第32章 第3話
そうして、土曜の朝が来た。
今日も朝一番のお客さまは高田さんご夫妻。
奥さんにボコられ痛々しい姿の高田さんにモーニングコーヒーを淹れる。
彼はどんなに大きな傷を負っても、礼名が作ったサンドイッチを食べると、まるで何事もなかったかのように回復する。ゲームやギャグマンガのような光景も毎朝見ていると不思議に思わなくなる。慣れとは恐ろしい
「やっぱり美味しいねえ! 礼名ちゃんのサンドイッチを食べるとホント力が沸いてくるよ!」
そんないつもの朝。
「見て、お兄ちゃん!」
窓の外、礼名が指差したのは一台の立派な黒いリムジン。
麻美華か? それとも綾音ちゃん?
今日ふたりが来るのは九時過ぎのはずだ。ウィッグ開店は十時、彼女たちの出番はそれからなのに早すぎだろ。
しかし、車から降りてきたのはそのどちらでもなかった。
からんからんからん
「いっ、いらっしゃいませっ!」
少し緊張気味の礼名にその客人は足を止める。
「お店に入っても構いませんか?」
「勿論ですっ! どうぞこちらへ! お兄ちゃん呼んできますね!」
「いや、いつものようにカウンターでいいかな」
「いらっしゃいませ」
僕は彼、倉成壮一郎にメニューを差し出す。
「ご注文決まりましたらお呼び下さい」
礼名はおしぼりとお冷やを置くと、カウンターの中へ戻ってくる。
「キリマンジャロで」
そう言った彼は立ったまま。
「礼名さん、いつもありがとう」
「あっ、いえいえ。どうぞお掛けください」
椅子に座った彼は店の中をゆっくりと見回していく。
「お兄ちゃん、コーヒーカップはこれだよ!」
「ああ、そうだった」
彼に聞こえない小さな声で礼名に肯く。
そうして前を向くと、彼は僕を見ていた。
「線香をあげさせて貰えないかな」
突然の言葉に一瞬答えに詰まる。
彼の問いに答えたのは礼名だった。
「はい、是非お願いします」
にこり笑顔でそう言うと、彼を家の中へ案内する。
やがて。
コーヒーが入ったのと同時に彼は戻ってきた。
「正月はお年玉ありがとうございました。このカップはそのお礼です」
僕は彼専用に買っていた欧州製の超お高いコーヒーカップをカウンターに置く。
「キリマンジャロです」
彼は一瞬驚いたが。
「気にしないで良かったのに。でも、ありがとう」
今日、彼は線香をあげに来たのだろうか。
礼名が全てを知ったこと、きっと麻美華から聞いたんだ。
そんな彼はコーヒーカップをゆっくり眺めると、一口啜る。
「あの、ひとつ伺っても宜しいですか?」
彼が一口飲み終えると同時に礼名が声を掛けた。
「ここのお店には昔よく来られてたんですか?」
えっ?
昔?
しかし、僕の疑問をよそに倉成壮一郎は苦笑いをしながら。
「その通りですよ。もう十八年以上も前のことだけどね」
「やっぱり…… そうだったんですね」
「礼名、それはどう言うことだ? 何の話だ?」




