第4章 第3話
キンコンカンコ~ン
「放課後になると眠気が覚めるな」
元気に僕の肩を叩く岩本。
「お前の性格が羨ましいよ」
笑いながら僕も席を立った。
今日はコン研で梅原先輩との打ち合わせ。
取り巻き達に囲まれて生徒会室へと向かう倉成さんに続くように、僕も教室を出る。
と。
「神代くんっ!」
明るい声の先に、赤毛のツインテールがよく似合う長身の美少女が微笑んでいた。
「あっ、桜ノ宮さん」
「コン研に行くのよね、一緒に行きましょう!」
そう言うが早いか、僕の腕を引っ張り歩き出す彼女。柔らかな胸の感触が僕の腕に伝わってくる。
「あ、そんなに引っ張らないでよ」
「だって神代くん、ちゃんと捕まえてなきゃ逃げちゃうような気がするもん」
「もう部活はやめないよ。大丈夫だよ」
「部活だけじゃなくってっ!」
桜ノ宮さんに睨まれた。どうして?
まさか、桜ノ宮さんほどの綺麗でお金持ちのお嬢さまが僕のことを?
いや、そんなことあるはずない。
自惚れちゃいけない。
などと考えながら、ふたりで階段を登っていく。
四階まで上り終え、ふとその先を見る、と。
「桜ノ宮さん、ちょっと待って!」
屋上へ続く、人通りがない階段。
その、陽の光が届かない暗がりに肩で髪を切りそろえた少女の姿。
礼名だ。礼名が立っている。
それも上級生らしい女子生徒三人に囲まれて。
その瞬間、僕の頭に倉成さんの言葉が駆け巡る。
『妹さん、少し気をつけてあげた方がいいかも知れないわ』
「ふうっ!」
僕は大きく深呼吸をすると胸を張る。
そして、なるべく元気で明るい声を上げた。
「お~い、礼名じゃないか。どうしたんだ」
僕の声に振り返った三人の女生徒達。
「……ちっ」
一瞬躊躇したあと、彼女達は僕から目を逸らすように去っていった。
「どうした、大丈夫か礼名」
「お兄ちゃん!」
立ち尽くす礼名に駆け寄る。
彼女はその大きな瞳を見開いたまま、歯を食いしばっていた。
「お兄ちゃん、わたし、悔しいっ!」
「どうした礼名。もしかして、いじめられたのか? 怪我とかしてないか?」
「ううん、そんなんじゃない。殴られたら殴り返してやる。でも……」
「でも?」
礼名の瞳が零れそうなほどに潤んでいく。それでも彼女は歯を食いしばる。
「お兄ちゃんごめんなさい。やっぱり何でもない……」
「ねえ、礼名ちゃん」
そこへ声を掛けて入ってきたのは桜ノ宮さんだった。
「よかったら、あたしとお話ししましょうか」
* * *
コン研での人工知能論議は白熱化した。
「で、結局のところ人工知能同士の夫婦漫談のシチュエーションは『枯れ果てた熟年漫談』でいいいのか?」
「いやいや先輩、夫婦漫談って言ってもやっぱり僕らは高校生ですから、もっと若いカップル、そう『恋人漫談』の方がいいと思いますけど」
梅原先輩と僕の会話に菊池が割り込んでくる。
「いや、どうせなら『新婚漫談』の方が面白くね? 定番だけどさ、「あなた、お風呂にします? お食事にします? それとも、わ・た・し?」ってパターン、憧れるじゃん」
「そんなのリアルにはないよ、都市伝説だよ。実際は朝帰りして、「あなた、ウエスタンラリアットにします? バックドロップにします? それとも、ほ・う・ちょう? ギラリッ」ってなるのがオチだろ?」
ぱんっ!
手を叩いて梅原先輩が大きく肯く。
「それだ! それで行こう! テーマは『朝帰り漫談 新郎VS新婦』!」
「それって新婚の熱さが、別の熱気に変わってますよね!」
「飛び交う食器、荒れ狂う新居! うん、インスピレーションが爆発だ!」
「いや、脱線しすぎると、大臣賞が遠のくと思いますよ、梅原先輩」
「なあ神代、僕たちコン研は大臣に媚びを売るために研究してるのか? 違うよな! ギャグのためなら自分の恥でも、下半身でもさらけ出す! それがコン研の心意気じゃないか!」
「その内、粗末なモノ陳列罪で捕まりますよ」
「あ………………」
図星だったのだろうか、急に無口になった梅原先輩。
気まずい空気から逃れるために、僕は時間を確認する。
時計の針はもうすぐ五時半を指すところだ。
「あのう、僕もう行かないと……」
「あ、ああ、そうだったな、今日はこれから桜ノ宮さんの家に行くって言ってたな」
気を取り直した様子の梅原先輩。
「はい、なので今日は失礼します」
あの後、桜ノ宮さんは部室に来て僕を手招きした。
「ねえ、今からあたしの家に礼名ちゃんを連れて行くから。部活終わったら神代くんもいらっしゃい」
彼女の後ろで申し訳なさそうにコクリと頷く礼名を見て、僕は桜ノ宮さんに頭を下げた。
どうして桜ノ宮さんは礼名を連れて帰ったのか、理由も聞けなかったけど。
ノートを鞄に仕舞う僕に梅原部長が声を掛ける。
「じゃあ、人工知能漫談のテーマは『新郎VS新婦、犬も喰わないトークショー』を基本に進める、でいいな!」
「さすが梅原先輩、いい感じにまとめましたね」
「神代が新婦役、な」
「はい分かりましたよ!」
僕は軽く手を上げると桜ノ宮さんの家へと急いだ。




