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第31章 第3話

「かっ、桂小路!」

「えらく長いこと手を合わせておったな。けっこうけっこう。君の実の親でもないのに偉いぞ!」


 ひょろりと痩せて、歳の割に妙に髪の毛がフサフサのご老体。

 背広姿でそこに立っていたのは桂物産会長、桂小路徳間かつらこうじとくまその人だった。


「失礼なことを言わないでください! 父さんと母さんは僕を大切に育ててくれました。僕の大切な両親です!」

わしの大切な一人娘でもあったんじゃが。君の言うその父さんの所為せいでこんな事になってしまった」

「何を言ってるんですか! 母さんは幸せでしたっ!」


 桂小路を睨みつける。

 桂小路も忌々しそうに僕を睨むが、やがて。


「ところで、礼名はどこじゃ?」

「礼名は……」

「さては礼名に愛想を尽かされたかの?」

「……」

「図星のようじゃな!」

「ちっ、違います」


 だが、桂小路は薄ら笑いを浮かべさげすむように僕を見下す。


「礼名に愛想尽かされましたと、その顔に書いてあるわ。まあいいじゃないか、君には倉成財閥のお嬢さまがいるのじゃろ? 悠也くん、わしは君を歓迎するぞ。礼名とふたりで戻ってきてはどうじゃな?」


 あの探偵社への依頼は彼の仕業しわざに違いない。

 どうせ僕と麻美華が親密な仲だと言う報告を見て、倉成との縁が作れるとでも踏んだのだろう。


「いやです」

「しかし君と礼名は赤の他人。その礼名の気持ちも君を離れたのならふたりで生活なんか出来ないのじゃないか?」

「礼名は僕を信じてくれてますっ!」

「信じる? 笑わせるでない。そもそも血の繋がらない年頃の男女がひとつ屋根の下で暮らすなど許されない事じゃ。そうは思わんか?」


 彼の理屈は、ことこの部分に関しては、残念だけど正しい。

 僕もそのことをずっと気にしてきた。だからこそふたりは血の繋がった兄妹だと言い通してきたんだ。


 黙り込んだ僕に桂小路が畳みかける。


「君と礼名は赤の他人じゃ。礼名の幸せを考えるのならふたり揃ってわしの元へ来い。聞くと礼名は生活するためだけに日々窮々としているそうじゃないか。礼名はピアノの才能にも優れ、一流奏者への道もあったと聞くが、それも君が閉ざしてしまったのじゃろう?」

「……」

「国際コンクールにも入賞し前途洋々たる礼名から、君はピアノまで奪い取り売り払った。一生懸命打ち込んできた大切な物を奪われた礼名の心中やいかほどだったろうな」


 言葉が出ない。

 桂小路への怒りよりも、自分への猛烈な自己嫌悪と後悔が襲ってくる。


「中吉らららフレンズじゃったかのう? 地元商店街のローカルアイドルもやっているようじゃが、そんなことをせずとも礼名には超一流プロダクションからデビューの話が来ていたのではないか? それも君が断念させた。礼名は常に君の犠牲になっておるのじゃないか? 娘の聖名せいなもそうじゃった。平凡な男に騙され貧乏に身を落とした」

「父を悪く言わないでください!」

「君の実の父親では無かろう? 君は私生児じゃよな? しかも父親の名すら分からないのじゃろう? だったら儂がちゃんと面倒を見てやろう。なあ、どうじゃ。礼名とふたりうちへ来んか? それが礼名のため、そして君のためじゃ」


 こんなヤツに面倒を見てもらうなんてイヤだ。真っ平御免だ。

 だけど、礼名の幸せを考えたら。

 生活に四苦八苦し、貧乏に振り回される今の生活を考えたら。

 桂小路の提案は考えなくてはならない選択肢……


 僕はそう考えて来た。

 そう、昨日までの僕なら迷っていた。

 だけど、もう迷わない。




「お断りします。礼名はこの僕が幸せにしてみせます!」




 みるみる桂小路の顔が真っ赤になる。

 言った僕も、顔が熱くなる。

 自分が何を言ったのか、言った後に気がついた。


「ふざけるでない! 貴様は自分が何を言っているのか分かっているのか!」

「分かってます! 分かって言っているんです!」

「高校生の分際で、拾われた身の分際で! 貴様など礼名に相応しくない!」

「だけど気持ちは、彼女を愛する気持ちは絶対誰にも……」

「気持ちで生きていければ苦労はせん! この疫病神やくびょうがみが!」


 もうこの場にいる必要はない。

 と言うか、早くこの場を去りたい。

 僕は軽く会釈をすると足早に彼の横を通り抜けた。


「逃げる気か!」

「くっ……」

「何も言わず逃げるとは、卑怯者のすることじゃ!」

「ぐ…………」

「卑怯者でなければ儂の言うことを聞け!」


 悔しい。

 言い返したい。

 今に見ていろと言い返したい。

 だけど、現実はやつの、桂小路の言う通り……


「…………」


 と、人の気配がして。


 伏せていた目をあげた、その先に。

 手に花を持ったひとりの少女がじっとこちらを見つめていた。



「お兄ちゃん…… 遅くなりました!」

「礼名!!」


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