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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第三十二章~終章 お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜くたったひとつの理由
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終章 後編

「はあはあはあ…… ただいま……」


 家に駆け込んだ時には約束の六時半を少し過ぎていた。


「ごめん、遅くなった」

「大丈夫だよ! すぐ着替えてよ、お外に行こう!」


 Tシャツにホットパンツというラフなスタイルの礼名が笑顔を見せる。

 僕はすぐに二階に上ると自分の部屋に入る。

 あのあと、麻美華にケーキを死ぬほど食べさせられた。

 それはもう気分が悪くなるほどお腹いっぱいでいつものように走れなかった。

 遅くなったのはその所為せいだ。

 ともかく急いでTシャツに着替えるとジーンズを穿く。

 慌てて階下へ走ると真っ赤なバッグを持った礼名が待っていた。


「さあ行こうよ!」

「もしかして洋食屋ボンファンか?」


 今日は僕の誕生日。

 夕食が用意されていないところを見ると外食に行くつもりかと思ったのだが。


「ブブーッ! はずれだよ! 言ったでしょ、今日は礼名が罪滅ぼしをするんだって」


 ふたり外へ出る。

 六時半を回っても外はまだ明るく商店街も賑わっていた。


「こっちだよ。ちょっと歩くけど」

「どこへ?」


「それは秘密だよ。わたしさ、本当はずっと気がついていたんだ、お兄ちゃんがいつも悲しい思いをしていたこと。お兄ちゃんってば夢にも見てたんじゃない? 寝言が聞こえたことあるし。だけど礼名はそんなお兄ちゃんを苦しめてきた。本当にごめんなさい」

「だから何がだよ? 僕は礼名に苦しめられたことなんか何ひとつないぞ」


「毎日が大根の葉っぱでも? 毎日店の余った卵の料理でも? 毎日三矢さんとこの売れ残りの鶏肉でも?」

「いや、それは仕方がないだろう。稼ぎが少ないのは僕の所為でもあるし」

「ううん違うよ。この生活をお願いしたのは礼名だよ。全部礼名のわがまま」

「オーキッドを守ってくれたのは僕のためなんだろ!」

「いや、あれはさ……」


 元々オーキッドは母さんが趣味半分でやっていた店。

 そう思っていた。

 だけど、そのオーキッドは僕を産んでくれた母の店でもあった。

 そこで倉成壮一郎と母は出会った……


「確かに昔、オーキッドはお兄ちゃんの大切なお店だってお母さんから聞いた。その時の寂しそうな顔もずっと覚えてた。それ以上は教えてくれなかったけど大切なことだって判った。だけど、このお店で頑張ろうって思ったのはそのためじゃないよ。わたしのためだよ!」

「……」

「あっ! ここだよ、着いたよ!」


 ふと前を見る。

 目の前には大きな看板。



  焼肉食べ放題! モー烈カルビ



「牛肉食べたかったんでしょ! お腹一杯食べたかったんでしょ! 礼名知ってたのに今まで牛肉出さずにごめんなさい。今日はたっぷり食べてね! このお店美味しいって評判で予約しないと三時間待ちなんだよ。ちょっと他より高いけどお兄ちゃんのお誕生日だし今までの節約分を大放出だよ! さあ、行こうよ!」

「あのさ……」


「どうしたの、お兄ちゃん? 予約は七時から、もうすぐだよ」

「実はその、さっきまで死ぬほどケーキを食い続けて、もうこれ以上は何にも……」


「ええっ~!! 焼き肉だよ! 本物の牛肉、それも食べ放題だよ! 今日のコースは国産和牛コースだよ! 霜降りもあるよ! 骨付きカルビは最高らしいよ! タンも分厚くてホルモンも新鮮でデザートの杏仁あんにん豆腐も絶品って噂だよ! 向こう一ヶ月は予約でいっぱいのお店だよ!」


「うえっぷ!」

「ええ~っ! そんなあ~!!」


 結局。


「折角予約してくれたのに、ごめんな」

「ううん、驚かそうと思って隠してたわたしが悪いんだよ」


 予約をキャンセルして家に帰る途中、礼名に今日の出来事を話した。


「そうかあ、桂小路、失脚したんだ。これで静かになるね」

「そうだね。礼名の勝ちだ」

「ううん、みんなのお陰だよ。だけど……」


 礼名はちらり僕を見上げて。


「本当にいいの? 倉成の家に行けるんでしょ? わたしなんかと一緒に貧乏生活を続けなくてもいいんだよ? 毎日、霜降りの和牛が食べられるかもだよ!」

「いいんだ。確かに僕はずっとビーフのステーキが食べたかった。焼き肉が喰いたかった。それはその通りだけど、別に礼名が言うほど苦しんでいた訳じゃない。もし僕が苦しんでいることがあるとすれば……」


「何? 礼名、何か気がついていないことがあるの? 礼名、何か悪いことしてる?」

「ううん、悪いことなんか何ひとつない」


 家に戻ると電気を点ける。


「わたし着替えてくるね」

「じゃあ僕も」


 ふたりは一緒に二階へと上がる。

 と、普段は閉まっている奥の部屋のドアが開いていた。

 窓からの風で開いたのだろうか、あまりこんな事はないのだが。


「あれっ? お父さんとお母さんの部屋が開いてるよ……」


 ちらり僕を見上げる礼名。

 その吸い込まれそうな瞳に、桜色の清らなくちびるに、凛としても柔らかな立ち居に。


「礼名……」


 礼名への愛おしさがどうしようもなく溢れ出して、思わず両手で抱き寄せる。

 優しい香り、すべすべとしなやかなその感触。


「お兄ちゃん……」


 微笑みながら閉じられるその瞳にはうっすらと涙が光って。


「………………」


 くちびるを重ねた瞬間、礼名への気持ちが激しく僕を締め付けた。


「ああっ、んんっ!」


 礼名。

 こんなに細く、こんなに華奢きゃしゃな体でいつも僕のために。


 礼名!

 優しくって明るくって真っ直ぐで。


 れいな!

 絶対に放さない!


「………… んんっ!」

「………… っ!」


「…………」

「…………」


「お兄ちゃん……」

「…… ごめん。僕のために頑張ってくれて。僕のために苦労ばかり掛けて。僕のためにオーキッドを守ってくれて。僕のために……」


「違うよ! それは違うよ! 礼名はお兄ちゃんが大好きなだけ。お兄ちゃんと一緒にいたいだけ。他には何にも理由なんてないよ」

「…………」


「お兄ちゃん、大好きっ!!」

「礼名!!」


「さあ、お父さんとお母さんお部屋が全開だよ! きっと入っておいでって言ってるんだよ! 輝かしいふたりの新しいページが今始まるんだよ!」

「おいおい、そんなに引っ張るなよ!」


「安心して! 礼名は毎日このお部屋のお掃除してたんだから。お布団も干したばっかりだから。ベッドメイクも完璧だから!」



 どさっ!

 ぼうんぼうん!



 ふたりダブルベッドに飛び込んで。


「はははっ!」

「えへへっ!」


「これからもよろしくな、礼名」

「こちらこそ、悠也さん」




 お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  完



 あとがき (ネタバレあり)


 神代礼名です。

 最後までお付き合い戴いて本当にありがとうございました。

 お兄ちゃんとわたしの清く正しい愛の物語はいかがでしたか?


 荒れ狂うひとつの大きな航海を乗り越えたふたりですが、わたしたちはまだ高校生、これからも色んな試練や困難が待っているのでしょうね。でも、礼名は何も怖くありません。だって、わたしはもうひとりじゃないんですから。


 こうしてめでたくハッピーエンドが迎えられたのもひとえにご愛読戴いた皆さまのおかげです。本当にありがとうございました。お兄ちゃん、麻美華先輩、綾音先輩、高田さん、三矢さん、岩本さんに田代さんに高杉さんに奈月さんにななちゃん。登場人物全員に成り代わり深くお礼申し上げます。


 作者の頭の中はまだ空っぽのようですが、本作の番外編もあるかも、です。

ってか作者さん、礼名視点でも書いてくださいよ、ねっ!



 えっと、以下作者さんの台本セリフです。



 この物語は作者が「なろう」で書いた初めての作品「お兄ちゃんのためなら、鬼にも小悪魔にもなってみせるわ。」(以下「おに鬼」と略)に大変近い設定を持っています。妹がブラコンであること、兄妹の親(おに鬼は母親のみ)と死別していること。血の繋がりに秘密があって実は妹の方が多くを知っている事、語り部は兄であること等々。本作はおに鬼の焼き直しと言われても仕方がありませんが、事実そうです。

「おに鬼」はデビュー作でもあり本作よりプロットなどに時間を掛けたのですが、正直、作者としては消化不良なままで終わりました。そこでその反省を本作にぶつけました。


 本作は「書きたいこと」は一通り書けました。

「作者」の満足度は高いです。

 春に始まり、翌年の悠也の誕生日で終わる。

 その間の一年間の季節や学校の出来事を織り込んでいく。

 これら、「書きたいこと」は書いちゃいました。

 面白いか、よくできているかは別にしても、ともかく書いちゃいました。

 いやあ、こう言うラブコメ書いてみたかったんですよ、作者の願望ってヤツです。

 勿論それは読者様の評価とは別の、書き手の自己満足の話ですけど。


 麻美華の魅力、桜ノ宮さんの気持ち、伝えきれなかったことはたくさんあります。

 読者視点のストーリー展開やスピード感など足りないことも多いと思います。

 コメディと言いながらシリアスでくど過ぎるところも多かったのではないでしょうか。

 それでも、八百名を超える方々にブクマを戴いて、作者は本当に幸せ者です。


 最後まで折れずに書き続けられたのは読んで戴いて、感想を書いて戴いて、メッセージを、レビューをして戴いた皆さまのご支援が全てです。

 本当に心からお礼申し上げます。


 次作は二本が構想にある段階です。

 まだ主人公の名前も決まってませんが、本作で「書きたいこと」はある程度自己満足できたので、次は「もっと楽しんで読んで戴けるように」を目指して頑張ろうと思います。

 是非ご期待戴ければと思います。



 と、台本はここまでです。


 作者はあんな事言ってますけど、次回作なんかどうせ滑るんですよ!

 もっともっとお兄ちゃんとわたしのお話を続ければいいのに!

 だってね、わたしとお兄ちゃん、確かにその、ファーストキッスは、しちゃいましたけど。でもね、ベッドにダイブしたところで終わってるし、結婚もまだだし、麻美華先輩も綾音先輩も諦めちゃいないし、そもそも、今の生活のままふたりとも大学に行くのは困難だって話は全然解決してないんですよ! えっ? そこから先は読者さまの想像力にお任せするところですって? そんなの責任放棄です! 作者の怠慢です! 

 でも、こんな作者に書かれるより、読者さまに想像して戴いた方が幸せになれるかな。


 皆さま、この先のわたしたちの未来を、麻美華先輩や綾音先輩の未来を少しでもいいので想い描いてくださったら、わたしたちはとても幸せです。


 名残惜なごりおしいですが、ご愛顧本当にありがとうございました。

 最後も笑顔でお別れです。

 神代礼名でしたっ!


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