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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第三十章 ふたりで戦います
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第30章 第1話

 第三十章 ふたりで戦います


 ついに輸入食品館ウィッグ開店の日がやってきた。

 今日は金曜日、僕らの店は休みだからじっくり敵情視察を決め込む。

 敵の開店は十時。なのに七時過ぎには慌ただしく人々が出入りを始める。


「いよいよだね。きっとこれが桂小路との最終決戦だね」


 礼名の言葉に小さく肯く。

 真新しいウィッグの店舗は深いグリーンを基調にまとめられていて、巨大な看板がどこからでも見えるように高く掲げられている。

 一方、僕らのカフェ・オーキッドは母が始める前からここにある。


 築二十五年。

 そんなに古くはないけれどウィッグに比べるとみすぼらしく見える。


 勿論僕たちも手をこまねいていた訳ではない。

 この春休み、看板や壁をペンキで塗り直した。

 僕の日曜大工だから仕上がりはご愛敬だけど、以前よりはよくなった。

 でも今、こうしてみると豪華客船の横に並ぶタグボートみたいだ。


 見た目は完敗。

 でも勝負はそこじゃない。


「メグさんのためにも頑張ろうね!」

「ああそうだね」


 先日墓参りの後、僕らは市の中心街でウィンドウショッピングをした。

 ウィンドウショッピングと言えば聞こえはいいが、要は金がないから見るだけで買ったつもりになっていただけだ。その上カタログとかパンフとか無料冊子は貰いまくった。特に旅行パンフは見るだけで行った気分になれる優れもの。ああ、貧乏に栄光あれ!


 そうして、さんざん繁華街をしゃぶり尽くした僕たちは田代すみれちゃんがバイトするメイド喫茶に立ち寄った。


 メイドカフェ・シルキードレス。


「お帰りなさいませ~、ご主人さま、お姫さま~っ!」


 しかし運悪く礼名の親友すみれちゃんはオフの日。

 笑顔で出迎えてくれたのは栗色の長いポニテのメグちゃんだった。


「美味しくなあれっ、萌え萌キュン!」


 お店はさほど混んでなく、僕たちは彼女とゆっくり話ができた。


「すみれちゃんから聞いたんですけど、お店の近くにウィッグが出来るって?」

「ああそうなんですよ。近くって言うか、もうピッタリお隣、なんですけどね」

「やっぱりコーヒー豆の取引変更を拒否ったから、とかですか?」

「いいえ、そんな話じゃなくってもっと根が深いと言うか……」


 隠す必要はない、僕は簡単に事情を説明した。

 ウィッグの親会社のオーナーが母の実家であること。そして僕たちの自由を奪おうとしていること、を。

 ウィッグの嫌がらせで働いていた喫茶店を閉店に追い込まれた経験があるメグちゃんはその話を聞いて相当驚いていたが、やがて独り言のように呟いた。


「目的は違ってもやり口は同じですね。許せません……」


 彼女は近いうちに僕たちの店に来てくれると言ってくれた。勿論大歓迎しますよと言って僕たちは店を出た……


「おや、おふたりさん。こんな朝早くから敵情視察ですか?」


 はっと我に返ると目の前にキザっぽくリーゼントを決めたスーツ姿の男が立っていた。ウィッグ中吉店支配人の月守つきもりさんだ。


「あっ、月守さん。開店おめでとうございます」

「どういたしまして」


 一緒に挨拶した礼名も警戒した顔で彼を見ている。


「オーキッドさんも改装したんですね。日曜大工ならぬ春休み大工ですか? 素人丸出しの、な~んちゃって改装、ですね。無駄毛な抵抗…… もとい、無駄な抵抗とはこういうことを言うんですよ」

「無駄かどうかは結果を見てから言って貰いましょうか!」

「ふん。威勢だけはいいですね。だけど負けて絶望したからってふたり揃ってジャパニーズ切腹とかはやめてくださいよ。おふたりには桂小路家という立派な後ろ盾があるのですから。あ、礼名さん、気が変わったらいつでも言ってくださいよ。店員に言って貰えばいつでもお会いしますから」

「そう言うことは絶対にありません! お気遣い無く!」

「まったく気が強いお嬢さまだ……」


 口元を吊り上げニヤリ僕らを見下ろすと彼は手を上げ去っていく。


「ぐぬぬぬ…… 本当に腹が立つよね。頑張ろうね、お兄ちゃん! あんなヤツもう一度八つ墓村店にぶっ飛ばしてやろうよ!」

「だからどこにあるんだよ、その八つ墓村って」

「インド洋に浮かぶ南海の楽園と呼ばれる寒村だよ」

「南海の楽園なのに寒村なんだ」


 聞く度に場所が違う八つ墓村。マジで一度行ってみたくなった。

 そんなたわいもないことを考えていると、また声を掛けられる。


「よっ、悠也くんに礼名ちゃん、朝から偵察かい?」


 大きな体をのっしのっしと揺らして近づいてくるのは肉屋の三矢さんだった。

 彼は頭を下げる僕たちに一枚のチラシを差し出す。


「はい、今朝入ってたチラシだよ、ウィッグの」


 通常の倍の広さはあるそのカラー広告を受け取る。


 【あなたのウィッグ中吉店 本日10時オープン!!】


 大きな文字が躍る。


「いよいよだね」

「そうですね」


 三矢さんは硬い表情のまま開店準備に慌ただしい三階建てのウィッグビルを見上げる。


「あの、三矢さん。例の件はどうなりましたか?」

「ああ、ムーンバックスさんとの共同提案の件ね、明後日の日曜日に商店会を開くことになったよ」

「ありがとうございますっ!」


 礼名の言う例の件、とは。

 輸入食品館ウィッグは各種の輸入食材を売ることを生業なりわいとする。けれども試飲エリアなる無料の喫茶コーナーは僕らの店にもムーンバックスにも影響甚大でやり過ぎとしか言いようがない。もしウィッグがそんな営業をするのであれば、商店会として行動を起こして貰うようにムーンバックスの奈月さんと連名で提案をあげたのだ。商店会の店舗は互いに共存共栄の道を模索すべきだ。僕たちの要求は極めて正論だ。


「時間は夜の九時半から公民館でね」

「はい、よろしくお願いしますっ!」


 軽く手を上げ、三矢さんはまたゆっくりと歩いて行った。


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