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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第五章 ふたりのお店は絶対負けません(そのさん)
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第5章 第2話

「これがムーンバックス!!」


 放課後、急いで帰宅した礼名と僕はすぐに服を着替えて、その新しい店の前に立った。


「すご~い! 明るい! 広い! 天井高い! レジに行列が出来てる!」


 礼名が素直に感嘆の声を上げる。

 新築ビルの一階フロアを贅沢に使った広いスペース。通りに面した全体がガラス張りになっていて、中の様子もよく見える。僕たちは自動ドアに迎え入れられ店に入る。


「いらっしゃいませ」


 ふたり掛けテーブルだけでも三十卓はありそうだ。大きな円卓や窓際に長いひとり席のカウンターもあって、席数はうちの五倍くらいか。カフェ・オーキッドは四人掛けのテーブルが主力で、満席と言っても椅子がたくさん遊んでいる事が多い。しかしここはアレンジしやすいふたり掛けテーブルを上手に配置し、ひとり掛けの席もたくさんあって、実際の収容人数は多分それ以上だ。


「お店がとっても綺麗ね、明るくて垢抜けていて、店員さんのユニフォームも可愛い!」


 もっとしんらつな言葉を投げてくるかと思っていたが、礼名は僕の印象と同じ好印象を口にする。


「お兄ちゃん、ともかく何か注文しようよ」

「そうだね」


 五,六組が待つ行列に並ぶと、おろしたての白いシャツに緑のエプロンをつけた店員さんがメニューを持って来る。


「どうぞご覧下さい」


 注文の際に時間が掛からないようあらかじめメニューを渡された。

 

「ねえ、ケーキとかマフィンとか、すごく美味しそうだね」

「礼名、何だか嬉しそうじゃないか?」

「例えライバルでも善し悪しは正しく認識しないとね。戦略を誤るでしょ」


 正論だが、単に楽しんでいるだけにも思えてきた。

 オーダーを心に決めると、僕はもう一度店内を見回す。


 壁にはコーヒー園を描いたらしい抽象的な絵画が描かれ、レジ前の黒板には白や赤のチョークを使っておすすめメニューが記されている。僕好みの軽快なボッサが流れて、なかなか快適な空間だ。


 やがて。

 すぐに僕らのオーダーの番が来る。


「えっと、ホットコーヒーと抹茶ラテ、それからブルーベリーのスコーンにチーズケーキ」


 僕の注文に愛想がいい二十歳くらいの女性店員が対応する。


「本日コーヒーは、この二種類がございまして、こちらがよりスパイシーな……」

「お飲み物のサイズはこのみっつからお選び戴けますが……」

「スコーンは暖めましょうか……」


 質問に全て答えて支払いを済ます。


「本日中でしたらこのレシートでコーヒーが百円になります」


 全国のチェーン店対象の、ありがたいクーポン付きレシートも受け取って。

 そして待つこと約一分。


「お待たせいたしました」


 トレイに載せた飲み物とケーキが現れる。


「席、いっぱいだな」

「お兄ちゃん、あそこが空いたよ」


 サラリーマン風の男性が去った後のふたり掛けテーブルにトレイを載せる。


「お客さんいっぱいだな」

「その上、回転も早そうだねっ」


 席に座ってコーヒーをひとくち啜る。


「こちら新商品の和栗抹茶カフェモカです。宜しければどうぞ」


「あ、どうも……」


 新作メニューの試飲カップがお客さん全員に配られていた。

 礼名もそれを受け取ると嬉しそうに口をつける。


「わあっ、甘くて栗と抹茶とチョコが混ぜ合わさった面白い味がするよっ」


 敵情視察に来たはずなのに、礼名は完全に楽しんでいるようで。


「あそこに色んなシロップとかが置いてある。行ってくるねっ」


 礼名はカップを持って商品受け取り口の方へ向かい、暫くすると戻ってきて。


「ハチミツあったらから入れてみた。抹茶ラテがすんごく甘くなったよ」

「礼名、甘いの好きだな」

「ふへへっ。でも抹茶にハチミツ、合うと思うよ」


 そう言えば礼名と飲食店でふたりっきりなんて、もしかしたら初めてかも……


「いいお店だよね、わたしも頑張らなくっちゃ」

「うん、僕も頑張るよ」

「でもさ、お兄ちゃん……」


 礼名はチラリと上目使いに僕を見る。


「まるでデートしてるみたいだねっ。てへへっ」

「敵情視察だよ!」


 しかし僕の返事はどこ吹く風、礼名はスコーンを頬張りながら。


「うん、これ美味しいよ。お兄ちゃんもどうぞ、はい、あ~んっ!」

「よせよ」

「あ~んっ!」

「……」

「あ~んっ!!」

「………………」

「あ~~んっ!!!」

「……(しぶしぶ)」

「わきゃっ、お兄ちゃんが食べてくれた~っ!」

「んぐんぐ…… うん、美味しいね」

「もっとあるよ、お兄ちゃんっ!」

「お熱いですね、おふたりさん!」


「「あっ、月守さんっ」」


 僕と礼名の声が見事にハモる。

 僕らの横に歩み寄ってきたのはスーツ姿の月守さん。そしてその横には白いシャツに緑のエプロン、ムーンバックスの制服を着た長身の女性が立っていた。碧い髪をポニテにまとめ、赤い眼鏡が『いかにもデキますよ』って感じのアラサーお姉さまだ。


「これはこれは、いらっしゃいませ。別に恋人の振りをして敵情視察なんかしなくても堂々とお楽しみ下さいよ。あなたがたのお店なんか脅威とも何とも思っちゃいませんから、演技なんかいりませんよ、どうぞごゆっくり」

「これは演技じゃないんです。本当に楽しませて貰ってます」


 礼名が事務的な笑顔で応える。


「ふふっ、強がりだけは一級品ですねえ。そうそう、紹介しておきますよ。彼女がこの店の店長の奈月理美なつきさとみです」

「始めまして、奈月なつきです。これからも当店をご贔屓に」

「あっ」


 礼名が小さく声を上げる。


「あのう、奈月さんはこの前の日曜日、茶色の帽子とサングラスを掛けて当店のテイクアウトをご利用戴きましたよね。アイスコーヒーにミルクをひとつだけをお入れになって……」

「えっ!」


 ヅラが外れた女装男子を見るような、驚きの目をする奈月さん。


「よ、よく覚えておいでですね。あのコーヒー、とても美味しかったですよ。でも当店も負けていませんので」


 彼女は丁寧に頭を下げる。


「こちらこそ、是非またお越し下さい」


 立ち上がり、同じく丁寧に頭を下げる礼名。

 そしてふたりが頭を上げると同時に視線が交わり火花が散った。


「では、ごゆっくり」


 月守さんが目配せすると、ふたりはきびすを返して去っていく。


「せっかくお兄ちゃんとラブラブないい雰囲気だったのに! 完全にぶち壊しだよっ! 顧客サービス全然なってないよねっ!」


 去っていくふたりを見て腹立たしげに言い捨てた礼名は、やがてゆっくり腰掛ける。


「でも、ムーンバックスって雰囲気あるよね。じゃあ続きをしようよ、今度は礼名の番だよっ!」


 僕のチーズケーキをチラリと見ると、何かを期待するかのように、あ~ん、とか言いながらその瑞々しい唇を開く礼名だった。


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