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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第五章 ふたりのお店は絶対負けません(そのさん)
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第5章 第6話

「さあ、楽しいお弁当タイムよ。一緒に行きましょう!」


 月曜日、午前の授業が終わってすぐのことだった。

 倉成さんが僕の弁当箱を奪い取り、そのまま教室を飛び出した。

 慌てて追いかける僕、しかし彼女は屋上への階段を駆け登る。


「ちょっと待ってよ」

「待て、と言われて待つのは悪の怪人と忠犬だけだわ。わんっ」


 彼女はそのまま階段を登り切り、屋上のドアを開ける。


「倉成さんっていつも強引だよね、どうして屋上なのさ」

「だってここだと誰もいないでしょ」


 見上げると空は青く、心地よい春風がそよいでいた。

 彼女は手際よくレジャーシートを敷くと、その上にふたりの弁当を広げる。僕は諦めてそこに座った。彼女の華麗な長い金髪から甘くいい匂いが微かに香る。


「今日の悠くんは朝から凄く機嫌がよかったわね。何かいいことがあったのかしら」

「ああ、昨日は凄くお店が繁盛したんだ。まだ一日だけ、だけどね」

「ふうん、それはよかったわ」


 いつもの上から目線を炸裂させる倉成さん。


「土曜日のプリンパフェは本当に美味しかったわ。それから持って帰ったアイスコーヒー、パパが大喜びしていたわよ」

「テイクアウトしたコーヒーをお父さんに……」

「そうよ、パパよ、倉成壮一郎くらなそういちろうよ。パパは美味しそうに飲んでいたわ」


 そう言えば礼名が麻美華先輩は絶対甘党だからって、何かの恨みを晴らすかのように練乳をドブドブぶち込んでいたけど、あの激甘コーヒーがお父さんに……


「何でも、東南アジアでよく口にする味だって言ってたわ」

「……」

「仕事で疲れたときにはこれだなって」

「……」

「涙が出るほど美味しいって泣いてたわ」


 それって、激マズの裏返しじゃなかろうか。凄く心配だ。


「そんなことよりお弁当を戴きましょう」


 僕たちは各々の弁当箱を開けて手を合わせる。

 倉成さんはいつものようにサンドイッチだ。


「ねえ、これ一口食べてよ、今日のサンドイッチはこのわたくしが作ったのよ」

「へえ~、倉成さん、料理できるんだ」

「いえ、出来ないけど負けてなんかいられないのよ」


 そう言いながら、フライみたいなのが挟まれたサンドイッチを僕に差し出してくる。


「えっとさ、あの……」

「この私の手作りを断るとか、レディに恥をかかせるってことはないわよね」


 上から目線で僕を見下ろし言い放つ倉成さん。

 仕方なくそのサンドイッチに思いっきりかぶりつく……


 がぎっ!


「ぐだがぎだあんっ…… ごでっで……」

「どうしたの? 悠くん、美味しくなかったかしら」


 フライドチキンが骨まで丸ごと挟んであった。


「があ…… あのさ。骨が丸ごとサンドイッチに入ってるんだけど」

「あら、いいじゃないの。おとこなら豪快に骨も丸ごと美味しいって噛み砕くわよね」

「いや、ワニじゃないんだから」

「じゃあ、ティラノザウルスってことで」

「恐竜を復活させないでよ」


 僕は骨を残しながら、慎重に肉とパンを食べる。


「ところで今日はこの『骨まで丸ごとチャレンジサンド』を僕に食べさせるために屋上へ連れてきたの?」

「それは違うわ」

「じゃあ、どうして?」


 倉成さんは珍しく躊躇ためらいながら。


「あの、怒ったりしないで欲しいのだけど……」

「うん、怒るんならとっくに怒ってるよ」

「その、悠くんって……」


 また僕の童貞をなじられるのだろうか、思わず身構えてしまう。

 しかし彼女は意を決したように真っ直ぐ僕に向いて。


「悠くんって礼っちと全然似ていないわよね」

「えっ……」


 よく言われることだ、僕と礼名は兄妹だけど全然似ていない。

 それは当然のことだ、だって本当は血なんて繋がっていないのだから。

 だけどどうして突然そんなことを。


「似てない、わよね」


 勿論、本当のことを言えるはずもなく。


「うん、よく言われるんだけど、どうしてだろうね、本当の兄妹なのにさ」

「本当に兄妹、なのかしら」

「えっ……」


 倉成さんはずっと僕を真っ直ぐに見つめながら。

 その切れ長の瞳は上から目線ではなく、笑ってもいなかった。


「ほ、本当に兄妹に決まってるだろ、な、何言ってるんだよ」


 自分でも声がうわずっているのが分かってしまう。


「悠くんは仁科紫織にしなしおりさんって知っているかしら?」

「!!」

「すっごく動揺しているようだけど」

「あ、だっ、誰だろうね、ははっ……」

「本当のことを教えて欲しいの」

「本当だよ! これ以上はさすがの僕でも怒るよ!」

「お願い、怒らないで。ねえ悠くん、私を信じて教えて欲しいの!」


 終始、真っ直ぐに僕を見つめる彼女の碧い瞳。

 僕は暫く考えを巡らせる。

 彼女の口から出た仁科紫織という名前。

 どうして僕の実の母の名を。いったいどこでその名を……


「……どうして、そんなことを聞くのさ」

「今日の放課後、私に付き合って欲しからよ」

「えっ?」

「お願い、一緒に調べたいことがあるの」

「そんなの無理だよ、今、喫茶店が大変な状況なんだ、準備があって絶対に無理だ」

「お願いよ、今日でないとダメなのよ。大切なことなのよ!」

「大切って何だよ、全然分からないよ! 倉成さんはどうしていつも僕を振り回すんだよ! どうして僕なんだよ!」


 語気を強める僕に、急に視線を彷徨わせ始めた彼女。


「それは……」


 暫くの沈黙のあと。

 しかし、彼女の次の一言は、僕の思考を一瞬で破壊クラッシュした。


「きっと悠くんは、私のお兄さま、だから」


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