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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第三十二章~終章 お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜くたったひとつの理由
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第32章 第4話

 目の前には礼名、麻美華、そして綾音ちゃんが並び立って。


「お兄ちゃん、はやく出陣の音頭を取ってよ!」

「そうよ悠くん、作戦開始よ!」

「いよいよねっ!」


 恥ずかしいけど三人の期待の眼差しには抗えない。


「さあ出陣だ! みんな元気を出して楽しくやろう!」

「「「お~っ!!」」」


 ピンクのフリルに白エプロン、オーキッドの可愛らしい制服を身に纏う自慢のウェイトレス三人が店を飛び出した。

 あのあと、仕事が待っていると帰って行った倉成壮一郎と入れ替わるように、綾音ちゃんと麻美華は来てくれた。


「警察の許可は取ってるわよ! 気兼ねなく騒げるわ!」

「聖應院の生徒会も動いてくれるから、今日は忙しくなるわよ!」


 ふたりは事前の打ち合わせ通り作戦を進めてくれていた。

 朝十時、ウィッグの開店と同時に礼名の演奏が聞こえ始める。


 Breakout

 とってもお洒落なブリティッシュポップス。


 躍動するリズムにどこまでも突き抜けて止まらないアドリブ。

 先週とは全然違う。

 踊るようにアコーディオンを弾く礼名の笑顔が窓越しでも伝わってくる。


 からんからんからん


「いらっしゃいませ!」

「よう! 礼名ちゃんノリノリだな!」


 入ってきたのは高杉、そして大友王子。

 ふたりの後ろにはバイオリンを持ったふたりの女子。


「なんか色々面倒掛けちゃって、ごめんな」

「いやいや、僕ら聖應院にも願ったり叶ったりの話ですよ」


 僕の言葉に答えながらも王子は窓の外に礼名の姿を追っている。

 分かりやすいやつだ。

 彼らは窓際に座る。


「俺、チャーシュー麵」

「ねえよ」

「じゃあ、普通のラーメン大盛り」

「だからねえって」


 僕が高杉にメニューを突き出すと彼は笑いながら。


「分かってるって。しかし急に路上ライブの出演募集とか、どこでやるんだと思ってたら、まさか神代の店の前とはな」


 オーキッドが営業する週末土曜日曜、この店の前での路上演奏の許可を取った。商店街に繋がる店前の歩道は十分広く、車も滅多に通らない。そこで礼名のアコーディオンは勿論、南峰の軽音部にも吹奏楽部にも、更には聖應院にも声を掛けた。今日から週末この通りは賑やかになる。


「僕はアイスコーヒーで」


 王子はそう言い残すとひとり店を出た。多分礼名の演奏を聴きに行ったのだろう。いや、聴きに行ったと言うより見に行ったと言うべきか。窓の外、礼名の演奏は既に沢山の聴衆を集めていた。但し、予想通りにオーキッドへは誰も入ってこない。だけどそんなことお構いなしに礼名は笑顔で弾きまくる。緊張感溢れるチックコリアの名曲「スペイン」の次はハイホー。こびととたわむる白雪姫のように嬉しそうな礼名の気持ちが音に乗る。


「凄い演奏ですね! ゾクゾクするくらい! わたしたち、大丈夫かな……」

「こんなにウケてる演奏の後はやりにくいね……」


 不安げな聖應院の女生徒ふたり。


「大丈夫ですよ、気楽に楽しんで下さい。この商店街に来る皆さんに少しでも喜んで貰えたら、それで大成功なんですから」


 僕は彼女らのオーダーを受けるとカウンターに戻りお湯を沸かす。

 アイスコーヒーとホットコーヒー、それにレモンスカッシュがふたつ。

 外から戻ってきた麻美華に注文の品を運んで貰う。

 綾音ちゃんは外の通行整理に大忙しだ。


「テイクアウト全然来ないわね」

「……だね」


 暫く麻美華と手持ちぶさたで礼名の演奏を眺めながら。


「本当に楽しそうに弾くわよね、礼っち」

「ああ、完全に弾けてるね」


 最後、オー・シャンゼリゼを弾き終えると大きな歓声が沸き上がった。

 そうして沢山の観衆がバラバラと散り始める。ほとんどはウィッグへ、そして商店街へと流れていく。


 バイオリンを持った聖應院のふたりが店を出ると同時に礼名が戻ってきた。


「お疲れさん」

「やっぱりお客さんはウィッグに行っちゃうね。てへへ」


 だけどそれは予想通りのことだ。

 全然気にしない。

 外からは流れるようなバイオリンの音色が聞こえ始める。

 BGMをオフしている店内にはちょうど良い程度に外の演奏が入ってきて。


 暫くすると。


 からんからんからん


 入ってきたのは月守さんだった。

 今日も黄色っぽいキザなスーツに身を包み、店内をぐるり見回す彼。


「いやあ、何のつもりか知りませんが、おかげさまでうちは大入り満員ですよ。それに引き替えこの店は普段通りに客が少ないですね。路上ライブ? 考えましたね。人を集めてテイクアウトで売り上げようって魂胆こんたんでしょうが、残念ですね」


 勝ち誇ったように言い放つ彼に礼名が笑顔を向ける。


「はい、紙コップで無料コーヒーをお配りいただいて、聴いていた皆さん大喜びでしたね。しかもわざわざうちのカウンターの真横でもお配り戴くなんて。本当にありがとうございます」

「相も変わらず負け惜しみだけは一人前ですね。まあ何をしたって無駄ですよ!」


 月守さんは苦々しげにそう言い捨てると店を出ていく。そうして彼はそのままムーンバックスへと向かっていった。

 そのムーンバックスにはお客さんが戻り始めていた。きっとウィッグがあまりに混雑しているからだろう。


 こうして、演奏許可が下りている夕方六時までオーキッド周辺は活況を呈し続けた。


 日は変わって。

 翌日の日曜日。

 聴衆は更に増えた。

 ネットや口コミで噂が広まったお陰だろう。


井川いがわさん、いらっしゃいませ~っ!」


 薬屋の井川さんは少しすまなそうに。


「凄いね。お陰で商店街は大賑わいだよ。うちも大忙しだ。あ、アイスコーヒー頂戴」


 彼はアイスコーヒーを一気にあおるとすぐに席を立つ。


「この前はホントごめん」


 商店会の投票のこと、気にしてたのかな。


「いえいえ。またお越し下さい」


 気にしてなかったけど、つい笑顔がこぼれてしまう。


 月守さんもやってきた。

 そして、いかにウィッグの売り上げが絶好調か、散々に自慢して帰った。


 ちなみにムーンバックスも売り上げが戻ったと、奈月さんも挨拶に来てくれた。

 オーキッドは、まあぼちぼちだ。

 でも、これも予想の範囲内。


 一週間が過ぎて。

 次の週末。


 予想通りの展開と、予想外の展開が同時に発生した。


「店前の通り、週末は歩行者天国になることが決まりましたよ!」


 こちらは予想通りの展開だ。ただし、思ったよりずっと早かった。さすがは桜ノ宮代議士の愛娘まなむすめ。いつか歩行者天国になればと思っていたのだけど、どこからどう手を回したのか目標達成がやたら早い。

 これで安全にライブを楽しんで貰える。


 そうしてもうひとつ、予想外の展開は。


「これが輸入食品館ウィッグの正体です! 皆さん、騙されないでください!」


 店の前、南峰軽音部の演奏の横でビラを撒いているのはタンクトップにジーンズ姿のメグちゃん。メイドカフェ・シルキードレスで見るしとやかな印象はどこへやら。彼女は大きな声で『輸入食品館ウィッグの悪事を暴く!』と題したビラをいている。彼女の横には仲間が四人。男性三人に女性がひとり。聞けばウィッグに嫌がらせを受けて泣く泣く店を手放した仲間なのだという。


「すみれちゃんにこの状況を聞いて、絶好のチャンスだと思ったんです。わたしたちはウィッグを許しません!」


 少し前まで、店の前で口論が繰り広げられていた。


「久しぶりですね、月守店長! あの時の悪事は絶対許しませんからっ!」

「負け犬ども、こんな事をしてタダで済むと思うな! 営業妨害で訴えてやる!」


 その騒動に周りにいた聴衆は少なからず驚いていた。

 そしてウィッグの裏の顔にみんなが少しずつ気づき始めた。

 ビラが撒かれだしてからと言うもの、間違いなくお客さんが増え始めたのだ。


「このお店のコーヒーは美味しいですね」

「はいっ ありがとうございますっ! うちはコーヒーだけじゃなくってサンドイッチとかパンケーキとかも自信あるんですよ。また是非お試し下さいねっ!」


 ウィッグにはない、うちの良さが少しずつ広がっていくのが実感できる。


 礼名が考えた作戦。

 そう、それは。


「もっと人を集めればいいんだよ! ウィッグに人を取られるんなら、あふれかえるまで人を集めればいいんだよ! 悲鳴を上げるまで人だらけにすればいいんだよ! この店の周りを、この商店街を人でいっぱいにすればいいんだよ! 楽しい街にはきっとみんなが来てくれるよ、そしてわたしたちのお店にも来てくれるよ!」


 もう、作戦なんてものじゃない。

 開き直っただけだ。


「作戦名は『オー・シャンゼリゼ』だよ! 中吉商店街をシャンゼリゼにしてしまえ! だよっ!」


 言っていることは無茶無謀なのだが、しかしそれが少しずつ現実になっていった。


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