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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第四章 ふたりのお店は絶対負けません(そのに)
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第4章 第4話

 大理石の立派な門に『桜ノ宮』と彫られた格調高い表札。


 桜ノ宮さんの家は学校前の停留所からバスに揺られて二十分、更に歩いて五分の高級住宅街にあった。

 入り口でインターホンを鳴らすと、思いがけず返ってきたのは桜ノ宮さんの声だった。


「神代くんね、ちょっと待っててね」


 殆ど待つこともなく、屋敷の方から桜ノ宮さんがパタパタと駆けてくる。


「どうぞ入ってね」

「あ、ありがとう」

「神代くん、うちに来るの初めてよね」

「そうだね。あ、それより礼名がお世話になっちゃって」

「お世話だなんて。さあ、こっちよ」


 門を抜けると春の花咲く小道を歩く。三階建ての近代的な屋敷の玄関を開けるとフワフワのスリッパを僕に差し出してくれる桜ノ宮さん。

 大きく立派なお屋敷だし学校へは送迎付きで来ている彼女なのに、お手伝いさんとか執事とかでっかい番犬とかが出てこないのが返って意外だ。


「神代くん、ここでちょっと待っててくれる? 今、礼名ちゃんを呼んでくるから」


 彼女は僕を応接らしい部屋に案内し、黒いソファーを勧める。


「あ、どうも」


 そのソファはしっかりとした作りで、あまりフワフワでもなくとても座り心地がいいものだった。目の前のテーブルにはクッキーが載ったお皿がひとつ。


「そのクッキー食べて待っててね。お口に合うといいけれど」


 そう言い残し、彼女は部屋を出て行った。

 ひとりになった僕はキョロキョロと周りを見回す。


 十二畳くらいの洋間だ。大きなテレビの横には繊細な陶器の人形やたくさんのトロフィーが飾られた棚がある。棚の反対側、大きな窓の外には綺麗に手入れされた草花が目を楽しませてくれる。応接の部屋らしく、そんなに物は多くない。

 テーブルの上には彼女が勧めてくれたシンプルな丸いクッキーが六つ、欧州製の高級白磁に盛られている。


 しかし礼名はいったい何をしているんだろう。放課後になってあまり間をおかずに、しかもお迎えの車で移動したはずだからもう二時間はここにいるはずだ。そもそも桜ノ宮さんとどんな経緯でこうなったのか、僕には全く知らされていない。

 学校で礼名は女生徒達に取り囲まれて何を言われていたのだろう。何を虐められていたのだろう。そう言えば今朝も礼名の涙を見たんだった。気丈な礼名があんな姿を見せるなんてきっと余程のことがあったのだ。


 しかし、遅いな。

 ハッキリ言ってヒマだ。手持ち無沙汰だ。


「うん、これ美味しい!」


 って、思わず声が出た。

 気が付いたら目の前のクッキーを口の中に放り込んでいた。しかしこんな美味しいクッキーには滅多にお目にかかれないぞ。バターがたっぷり入っているのがその香りからも分かる。お店で出したら喜ばれそうだ。もう一個食べちゃえ。そうだ、あとでクッキーの銘柄も教えて貰おう。


 カチャ!


「お待たせ」


 ドアが開くと桜ノ宮さんが笑顔で入ってくる。

 そしてその後ろからうつむき加減に付いてくる黒髪の女の子。


「お兄ちゃん……」


 紺の地に白リボン、南峰のセーラー服を完璧に着こなした礼名が、後ろに手を組んで上目使いに僕を見る。


「神代くん、どう? 礼名ちゃんは?」


 桜ノ宮さんは楽しそうにそう言うと、礼名をちらりと見やる。


「どうって、別にいつもの礼名…… あれっ?」


 礼名が制服を完璧に着こなしている。

 何だかとっても素敵だ。我が妹ながら格好いい……


「どうした礼名、制服がかっこいいじゃないか!」

「えへへっ、お直しして貰っちゃった」


 見ると、幅に余裕があったお下がりの制服が、礼名にぴったり合っていた。


「最初はミシン貸して貰うだけのつもりだったんだけど、結局わたしじゃ出来なくって……」


 そう言えば、我が家のミシンは壊れたままだったんだっけ。


「お手伝いの山之内さんって裁縫すっごく上手いんだ。プロ級なんだよ。ついでに色々教えて貰っちゃった」


 礼名の話を聞いて、少し疑問が解けてきた。

 礼名がここに来てしていたことは、大きすぎた自分の制服の補正。

 そして礼名が泣いていたのは……


「山之内さんは以前、洋裁のお仕事をしていたのよ」

「ありがとう桜ノ宮さん。礼名の制服はダボダボで、きっとそのことをバカにされていたんだね。だから手を貸してくれて。本当にありがとう」

「そんなお礼なんて……」

「お兄ちゃんごめんなさい。わたし制服のことバカにされて、それで凄く悲しくって、こんなことになっちゃって」

「いや、僕こそごめんね礼名。すぐに気が付かなきゃいけなかったのに」


 やっぱり女の子って見た目を言われるとあんなに悲しむんだな。


 トントントン


「お嬢さま、お食事の準備が出来ております」


 ドアに立っていたのは、三十過ぎくらいの、メイド服に身をくるむ品のいい女の人だった。


「あっ、山之内さん、先ほどは本当にありがとうございましたっ」


 笑顔を見せて深々と頭を下げる礼名。


「さあ、晩ご飯食べていって下さいね。お口に合うか分かりませんけど」

「えっ、そんなの悪いよ。礼名がお世話になった上に晩ご飯だなんて」


 しかし桜ノ宮さんはドアの横に立つと僕たちを部屋から出るように促しながら。


「いいじゃない、もう用意しちゃったんだから。それに今日は父も母も仕事でいないのよ。あっ、中学生の弟も一緒に食べるけど、気にしないでね」

「ごめんね、本当にありがとう。じゃあお言葉に甘えるよ」


 僕を伺っていた礼名はその言葉を聞くと山之内さんのエスコートに従って廊下を歩いて行く。僕もその後を続こうとしたとき。


「ねえ神代くん、少しいい?」

「どうしたの、桜ノ宮さん」

「さっきの礼名ちゃんの話。あの話ね、あれ嘘よ」

「あの話って?」


 桜ノ宮さんはドアのところで立ち止まったまま、先に行ったふたりの気配が消えるのを確認して、やおら口を開いた。


「礼名ちゃんが制服のサイズをバカにされて悲しんでたって話、あんなの嘘よ。彼女は制服が合ってなくっても全然気にしていなかったわ。本当は礼名ちゃん、神代くんを、お兄ちゃんをバカにされたのが悔しかったのよ」

「えっ?」

「知ってる? 礼名ちゃんがいつもお兄ちゃん自慢をしていること」

「ああ、聞いてるよ。岩本からも倉成さんからも聞いたよ。ホントに恥ずかしい……」

「そうかしら。礼名ちゃんってモテるから予防線貼ってるだけなんじゃないの?」


 いや、それは礼名の正体を知らないからだよ、とは言えない僕。


「実はね……」


 桜ノ宮さんは僕から視線を逸らして言葉を紡ぎ始めた。

 彼女によると、礼名はクラスでも自分の貧乏生活を隠そうとはしなかったらしい。むしろそれを笑い話にして、自分が着ている制服も先輩のお下がりだと笑って自慢していたそうだ。けれども、異性にも人気の礼名をよく思わない人もいて。


「気に障ったらごめんなさい。礼名ちゃん、こう言われたそうなの。

 『その服、あなたの大好きなお兄ちゃんが用意したお古らしいわね。しっかしほんとにブカブカで似合ってないわね、可哀想に。サイズ違いの制服を無理矢理着せられて、貧乏で甲斐性がないお兄ちゃんを持つと悲劇よね。同情するわ』

って」

「…………」

「あっ、気に障ったらごめんなさい。あたしはそんなこと思ってないからね。神代くんは立派よ。それを酷く言うなんて……」

「ごめん、桜ノ宮さん、僕が気が付かなかったばかりに迷惑かけて……」


 僕にはそう言うのが精一杯だった。


          * * *


 夕食をご馳走になったふたりは帰りのバスに揺られていた。


「お寿司なんて久しぶりだったね」

「うん、美味しかった。特にカニと赤貝、あれ本物だ」

「もう、お兄ちゃんったら。いつもニセモノしか食べてないような口ぶりはやめてよ。実際はニセモノすら食卓に上がらないけど……」


 普段はメイドの山之内さんが夕食を作るらしいのだが、今日は突然礼名の服の寸法直しをすることになって、お寿司の出前と相成ったらしい。本当に申し訳ないことをしたものだが、桜ノ宮さんはいつものことと笑ってくれた。


「でもさ、どうせなら厚切りのステーキが食べたかったな」

「お兄ちゃんったら、よだれ垂らしながら言わないでよ! 桜ノ宮先輩、次は手料理振る舞うって言ってたけど。部活で物欲しそうな顔しちゃダメだよ。恥ずかしいからね」

「分かってるよ。でも、彼女料理とか出来るのかな?」

「うん。今日、桜ノ宮先輩が作ったクッキー食べたけどすっごく美味しかった。絶品だったよ。あっ、でもダメだよ。お兄ちゃんが食べるものは一日三食、三日で九食、間食も夜食も離乳食も全部全部礼名が作るんだからねっ!」

「クッキーって、あれ、桜ノ宮さんの手作りだったのか?」

「お兄ちゃんも食べたの? バタークッキー。凄くシンプルで、でも美味しいやつ。う~ん、桜ノ宮先輩ってとってもいい人だけど、とっても危険人物だね、女子力高すぎ!」

「危険人物って…… 裏表のない、いい人だと思うけど」

「裏表がなかったら人間メビウスの輪だよ。でも、その通りだね。桜ノ宮先輩すっごくいいひとだった……」


 やがて。

 バスを降りた僕たちは、もう日の暮れた家への道を並んで帰った。


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