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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第五章 ふたりのお店は絶対負けません(そのさん)
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第5章 第5話

 倉成さんが帰っても礼名は不機嫌だった。


「女性のお客さまにはマスター自ら接客された方がいいみたいですねっ。マスターすっごくモテますからねっ!」


 隣で洗い物をしながら、僕に非難めいた視線を投げ続ける。


「礼名、三番テーブルお願い」


 コーヒーを淹れながら、そんな礼名に声を掛ける。

 礼名は慌てて手を拭くと、お客さんの元へ向かった。


「追加オーダーです。ブレンドひとつ!」

「あのっ」


 ちょうどその時、テイクアウトカウンターから女性客の声がした。


「いらっしゃいませっ!」


 満面の笑みと共にテイクアウトカウンターへ駆ける礼名。そこにいたのはふたり組の若い女性。


「ありがとうございますっ、また来て戴いたんですねっ!」

「……え、ええ」

「もしかして、今日はこの先にある『あにめのあな』でお買い物ですか?」

「あらっ、どうして分かるの?」

「今日、イベントホールは進学フェアですから、アニメショップの方かなって」

「なるほどね。あ、わたしはアイスコーヒーね」


 背の高い栗毛の女性のオーダーだ。


「シロップはおひとつにクリーム多めで宜しいですか?」

「うん」

「わたしはホットね」


 次は赤いベレー帽を被った女性の注文だ。


「ミルクだけを少しお入れするんでしたよね」

「ええ、それでお願い……」

「ねえ、あなたもしかして先々週わたしがした味付け、覚えてるの?」

「はいっ、勿論ですっ。おふたりは大切なお客さまですからっ」


 驚くふたりに微笑みかける礼名。

 やがて。


「先週はごめんなさいね、ムーンバックスに行っちゃって」

「いえいえ、実はわたしも行ったんですよ、ムーンバックス。スコーンとか美味しかったし、抹茶ラテにハチミツ入れるのお勧めですよっ」

「あはっ、そうなの。じゃあ今度試してみるわ」

「はいっ!」

「だけど、コーヒーなら断然こっちね」

「ありがとうございますっ!」


 商品を受け取ると笑顔で手を振り去っていくふたり。

 礼名も嬉しそうに頭を下げている。


「礼名、よかったな」

「うん!」


 礼名の笑顔が弾けた。


「いらっしゃいませっ」


 またお客さんだ。

 サラリーマン風の中年男性、彼も以前来てくれた。


「アイスコーヒー頂戴」

「はいっ、今日もブラックで宜しいですか?」

「今日もって、前のこと覚えていてくれてるの?」

「はいっ」


 破顔する礼名に、その男性も少し嬉しそう。


「礼名、もしかしてお客さんの味付けを全部覚えているのか?」

「えへへっ」


 僕を振り返り彼女は笑う。


「そうだよ。言ったでしょ、ムーンバックスには絶対出来ないサービスをするってさ」


 それからは機嫌を直してくれた礼名だけど。

 その日も売り上げは全く伸びなかった。


          * * *


「大丈夫だよっ、きっと全て上手くいくよ、礼名の直感は当たるんだよ!」


 その夜。

 スパゲティを頬張りながら、僕の沈みがちな気持ちを励ますように、礼名が陽気に言い放つ。

 それでも僕は心配顔で。


「テイクアウトを始めたからこの数字で済んでいるけど、店内だけだと今までのたった三分の一なんだよ」


 ムーンバックスがオープンしてから売り上げは元の7割にまで落ちていた。しかし、それはテイクアウトを始めたからで、店内だけの売り上げは三分の一にまで減少している。ハッキリ言って危険水域を超えている。


「お兄ちゃん、誰が何と言おうと桂小路に行く道はないからね!」


 僕の考えを見通したかのように彼女はピシャリと言い放つ。


「実はね、お兄ちゃん……」


 暫くの逡巡の後。


「葬儀の後、わたし、桂小路の祖父とふたりきりで話をしたじゃない。あの時あの人は、「礼名に婿むこを」って言ったんだよ。婿だよ婿、わかるよねっ。お兄ちゃんがいるのにどうして? って言ったんだけど、あの人は桂小路は女系だとかヘンなこと言うんだ」

「……」

「だから、あの家に行ったらいけないんだよ。わたしより、お兄ちゃんが酷い目に遭う気がするんだ」

「知ってるよ」

「だったら、絶対桂小路の事を考えちゃダメだよ」

「でもな礼名、そんなことならとっくに覚悟しているよ。僕は礼名が幸せになったらそれで……」


「お兄ちゃんは何にも分かってないっ! 礼名の気持ち分かってないっ!」

「……」


 高ぶった感情を抑えるかのように一旦俯いた礼名は、やがて笑顔を作って柔らかい声を紡ぐ。


「婿取りなんてあり得ないよ。だって、わたしはお兄ちゃんのお嫁さんになるんだから」


          * * *


 翌日は日曜日。

 抜けるような青空が広がった気持ちのよい春の日。


 その日、カフェ・オーキッドに大異変が発生した。


「マスター、アイス追加、どんどん追加! もっと激しく追加!」

「分かってるって!」


 午前中からテイクアウトのお客さんが増え始め、ついには行列が出来た。


「大変お待たせいたしました。ご注文は、アイスコーヒーおふたつですねっ」


 何が起きたかはお客さんの話ですぐに分かった。


「『あにめのあな』の伝言板で見たよ。コーヒー美味しいし、店員さんも可愛いって。ホントすっごく可愛いねっ!」


「巨大掲示板『虹チャンネル』に書いてあったんです。一回買ったお客さんのことを全部覚えてる凄い店員さんがいるって」


 どうやら誰かが、ネットや色んなところで宣伝してくれたらしい。

 それにしても……

 もうすぐ三時だが、今日はまだ食事も取れていなかった。さすがの礼名もお疲れモードだ。


 からんからんからん


「あっ、高田さん、いらっしゃいませ」

「凄い事になってるね。こりゃ今日は礼名ちゃんに構って貰えないな」

「あははっ……」

「悠也くん、チョコパねっ! 連チャン出しまくりで今日は勝ち逃げだよっ!」

「あっ、いらっしゃいませっ、太田さん! 細谷さんは?」

「ああ、細やんは絶不調よ、出ない出ないお化けに取り憑かれてるわ」

「あははっ……」


 僕もすっごく腹ぺこだけど、充実していてとっても楽しい。きっと礼名も同じ気持ちに違いない。


 そんな嬉しい悲鳴を一日中上げ続けて。


「ありがとうございましたっ!」


 その日最後のお客さんを見送ると、僕も礼名もテーブル席にへたり込んだ。


「は、はは、ははははっ!」

「えへへへへっ!」

「凄いよ礼名、売り上げ八倍だよ! 全部礼名のお陰だよ!」

「違うよ、お兄ちゃんのコーヒーが美味しいからだよっ!」


 互いに顔を見合わせ暫く笑い合って。


「礼名、疲れたな。今日はコンビニ弁当にしようか」

「ダメだよ、油断大敵だよっ! 今日は鍋焼きうどんだよ」


 立ち上がり、パタパタと台所に向かう礼名。

 インターネットの宣伝効果はいつまでも続く訳ではないだろうけど、僕らの店の認知度がグッとあがったのは間違いない。そうなれば店も軌道に乗ってくれるかも。ムーンバックスとの競争を乗り越えられるかも。もうすぐ始まるゴールデンウィークもこの好調が続いてくれれば、きっとカフェ・オーキッドは大丈夫だ。


 その夜ベットに横たわった僕は、心地よい疲労感にあっと言う間に眠りに落ちた。


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