第4章 第8話
日曜日も快晴、それなのに。
テイクアウトのお客さんは一向に増えなかった。
「いいじゃないか、全体の売り上げは増えてるんだし」
そんな僕の慰めにも礼名は厳しい表情を崩さない。
「ダメだよ、ムーンバックスがオープンしたら一見客はごっそり持って行かれちゃうよ。その前にもっともっと売り上げ伸ばしておかなきゃ」
確かにその通りなのだ。
ムーンバックスのオープン前にしっかり足元を固めないといけないのだ。
「あの……」
「いらっしゃいませっ!」
サンドイッチを作っていた礼名がテイクアウトのカウンターへ飛んでいく。
「すいません、イベントホールにはどう行けばいいでしょうか?」
「はい、イベントホールはこの道をまっすぐ行って、みっつめの信号を……」
店の中はいつも通り賑やかだけど、テイクアウトは今ひとつ。
「ありがとう」
「お気をつけて、いってらっしゃいませっ!」
それでも礼名はひたすら笑顔で頑張っている。
「あっ、昨日はありがとうございましたっ。また来て戴いたんですねっ」
続けざまに来たお客さんは若いふたり組の女性。
昨日、初めて来てくれたお客さんだ。
「どうでしたか? お目当ての作家さんの本は手に入りましたか?」
「ええ、お陰で昨日はいい買い物できたわ」
「赤子のバスケ二次創作もいいのがありました?」
「そうなのよ、ねえ、聞いてくれる? わたしが好きな緑屋と青山がムフフなのがあってねっ、それがストーリーも絵柄も凄く好みで、一晩で何回読んだか…………」
赤面しながら嬉しそうに語り始めるお客さん。そんなに恥ずかしい本なのだろうか。
礼名も商品を勧めるわけでもなく、延々その話に付き合っている。
僕は礼名が作りかけたサンドイッチの続きを作る。
礼名は笑顔でお客さんの話を聞いて、相槌を打って、突っ込んで。
やがて。
「ありがとうございましたっ!」
女三人寄ればかしましいとはよく言ったもので、ふたりの女性は十分以上喋り倒し、コーヒーを片手に去っていった。機嫌よさげにニコニコしながら戻ってくる礼名。
「あっ、サンドイッチ作ってくれたんだ。お兄ちゃんありがとう」
「嬉しそうだな」
「えへっ、ちょっと長話しすぎたけど常連さんになってくれるかもだしねっ」
ぱああっ!
会心の笑顔を見せる。
「あのう……」
ナビ代わりに使われる率も異常に高いのだが。
「はい、『あにめのあな』はこの道をまっすぐ行ったら右手にありますよっ」
礼名は最高の笑顔で応対している。
「お気をつけて行ってらっしゃいっ」
そうして丁寧に頭を下げる。
と。
「道案内は凄くお上手ですね、でもそれじゃ収益は上がりませんよ」
「あっ、月守さん!」
テイクアウトカウンターに立っていたのはムーンバックスの地域ジェネラルマネージャー、月守さんだった。
「いらっしゃいませ! ご覧の通りわたし達もテイクアウトを始めたんです。月守さんも一杯いかがですか?」
ふんっ、と鼻を鳴らし僕たちを見下す月守さん。
「じゃあホットを一杯、砂糖たっぷりにホイップを浮かせてくれるかな」
「ありがとうございます」
商品の準備を始める礼名に彼は冷たく言い放つ。
「メニューはたったこれだけですか? ふっ、ムーンバックスもペロペロ舐められたものですね。これじゃ相手にもならないでしょうね」
「ぐぬぬぬ……」
「そうそう、お兄さん。連絡くれなかったけど、いいのかな?」
「はい、残念ですがお誘いはきっぱりとお断りします」
僕はテイクアウトカウンターへ近寄り、慇懃に頭を下げる。
「あ~あ、せっかく最高の待遇を用意したのにね。仕方がない。お店潰れても知りませんよ」
「心配はご無用です。そっちこそ立地選びに失敗したって、後で泣かないで下さい」
月守さんは激甘のコーヒーカップを手に持つと、貶むように僕を見る。
「弱い犬ほどよく吠えるってね。あ、言い忘れたけど次の金曜にオープンしますからね。まあ遊びにいらっしゃい、歓迎するから」
そう言い残すと彼は手をヒラヒラと振って工事中の建物へ消えていった。
「お兄ちゃん……」
「ああ、大丈夫だよ礼名。ムーンバックスなんかに絶対負けないって」
* * *
「今日もお疲れさん」
一日が終わり、僕は看板を仕舞う。
礼名は伝票をまとめている。
「なかなかお客さん増えないね、お兄ちゃん……」
「でも、トラブルもなくテイクアウトがスタートできたんだし、上出来じゃないか」
「確かに、そうだけどね」
窓の上に取り付けてある、倉成さんから借りたデジカメを取り外す礼名。
「わたし、もっと頑張るよ」
「僕も売れるメニューを考えないとね」
このままじゃ負ける。厳しい戦いの予感に焦りを感じる。
「ともかくご飯食べて元気出そうよ! 今日は何と、鶏むね肉のステーキだよっ」
僕に明るい笑顔を振りまく礼名。
だけど、流石の礼名も疲れたのだろう。
その日食事が済むと、いつもより早く自分の部屋に入っていった。
「礼名にばかり負担かけてるよな」
僕も自分の部屋に入ると独りごちる。
そして、漠然と宙を見つめる。
「これを機に戻っておいで、君たちがこの家の跡継ぎなのだから」
三ヶ月前の桂小路の言葉を思い出す。
だけど、あれは礼名だけに向けられた言葉のような気がする。
礼名は母にそっくりだ。見た目も、その内に秘めた強い意志も。
佳織おばさんの話では、母は桂小路が強引に決めた縁談を蹴るために、最難関大をあっさりと辞めて、二十歳で父と駆け落ちしたらしい。後に引き取ったこの僕を本当の子だと真っ赤な嘘までついて。
「あなたの本当のお母さんの名前は仁科紫織さんって言うの。残念だけどあなたを産んですぐにお亡くなりになったわ。お父さんの名前は私も知らない。けれども駆け落ちした時のお母さんのお芝居もあって、桂小路のおじいさんは悠也くんを本当の孫だと思っているはずだなんだけど……」
いつも穏やかで優しかった面影からは想像も出来ないけれど、そこまでして自分の想いを貫いた母。
今の礼名は母と同じだ、何としてでも桂小路家から逃れようとしている。
だけど、その選択は本当に礼名のためなのだろうか……
冷静に考えると、桂小路に戻るのも彼女の選択肢のひとつなのだ。きっと礼名は桂小路家に大切に迎えられると思う。
「はうっ」
溜息ひとつ、僕は頭をぶんぶんと横に振る。
ともかく、今は頑張らなきゃ。
僕は礼名と約束したんだ。
礼名は僕を信じているんだ。
ムーンバックスなんかに負ける訳にはいかないんだ。
第四章 ふたりのお店は絶対負けません(そのに) 完
第四章 あとがき
皆さん、ご愛読本当にありがとうございます。桜ノ宮綾音です。
個性強いヒロイン達の中で、良くも悪くも目立たないあたしですが、これでも結構ハメを外しているつもりなんですよ。これからもメインヒロイン目指して頑張りますので応援よろしくお願いしますねっ。
ところでこの物語の作者は時々スター●ックスにノートパソコンを持ち込み本作を書いてるんです。その店舗の店員さんは注文時、気さくに今日の天気とか季節の話とかをしてくれて、セルフのお店なのにサービスとっても頑張ってます。と言うわけで、この話にはムーンバックスという架空の店舗が敵役で出てきますけど、作者は何の恨みもないようです。と言うか、好きみたい。
ところで、最近お店屋さんってチェーン店が多くなって個人のお店って少なくなったって思いません? 味が安定していて安心して入れる、ってのもあるんでしょうけど、なんか寂しいと思うのはあたしだけかな?
さて、物語の方はやっとライバルのムーンバックスがオープンします。昼寝をする亀のようにのろのろと進行中ですが、ムーンバックスとの勝負に忙しいカフェ・オーキッドに「あの人」がやってくるそうで…… って、あの人って誰なんですか作者さん! あたしの出番減らさないでくださいよねっ! 麻美華ばっかりエコ贔屓はダメですよ!
そういう訳で次章も是非ご愛読お願いします。
ファンレターも待ってますねっ。
桜ノ宮綾音でした。




