の麓で止まった。


「こんなところで誰に会うって言うんだ?」


 しかし彼女は僕の疑問を無視する。


「運転手さん、ここでいいです」


 少し離れたところで僕たちのタクシーは止まる。


「さあ降りて!」


 二万二千円!

 僕の大切なフィギュアやゲームを全部売り払っても、たった一万八千円だったのに、それよりもずっと高額なタクシー代をさらりと支払う彼女。


「あ、お金は後で割り勘で……」

「そんなこと気にしないでいいのよ。それより早くパパの後をつけましょう。見つからないようにね」


 僕は財布の中に千円札が二枚しかないのを確認すると、倉成さんをありがたく拝んだ。

 彼女のお父さんは周囲を警戒することもなく、山の方へ歩き始めた。僕たちは離れてその後を続く。もう夕暮れ、誰もいない道の先に見えてきたのは墓地だった。


「これは……」

「予想通りだわ」


 倉成さんは先へ行こうとする僕の腕を掴んで引き留める。


「ねえ、昼休みにも聞いたけど、仁科紫織さんって誰なの?」

「ああ、僕を産んでくれた母の名前だ」

「やっぱりそうだったの…… ありがとう」


 それっきり、ふたり無言で墓地を見る。

 色んな考えが脳裏をよぎる。

 胸がドキドキと大きな音を立てているのが分かる。

 しかし、僕の横に立つ倉成さんも両手を握りしめて震えていた。

 そうだ、忘れていた。

 今している事は倉成さんにとっても人生を左右するような重大な事なんだ。


「そろそろ、行こうか」


 震える彼女に小さく声を掛ける。


「はい」


 素直な声でそう応えた彼女。

 ふたりは揃って深呼吸をすると、ゆっくり並んで歩き始めた。

 背広を着た紳士の姿は整然と建ち並ぶお墓の一角にあった。

 足音を忍ばせ、暮れなずむ細い道をふたりで歩いていく。

 やがて、どんどんと彼の背中が大きくなってくる。

 しかし、僕と倉成さんが近づいても、一心に手を合わせる彼は全く気付く様子がなかった。


 やがて。


 墓標の文字が見えた。


  仁科家


「仁科!」


 思わず声が漏れるところだった。

 それは僕を産んですぐに亡くなったと言う母の姓。

 僕の推理は、もう確定的になった。

 僕の実の母はこの墓に眠る仁科紫織さん、そして僕の実の父は……

 墓標にひざまずき、長いこと手を合わせていた彼は、やがてゆっくりと頭を上げる。

 それを見て、一歩前に出た倉成さん。


「パパ」

「!!」


 その声に体をビクリとさせた彼は、ぎこちなく僕らを振り返った。


「麻美華! それに君は!」

「パパ、ごめんなさい……」

「……」


 陽も沈まん寂しげな墓地に小さな溜息がひとつ聞こえて。

 やがて。


「これはもう、言い逃れは不可能、だな」


 彼はそう呟くと、僕の前に跪いた。


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