第5章 第1話
第五章 ふたりのお店は絶対負けません(そのさん)
桜もほとんど散ってしまった。
今日は週末の金曜日、宿敵ムーンバックスの開店日だ。
ガラガラッ
昼休み、教室に礼名が現れた。
「今日はすぐ帰るからねっ。ムーンバックスを偵察するからねっ。忘れないでね、お兄ちゃん!」
言いたいことを一方的に言うと、にっこり微笑んで去っていく。
「神代も大変だな」
目の前で弁当を広げていた岩本が僕を気遣う。
最近、倉成さんは女友達と食事をすることが多くなり、今日は岩本と昼食を取っていた。そして、僕が岩本と一緒にいると礼名も機嫌がいい。
「だけどさ、いつ見てもお前の妹、可愛いよな」
「そうかな、ありがとう」
「あんなに可愛い妹と毎晩ラブラブでズキュンしてるんだって?」
「誰がそんな勝手なウワサ流してるんだ!」
「本人だよ、妹さん本人から聞いたよ、ただいま絶賛熱愛中だって」
「礼名のヤツ!」
ブラコンを吹聴しまくるにもほどがある。
「しかしさ、ホントに神代はモテるよな。羨ましいよ」
岩本はちらりと倉成さんを見る。
礼名のブラコン同様、僕と倉成さんの仲も学校の噂になっていた。まあ、彼女は校内一の有名人だから話題になるのは当然だけど。
その倉成さん、最近隣に座っていて気付いた事がある。
いつも上から目線の彼女だけど、意外と優しいところもあるのだ。
先日も英語の教科書を忘れたと言うクラスメイトに、自分の教科書を貸してあげていた。
「貸してあげても宜しくてよ。ちゃんと今日の予習もして訳も書き込んであるから、ありがたくお使いなさい」
そう格好いいことを言いながら、いざ英語の授業になったら、
「ねえ悠くん、教科書を見せてちょうだい。あなたには拒否権も黙秘権もないわ」
とか言いながら席を並べてきた。同じクラスの友人に自分の教科書を貸したらこうなることは必然なわけで。
「それなら、どうして教科書貸したのさ?」
「だってあの子、この前も教科書忘れて、その上に問題にも答えられなくて、先生に凄く怒られていたじゃない」
助けて当然と語った彼女
そんな彼女のこと思い出していると。
「ねえ悠くん、ムーンバックスを偵察するって、何のことなの?」
礼名の話を聞いていたらしい倉成さんが声を掛けてきた。
「ああ、それはね……」
僕は彼女にカフェ・オーキッドの苦境を説明した。
店のすぐ前にムーンバックスがオープンすること、そしてそれは僕たち兄妹の死活問題になること、だから僕たちは対抗策を実施したけど悪戦苦闘中であること……
彼女は真剣な面持ちで話を聞いてくれて。
「と言うことは、ムーンバックスとの顧客争奪戦に勝たないと野垂れ死ぬ訳ね」
「まあ、そう言うことだね」
「それなら相手にない商品、そう、例えば満漢全席とかフランス料理フルコースをメニューに加えたらどうかしら?」
いいアイディア思いついた、ってなドヤ顔で僕を見る倉成さん。
「一体誰が調理するんだい? それに、そんな高級食材をどこで仕入れるんだよ」
「じゃあお寿司なら?」
「一緒だよ、どこに寿司職人がいるんだよ!」
「出前を取って出せばいいわ」
「時間も金も掛かるからボツだ!」
「発想を切り替えて、敵店舗にバズーカ砲をぶち込むとか」
「どこから仕入れるのさ、バズーカなんて」
あきれ顔の僕の耳元に、彼女はその綺麗なピンクの唇を寄せてくる。
「あら、悠くんのは小口径の単発銃なのかしら」
「何の話だよ!」
「じゃあ、やっぱり高速連射バズーカ砲なのね」
ぽっ!
「分かりやすく赤面しないでよ! ともかくライバル店といえども危害を加えるのは犯罪だよ!」
「じゃあ合法的にムーンバックスを買収するとか」
僕の耳元から顔を離して、今度は冷静なすまし顔に変化する。
「そんな金があったらこんな苦労してないだろ」
「じゃあ、やっぱり悠くんは、抵抗せずに野垂れ死ぬ気なの?」
「簡単に殺さないでよ」
「それなら、どうするのよ」
「だから喫茶メニューで勝負をするんだよ」
「ふう~ん。呆れるほど正攻法なのね」
いつもの上から目線で僕を見下ろしながらも、彼女は何かを考えているようだった。




