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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第四章 ふたりのお店は絶対負けません(そのに)
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第4章 第2話

 礼名と並んで登校中、ひとりで歩く倉成さんに出会った。


「おはよう悠くん」

「おはよう倉成さん、って、あれっ?」


 普通のようだが何かが違うぞ、このシチュエーション。


「ふたり仲良く登校してるのね」

「うん、学校まで一緒に歩いて来てるんだ」


 長い金髪を春風に揺らし、すらりと白い両の手で赤い鞄をげる彼女は、何者も寄せ付けない高貴なオーラを発しながら、ひとり学校へ向かっていた。

 しかし、今日はどうしてひとりで登校してるんだろう?


「ねえ、ひとつ聞いていいかな」

「いいに決まっているでしょう? 私と悠くんは特別な仲なのよ」

「お兄ちゃん。何なんですか、その特別な仲って?」


 トゲのある言葉を僕に投げる礼名。しかしそれに答えたのは倉成さんだった。


「決まってるじゃない、悠くんとは席が隣同士の仲なのよ」

「あっ、そう言うことですね。単なる偶然の産物ってことですね。安心しました」


 いや、偶然じゃないんだけど。岩本から席を強奪したんだけど、倉成さん。

 しかしそのことには少しも触れず倉成さんは言い返す。


「そうね、兄妹ってのもある意味偶然の産物よね」

「ぐぬぬぬ…… 兄妹は生まれたときから強固な赤い糸で結ばれた運命共同体なんですよっ。学校の席がとなり、な~んて言う、年に何度も入れ替えチャンスがある間柄と一緒にしないで下さいねっ!」

「ねえ、悠くん。あなたの妹って妹と言う立場が全く分かっていないようね。欠陥品じゃないの? リコールしてもらったら?」


 そう言いながら、倉成さんは僕と礼名の間に割って入ってきた。


「ちょっとちょっと倉成先輩、わたしとお兄ちゃんの間に入っていいのは将来ふたりが授かる可愛い子供達だけなんですよっ! どうして勝手に割り込むんですかっ!」

「さっきも言ったじゃない、席がとなりだからよ」

「そんなの何のアドバンテージも認められませんっ!」


 らちがあかない。

 僕は聞きたくてウズウズしていた質問を強引に投げかける。


「まあまあふたりとも。ところでさ倉成さん、今日はどうしてひとりなの? いつもは校門まで車で送迎があるんじゃない?」

「ああ、そのことね」


 彼女は金色の髪を片手でさらっとかき上げる。


「よく分からないのだけれど、突然パパがリムジンなんか使わずにバスで通ってみなさいって言うからそうしてみたのよ」

「パパが?」

「そうよ、倉成壮一郎よ。私のママは大反対したのだけれど、パパが、もう麻美華も高校生なのだし、庶民の暮らしも知っておくべきって言うから」

「へえ~」


 さっきまで倉成さんを睨みつけていた礼名も、今は黙って話を聞いている。


「お陰で今日は行き先間違えて、朝からとんだピクニックだったわ」

「どこに行っちゃったの?」

「よく分からないけれど、目の前には見渡す限りの壮大な荒野が広がっていたわ」


 一体どこに行ったんだ、このひと。


「それで、戻り方が全く分からないから携帯で家の車を呼び寄せて、すぐそこまで送らせたのよ。遅刻しなくて偉いでしょ」

「いや、偉いのは倉成家のドライバーさんだよ」

「だから今日は帰りもひとりなのよ」

「それって、大丈夫?」

「ええ、いざとなったら携帯で車を呼ぶから」


 ハッキリ言って、いざとなる予感しかしない。


「心配なら悠くんが一緒に帰ってくれてもいいのよ」

「いや、全然心配してないよ、携帯電話がある限り」


 そんな実のない話をしながら、僕らは校舎へと入っていった。


          * * *


「さあ、お昼ね。お弁当を戴きましょうか」


 隣の倉成さんが机を付けてくる。


「えっと、本当に僕と一緒でいいの?」

 先週は水曜、金曜と彼女と机を並べて弁当を食べた。

 食事中、僕らにはあまり話す話題もなく、ほとんど無言で食べていた。


「ええ、席が隣同士の主人公とヒロインは、机を並べてお弁当を食べるって相場が決まっているのよ」

「それって二次元の世界だけの話だよね」


 僕の言葉をスルーして、彼女はランチボックスを開ける。今日もサンドイッチだ。


「欲しかったら、ひとつあげてもよろしくってよ」


 彼女の長い金髪からほんのり甘く爽やかな香りが漂う。礼名とはまた違った誘うような匂いだ。


「いや、自分のがあるから……」


 チラリ教室を見回す。先週もそうだったが周囲の視線が痛い。倉成さんはお金持ちと言うだけじゃない、学校一と評判の美人だ。やっかみに似た視線が降り注ぐ。


「あら、今日のお弁当は黄色一色なのね」


 僕の弁当箱を覗き込む倉成さん。

 そこには卵焼きと卵のサラダ、そしてほうれん草のキッシュが入っていた。そうか、キッシュか。朝の礼名のクイズの答えはこれだったんだ。


「うん、実は今、冷蔵庫に卵がいっぱいあってね。たまご消費強化中なんだ」


 僕はたまごが余っている経緯を彼女に説明する。


「ふうん、喫茶店屋さんも大変なのね」

「まあ、見通しが甘かったんだけどね」

「ところで、卵って放っておくとヒヨコになるのよね」

「ええっと、無精卵だから、ヒヨコは生まれないよ」

「じゃあ、赤ちゃんはどこから生まれてくるのかしら」


「ぶっ!」


「失礼ねっ、卵焼きを私に噴火させないでよ!」

「あっ、ごめんごめん。これ、ハンカチ……」

「大丈夫よ。それより、赤ちゃんの件だけど、確か、らんこちゃんがせいこちゃんとくっつくと出来るのよね」

「あのさ倉成さん、それ、わざと言ってるよね。卵子と精子だよね」

「実はね私、蘭子らんこちゃんと聖子せいこちゃんが主人公の百合ゆり小説を書こうと思ってるのよ」

「うん、勝手にどうぞ」

「百合小説なのに何故かふたりに赤ちゃんが出来ちゃうって話なのよ」

「ごめん、止めといた方がいいと思うな、その話」

「ねえ、悠くんも一緒に小説のネタを考えてくださらない? 私ひとりでは色々実践できないから」

「いや、色々実践しなくていいから。脳内で考えるだけでいいと思うから」

「そんなことだから、悠くんはいつまで経ってもチェリーボーイなのよ」

「……」

「繰り返すわ、チェリーボーイなのよ」

「聞こえてるよ! 悪かったね、どうせ僕は童貞ですよ」

「別に悪くはないわ。私だって花も恥じらう……」

「あああっ、その先は言わなくていいから。分かってるから!」

「花も恥じらう長女なのよ」

「……そうなんだ。新しい情報ありがとう」


 僕は礼名が作ったほうれん草のキッシュを口に入れる。食べる前はほうれん草しか見えなかったが、食べてみるとじゃがいもも入っていた。


「美味しそうね、そのキッシュ」

「あ、よかったらひとつどうぞ。倉成さんのお口には合わないかも知れないけど」

「ありがとう、遠慮なく戴くわ」


 彼女はランチボックスからマイはしを取り出す。サンドイッチは手で食べてるのに何故に箸が入っているのだ? 準備がいいにもほどがある。


「んぐ…… うん、美味しいわ」

「よかった。倉成さんはきっと口が肥えてるから、そう言って貰えると妹も喜ぶと思うよ」

「ああ、そう言えばその妹さんの事だけど……」


 僕は一瞬後ろのドアを振り返るが、そこに礼名の姿はなかった。流石さすがにもう自分のことで忙しいのだろう。先週も僕の教室へやってきたのは最初の二日間だけだった。


「『お兄ちゃんストーキング』のことじゃないわ。妹さん、少し気をつけてあげた方がいいかも知れないわよ」

「気をつけるって何を? まさか礼名が悪い虫に食われてるとか?」

「それもあるかもだけど、そうじゃなくって……」


 彼女の話によると、礼名は次の生徒会役員の勧誘候補に挙がっているらしく、色んな噂も入ってくるそうだ。


「あなたの妹は、私に次ぐ美人だってウワサになっているようね。あくまで私の次だけどね、私の次」

「うん、倉成さんの人気は凄いもんね」

「本当のことをありがとう。それでね、本人はだれかれはばからずに『わたし、お兄ちゃんが大好きなんです』って公言しまくっているそうよ。一部引かれているらしいけれど、それでも異性の人気は抜群らしいわ」

「へえ~、そうなんだ」

「でもね悠くん、そんなに人気があると言うことは、その反面、やっかみを受けることも多いものよ。あらぬ誹謗中傷の標的になったり」

「えっ、礼名がそうなってるの? ねえ、教えてよ倉成さん」

「いいえ、具体的に問題が起きているとは聞いていないのだけど。一応気をつけなさいってことよ。ちょっとだけ注意しておきなさいってことよ」


 彼女はそれ以上のことを教えてくれなかったけど、何でもズバリ指摘する彼女には珍しく、その言葉は少し歯切れが悪かった。


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