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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第一章 ふたりで生きていきます
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第1章 第1話

 第一章 ふたりで生きていきます



「いらっしゃいませ~っ!」


 元気な声が明るい店内に響く。

 白いワンピに赤リボン、可愛い手作り衣裳を着こなした自称「お店のナンバーワン」こと礼名れいながにっこり笑顔でお冷やを配る。


高田たかださん、いつも美味しいお野菜ありがとうですっ」


 高田さんは八百屋さん。

 いつも残り物とか形が悪い野菜を安く分けてくれるご近所さんだ。


「礼名ちゃんに食べて貰えて野菜も幸せだろうよ。あ、いつものモーニングね」

「はいっ。マスター、オーダーですっ。モーニングセットひとつっ!」

 

 あれから三ヶ月。

 ふたりの喫茶店『カフェ・オーキッド』は繁盛していた。

 商店街の外れにある、テーブル席五卓、カウンター四席の小さなお店。

 たったひとりの給仕の名は神代礼名かみしろれいな、高一になったばかりの可愛い妹。

 そしてマスターは僕、神代悠也かみしろゆうや。どこにでもいそうな高校二年だ。


 元は母が趣味半分でやっていた小さなお店。

 母の頃、店内は色とりどりのオーキッドで彩られていた。

 だけどランはとっても高価。今は全部礼名の手作り造花だ。


「うちのかーちゃんも礼名ちゃんみたいに綺麗で気が利きゃいいのに」

「奥様は凄くお綺麗じゃないですか」

「この前もカボチャと間違えてかーちゃんの頭叩いちゃってさ」

「あの……」

「いい音しないと思ったらかーちゃんだ。そんで手がれちまった。知ってたら大根で殴ったのに、あの石頭」

「誰が石頭のカボチャかしら?」

「げっ、お前いつの間にっ! た、助けてっ、うごぶっ」


 ●★△?♂ばぐはっ★◎♀?ごへっ


 奥さんのバックドロップが見事に決まる。

 そして必殺のカボチャスープレックス炸裂を礼名は必死に制止する。


「はあはあ…… お、奥様も何か召し上がりますか?」

「はあはあ…… ごめんね礼名ちゃん。あたしもモーニング頂戴。この店のサンドイッチ凄く美味しいものね」


 うちの店は週末土日だけの営業。

 それでも皆さんに支えられて売り上げは上々だ。

 昔、母はここ、中吉なかよし商店街でも有名な美人で『中吉小町』とさえ呼ばれていた。愛想もよく誰からも好かれるその人柄でお店は繁盛していた。

 今、礼名を見ているとそんな母を彷彿とさせる。


「ありがとうございます。モーニング追加でオーダーですっ!」


 笑顔で二本指を立てる礼名を見ながら僕は三ヶ月前を思い出す。

 

 三ヶ月前。

 

 両親を失った僕たちふたりを、親戚が引き取る話が持ち上がった。

 母方の実家は桂小路かつらこうじ家と言う古い名家で、相当な資産家でもあった。

 しかし、駆け落ち同然に父と結婚した母は実家との繋がりを絶っていた。

 その母の実家、桂小路かつらこうじの祖父がふたりを引き受けると言うのだ。

 しかし礼名はその話を全力で拒絶した。


「絶対にイヤ。あの家に行くくらいなら、わたしは今ここで自害する!」


 食用ナイフを片手に訴える礼名。

 彼女は初めから祖父に敵愾心剥き出しだった。

 礼名と祖父、ふたりだけで話し合いもしたが結果は変わらない。


「あの人はお父さんのことを「駆け落ちなんてするから天罰が下ったんだ」とまで言ったんだよ。絶対許せないよ。それに……」

「それに?」

「ううん、何でもない。ともかく桂小路はダメだよ、お兄ちゃん」


 他の親族に引き取られる話もあったが、どれも兄妹別々にと言う条件が付いた。 そしてそれらも礼名が全力で拒絶した。


「お兄ちゃんと離れるくらいなら、わたしは今ここで自害する!」


 食用フォークを片手に訴える礼名。

 普段は優しく気遣いを忘れない礼名が、この時だけは命を賭けて徹底抗戦した。


「礼名、僕も礼名と一緒がいいさ。でも、僕はまだ高校生、ふたりだけじゃ生活していけないよ」

「何言ってるの、お母さんのお店があるじゃない。頑張ろうよ。ふたりで頑張ろうよ」


 そして今、僕たち兄妹はふたりで頑張っている。

 本当にこれでよかったのかな。


「お~い、お兄ちゃ~ん、何考えてるの? オーダーだよ、パンケーキとコーヒー」


 肩で切りそろえた黒髪が揺れ、宝石のような瞳が僕を覗き込む。


「あっ、ごめんごめん」


 ボッ!


 フライパンを火に掛けて、横で皿を洗う礼名に話しかける。


「ごめんね、礼名」

「なにが?」

「貧乏。礼名のご自慢だった真っ直ぐな長い黒髪もバッサリ切っちゃって……」

「仕方ないよ、シャンプー代もバカにならないしさ。それにわたしの髪の毛、結構いい値で売れたでしょ」   

「今頃ウィッグになってるだろうな」

「わたしはお兄ちゃん女装用ウィッグを作りたかったけどなっ」

「そんな趣味はない」

「絶対似合うってば。そしたらこのお店のウェイトレスさんはふたりになって。あ、でもわたしがナンバー2に格下げされそうだね」


 えへへへっ、と笑うとすらり肢体をひるがえし、お冷やのサービスに行く礼名。

 整った小顔にくりっと吸い込まれそうな瞳。

 惜しげなく振りまく愛くるしい笑顔。

 身内が言うのも何だが、どこへ出たって礼名は絶対ナンバーワンだ。

 ……とか思う僕はバカ兄?


 からんからんからん


「いらっしゃいませ~っ」


 扉を引いて入ってきたのは三十くらいの男性客。


「お一人様ですか? こちらのお席で宜しいでしょうか?」


 その客は店内をぐるり見回して最後に礼名に目を向ける。


「こちらメニューです。モーニングはサンドイッチとフレンチトーストをお選び戴けます。お決まりになりましたらお呼びください」


 礼名はカウンターに戻りパンケーキをホイップクリームで飾る。そんな礼名をさっきの男性客はじっと見つめていた。初めてのお客さんだけど、いきなり礼名に惚れたかな。ま、礼名は綺麗だから分かるけど、ちょっと心配。

 しかし、そんな視線は意に介さず、礼名はパンケーキを運ぶと、その男性客の元に注文を取りに行く。


「オーダー入りま~す。モカ・マタリひとつ~」


 ううっ、通なお客さんなのかな、あの男性ひと。僕の腕の見せ所だ、気合いを入れなきゃ。

 母の手伝いもしていたしコーヒー淹れるのには自信があるんだけど、ストレートコーヒーの注文はやっぱ緊張する。


「さっきのモカ・マタリのお客さん、じっとこっちを見てない?」


 僕の横に戻ってきた礼名が囁く。

 ちらり彼を見る、今も横目で礼名を見ている。


「ちょっと気味悪いね。背広着てちゃんとした感じだけど」

「わたしの全てはお兄ちゃんのものなのにね」


 ぷぷっと冗談めかして笑う礼名。


「何言ってんだ。僕らは実の兄妹じゃん」

「お兄ちゃんは往生際が悪いね」


 ドリップが終わった。

 礼名は淹れたてのコーヒーをトレーに載せて運んで行く。

 僕は彼女の声に耳を澄ませた。


「お待たせしました、モカ・マタリです」


 カチャリ


「ご注文は以上で宜しいでしょうか」

「あの、少し話、出来ますか?」

「えっ?」


 何? やっぱうちの店のナンバーワンをナンパか?

 僕は思わず身構える。


「あっ、申し遅れました。私、こう言う者です」

「……モーニングサンオフィスの朝日一宏あさひかずひろさん?」


 立ち上がり礼名に名刺を渡す洒落しゃれたスーツの男性客。


「はい、ご存じありませんか? モニサン。 有名なアイドルがいっぱい所属してる芸能事務所なんですよ」

「芸能事務所……」

「是非うちのオーディションを受けて欲しいと思って、勿論絶対合格だから」


 これってスカウト?

 モニサンって言ったら今をときめくアイドルをたくさん抱える有名な事務所じゃないか。それがこんな場末の商店街でスカウト?


 しかし。


「申し訳ありません、今仕事中なので」

「あっ、ちょっと!」


 よそ行き笑顔を浮かべると礼名は一礼し瞬間で舞い戻ってきた。


「モニサンの社長だって、ぷぷっ」

「社長って、お前モニサン知らないのか?」

「知ってるよ、超有名だもん。でもそんな凄いとこの社長がこんなとこ来るわけないよ」


 ジャーッ!


 礼名は全く気にも留めず皿洗いを始める。


「それにわたし、興味ないし」

「嘘だ。昔、モーニングガールズの歌を踊りながら歌ってたじゃん」

「ああ、そういう時代もあったね」


 にこり。


 反則的笑顔でごまかされた。


「礼名ちゃ~ん、お冷や頂戴!」

「は~い!」


 声の方を見る。太田おおたさんと細谷ほそやさん。

 ふたりともまだ二十代と主張する、パチンコ大好き自称乙女だ。

 今日も勝負の前のエネルギー充電らしい。


「今日は新しい『やま物語』で出しまくるから期待しててね」

「よくCMしてる水着の山女やまガールが出てくるやつですねっ」

「さすが礼名ちゃんは何でも知ってるね」


 深夜によく流れるパチンコCM、巨乳の山女やまガールマウンテンちゃんはアツくなると脱いで水着になるらしい。そうなると確率が高くなるらしいが、僕には意味がよく分からない。


「二回戦でも三回戦でもお帰りまで出しまくってくださいねっ、応援してますねっ」


 礼名もあんまり分かってないはずだけど、話し合わせるの上手いな、あいつ。


「あの、さっきの話だけど!」


 と、戻りかけた礼名をさっきの男が呼び止める。


「あ、ごめんなさい。仕事中なので困ります」

「じゃあ、今日このお店が終わったらで、どうかな」

「えっ」


 一瞬だけ間を置いて。


「わたし歌とか踊りとか野球拳やきゅうけんとか全く興味ないんです。ごめんなさい」


 作り笑いを浮かべきびすを返す礼名。

 その後も幾度か声を掛けられた礼名だけど、全てやんわり華麗に拒絶。


「閉店時間にまた来るから、その時是非!」


 支払の時、礼名にそう言い残すと、男は僕にも声を掛けてきた。


「聞こえていたかと思いますが、私の話は絶対悪い話じゃありませんから。そこは是非ご理解ください」


 からんからんからん


「ありがとうございました~」


 男性客が出て行くのを見送ると。


「ねえ、お兄ちゃん。あの人ホントに今晩来るのかな。困ったよ」


 カップを拭きながら礼名が呟く。

 こんな場末に有名事務所『モニサン』の社長が来るはずはないと、きっとニセ者だと礼名はバッサリ切って捨てているのだが。


「なあ礼名、さっきの人がもし本物だったら?」

「一緒だよ。わたしはお兄ちゃんとふたりでこのお店を頑張るんだよ」

「だけどさ」

「アイドルなんて水商売だよ。貧乏人こそ堅実にやっていかなくちゃ」


 いや、喫茶店もばっちり水商売なんだけどね。



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