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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第三十章 ふたりで戦います
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第30章 第3話

 店内はガラガラに空いていた。

 それはもう可哀想を通り越して清々しいほどに。


「いらっしゃいませ~っ!」


 ヒマそうにしていた店員さんが僕たちを見るや嬉しそうな顔を向ける。


「えっと、僕はブレンドをレギュラーで、礼名は?」

「わたしも同じ」


 コーヒーを受け取ると窓際の席に座った。

 礼名は僕の向かいに腰掛けハチミツをシナモンでかき混ぜる。


「いらっしゃいませ。これ、新製品のマロンラテです」


 店頭で試飲カップを配っていた奈月店長がやってきた。


「あれっ? さっきまで外にいませんでしたか?」

「ええ。だけどおふたりが来てくださったのでお持ちしました。はい、お試し下さい」


 試飲カップをテーブルに置いた奈月店長は店内に目をやる。

 広い店内に僕ら以外の客はたったの二組だけ。


「ご覧の通りの有様です。ウィッグはあの盛況ぶりなのに」

「なあに、すぐに元に戻りますよ。何と言っても世界のムーンバックスじゃないですか、ネームバリューはピカイチですし」

「そうでしょうか?」


 奈月さんは自嘲気味な笑いを浮かべる。


「わたしもこの店を預かる店長ですから色々考えました。ウィッグの出店でオーキッドさんも大変でしょうが私共ムーンバックスも大打撃を受けると思っています。それは……」


 彼女はみっつの理由を語った。


 ひとつめ。ムーンバックスは待ち合わせや時間合わせに使われることが多いが、それはウィッグの得意とするところでもあること。しかも敵はタダだ。


 ふたつめ。ムーンバックスにはオーキッドのような固定客は少なく店員と客との繋がりもほとんど無いこと。だから近くに代わりの店が出来れば未練無く捨てられてしまう。しかも敵はタダだ。


 そしてみっつめ。

 これは僕が想像してなかったことだが、月守さんはムーンバックスに恨みを持っていると言う。だから敵はオーキッドだけでなくムーンバックスも潰しに来るだろうと。


「去年、ムーンバックスがオーキッドを潰せなかったのはわたしの所為せいだと彼は思っています。彼の失敗はわたしの所為だと。彼はそんなわたしに、そして彼を捨てたムーンバックスに復讐をしに来たのです」


 そんなの逆恨みもいいところだ。

 だけど、月守さんは彼女にそう語ったという……


 勿論奈月さんもただ手をこまねいている訳ではない。

 ムーンバックスの武器はバラエティに富んだ商品とその美味しさだ。だから今も新製品のアピールをしていたのだと言う。


「今のところはウィッグの一方的勝利ですけど、すぐに巻き返してみせるわ」


 最後に彼女は笑顔を残してまた試飲カップを配りに店を出ていった。


 窓の外を眺める。

 ウィッグは大繁盛、たくさんの人が出たり入ったり。だけどこの店にはさっきから誰も来ていない。


「思ったより深刻だね」


 礼名が店内を見回して声を潜める。


「まあ、今日はウィッグの開店日だからね。暫くすると戻ってくるんじゃないかな。ムーンバックスのブランド力は凄いから」

「そうだったらいいけど。だけどあんなに人がいるのにこっちに休憩に来る人はいないんだよ。ウィッグは自分の店の中で完結してるんだ……」


 確かに。

 僕らは暫くウィッグの盛況ぶりを眺めると商店街の様子を見に行った。

 今日は平日の金曜日。

 なのに商店街は賑わっていた。


「高田さんも忙しそうだね」

「うん。商店街に人が流れてきてるね。プティフォンティーヌも人が多かったし、コム・ラ・ルーニュだってそうだ。まるで休日みたいだな」


 喜ぶべきところだけど微妙な気分。


「いつまでもこんな活況だったら商店街は万歳だね」

「いつまでも続くかな?」

「商店街にとっては続いた方がいいけどね……」


 礼名はウィッグにもっと悪辣あくらつな言葉を投げつけるとばかり思っていたが冷静に状況を見ている。確かに商店街にはいい影響があるようだ。しかしムーンバックスは大打撃をこうむっている。オーキッドはどうなるのだろう? それは明日を待てば分かるのだが……


          * * *


「お父さんお母さん、わたしたちを守って下さい」


 その夜、仏壇に手を合わせながら礼名が祈りを捧げる。

 この夜が明ければウィッグとの対決の日。

 そのウィッグは今日一日大盛況だった。

 一方、斜め向かいのムーンバックスは閑古鳥が鳴き放題。ライバル店ではあるが、とても見てられない惨状だった。


「さて、今日の晩ご飯はカツ丼だよ。縁起を担いでみたよっ!」


 仏壇の前から立ち上がった礼名はいつもの笑顔を僕に向ける。

 そんな礼名を見ていると沈みがちな気持ちもふっと楽になる。


「いよいよ明日だね」


 台所に立ちコンロに火を付ける礼名。

 ピンクのワンピに純白のエプロン、店の制服がよく似合う彼女は清楚さと華やかさを兼ね備えて、また僕の胸の鼓動がレッドゾーンまで高鳴っていく。

 少女から大人の女へと変わっていく彼女は日々その魅力で僕を虜にして止まない……


「お兄ちゃんどうしたの? わたしの顔に何か付いてる?」

「あ、いや。何でもない」


 いけない。

 自分の妹に見惚みほれてどうすんだ!


「新メニュー、どれくらい売れるかな?」

「太田さんと細谷さん、それと倉成さんと綾音ちゃんには出るんじゃないか?」

「えっ? 麻美華先輩と綾音先輩、明日来るの?」

「来ると思うよ。来るなって言っても来てくれると思うよ」

「……だよね」


 やがて、カツ丼が運ばれてくると礼名と手を合わせる。


「なあ、今回は倉成さんや綾音ちゃんにも頼んで総力戦で戦わないか?」

「ダメだよ。オーキッドはお兄ちゃんと礼名のお店だよ。ふたりで勝たなきゃ意味ないよ」


 礼名はかたくなに応援を拒む。

 しかし、今回はそう簡単には勝てそうにないのだけど……


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