第29章 第4話
僕は「うん」とは言ってない。
何ひとつ肯定していない。
僕と礼名は血の繋がった兄妹で、麻美華とは赤の他人、そうとしか言っていない。
だけど、僕は咄嗟にボロを出してしまった。
「だってさっきの歌い方なんてホントそっくりだもん! 実はね、先日麻美華にも聞いてみたのよ、ふたりはどんな関係かって」
「で、麻美華は何と言ったの?」
「えっ? 麻美華?」
「あっ、いや、その、倉成さんは何て……」
「ねえ悠也さん。本当のところ、麻美華とはどんな関係なの?」
大失敗だ。
僕はしどろもどろになりながら言い訳したけど彼女は確信したようだ。僕と麻美華の間には何か秘密があると。
ちなみに、綾音ちゃんの問いに麻美華はいつもの如く「席が隣の特別な仲よ」と答えたそうだが。
「不思議に思ったのよ。一年前、あのプライドが高い麻美華が自分から男の人に声を掛けるなんて。そんなに悠也さんに一目惚れしたのかって。だけど麻美華が悠也さんを見る目は何か少し違う気もして……」
「単なる上から目線だろ?」
「まさか本当にご兄妹、とか??」
思いがけない展開。
「そんなことあるわけないじゃん!」
力一杯否定する僕の言葉は、しかし彼女の疑念を晴らしはしなかった。
「ごめんなさい変なこと聞いて。だけどまさかね……」
何を考えたのか、彼女は大きな溜息をついた。
そんなこんなで。
カラオケが終わって。
みんなと別れて家はもう目の前。
どうしよう。
このままじゃまずい。
綾音ちゃんにも気付かれたのに礼名だけが知らないなんて。
早く全てを告白しなくちゃ。
僕の口からきちんと話さなきゃ。
「おかえりなさい、お兄ちゃん!」
家に帰ると、礼名はいつもの笑顔で僕を出迎えてくれた。
だけど彼女の屈託のない笑顔を見ると、実は僕らには血の繋がりがありませんでした、だなんて、そんなこと簡単に言えるわけがない。
「ただいま。遅くなってごめんな」
「大丈夫だよ、礼名にはお兄ちゃんの次に楽しいおもちゃが出来たから!」
「僕はおもちゃか!」
今まで弾いていたのだろう、彼女はテーブルのアコーディオンに目をやる。
「ごめんなさい間違えました。礼名がお兄ちゃんのおもちゃになります」
「またそんなことを言って! 父さんと母さんが泣くぞ!」
「泣きません! きっと喜びます! お兄ちゃんとわたしを祝福してくれますっ!」
礼名は台所に立つと夕食の準備を始める。
「今日はステーキだよ!」
「やった、ステーキか!」
夕食は鶏もも肉のステーキだった。醤油をベースにしたタレで戴く。我が家でステーキと言えばこれだ。間違ってもビーフではない。
「ところでお兄ちゃん、明日はどうするの? お墓参りに行く?」
明日から春休み。
平日はオーキッドも休みなので自由に時間が使える。
「そうしよう。お彼岸にいけなかったからな」
丁度いい。
明日礼名にふたりの関係を打ち明けてしまおう。
「じゃあ帰りに繁華街にも寄って帰ろうよ! あっ、別に買いたい物があるとかじゃないんだけどさ、お兄ちゃんとデート、みたいなさ……」
勝手に頬を赤らめる礼名。
僕は鶏肉を頬張ると仏壇の斜め上に掛けられた両親の遺影を見上げる。
……父さん母さん、僕は明日、ふたりの関係を礼名に打ち明けようと思います。麻美華とのことも。いいですよね…………
「えっ!!」
思わず目をこすった。
それは、優しく微笑む写真の母さんが急に悲しげな顔をしたから。
「あ…………」
「どうしたのお兄ちゃん!」
「あっ、いやその……何でもない……」
* * *
翌日。
墓の前に並んで手を合わせる。
「お久しぶりです、お父さん、お母さん」
長いこと手を合わせていた礼名が顔を上げて僕を見る。
「そう言えば正月には桂小路が湧いて出たんだよね」
「湧いて出たって、まるで虫だな」
彼女は笑いながら供えたばかりの花をもう一度整える。
よく晴れた、うららかな春のお昼前。
上着を脱いで丁度いいくらいのポカポカ陽気。
「お兄ちゃん、お腹空いたね」
「うん」
結局僕は彼女に秘密を話していない。
あの時、写真の母が悲しげに見えたのが気になって。
悠也、それは言わないで! と言われたようで。
僕は何かを間違えているのか。
「はい、お弁当のサンドイッチだよ」
「お墓でご飯って生まれて初めてだよ」
「ピクニック気分でいいじゃない? 墓場って言ってもこんな昼間からは何も出てこないでしょ」
「ゾンビとかドラキュラとか?」
「いや、普通にお化けのことだけど」
ハムサンドを頬張る。
墓場で喰っても礼名のサンドイッチはやっぱり美味い。
「お父さんもお母さんも一緒だね。久しぶりにみんな一緒にご飯だね」
両親の墓にもサンドイッチをお供えすると礼名は自分もランチボックスに手を伸ばす。
そうしてそれを頬張ると嬉しそうに僕を見る。
「お母さんのサンドイッチと礼名のと、どっちが美味しい?」
「う~ん、言われてみれば同じ味だな。お母さんのも美味しかったけど礼名のも美味しい」
「ホント? 嬉しいなっ! 礼名のサンドイッチはお母さん直伝だからねっ!」
礼名は本当に家族思いだ。
両親がいた頃は気付かなかったけど、気に入ってたんだろうな、あの頃の生活が。
「お兄ちゃんはお父さんとよく将棋してたよね」
「そうだったな。結局平手では一度も勝てなかったけどね」
「礼名は勝ったことあるよ! 初手から大陸弾道飛車がいきなり炸裂したんだよ! 王さまゲットだよ!」
「いやそれルール違反だから」
「お父さんも「礼名には勝てないな~っ」って笑ってくれたよ」
ふたりは想い出話に花を咲かせる。
「礼名は母さんと店に立つのが好きだったよな」
「うん! お母さんは優しくて、お父さんとも仲が良くって……」
「楽しい家だったなあ。でも変わってしまったよな、父さんと母さんが亡くなって」
「そんなことないよ! お兄ちゃんがいてくれるじゃない! わたしと仲良くしてくれるじゃない!」
右手にサンドイッチを持ったままそう言った礼名は僕と目が合うと微かに微笑んで。
「ずっと続けばいいな」
「……」
やがて、ランチボックスが空になると僕らはもう一度線香をあげた。
「じゃあお父さん、お母さん、また来ます! これからお兄ちゃんとデートです!」
並んで合掌するとふたりはお墓を後にした。
第二十九章 完
第二十九章 あとがき
いつもご愛読ありがとうございます。桜ノ宮綾音です。
ついに三学期も終わってしまいました。
この物語が始まって一年が経ったことになります。
この一年間、色んなことがありました。
ご両親が亡くなって部費も払えないと言っていた悠也さん。
礼名ちゃんの協力もあってコン研は辞めずに続けてくれましたけど。
生徒会にも巻き込まれて大変な一年だったみたいです。
大変と言えば、あたしの父が学校に圧力を掛けて悠也さんご兄妹の暮らしにピリオドを打たせようとしたこともありました。だけどそんな父の選挙の劣勢を跳ね返すのに力を貸してくれたのが悠也さんと礼名ちゃん。ふたりには感謝してもしきれません。
しかし、そんな悠也さんと礼名ちゃんにあんな秘密があったなんて。
ずっと前から変だと思っていたんです。礼名ちゃんの態度も悠也さんの態度も。だけど桂小路さんの妙な言い回しでピンと来ました。全てが結びつきました。あたしの理解は間違ってませんよね?
勿論ふたりはあたしの大切なお友達、今まで通り応援しますけど……
さて、まだ懲りずに続けるそうです。
恒例のお便りのコーナーです。
こちらはペンネーム、ららら武人くん、中学二年生の方です。
麗しい綾音お姉さま、こんにちは。
……嬉しいですね。はい、こんにちは。
ところで僕には凄く気になる事があります。
……なんでしょう? 何でも聞いてください。
それは、その、毛、なんです。
……毛?
生えてきたんですよ、毛が。
どんどん伸びてきます。
一度剃ったんですけど、より硬くなってまた伸びてきました。
凄い剛毛です。
これ、放っとくとパンツを突破して短パンからはみ出すんじゃないでしょうか?
そこで質問なんですが、これって伸びてきたら床屋さんでカットして貰えばいいんですか? 僕は今まで何度も床屋さんに行きましたが、あそこをカットしている人も、勿論パーマ掛けてる人も見たことがありません。
これって自分でカットするんですか?
専用のハサミとか売ってるんですか?
切り方ってあるんですか?
流行のスタイルってあるんですか?
お願いです、教えてください。
僕のパンツが毛で溢れかえる前に知っておきたいんです。
ってな質問ですけど。
えっと、花も恥じらう女子高生に向かってなかなかイカす質問ですね。
ららら武人くんさん、安心してください。
そこの毛は一定以上には伸びません。
どうしてかって? そんなのあたしも知りません。ともかく伸びないんです。
眉毛だってそうでしょ? ボウボウに伸びまくる眉毛なんてないでしょ?
多分、毛の寿命が髪の毛とかより短くて長くなる前に抜けちゃうんですよ。
だから剃ったり切ったりパーマ掛けたりって、そんな、この話の作者が中学時代にやった愚行はマネする必要がありません。心配は無用ですよ。安心してボウボウに伸ばしてください。
ってもう、全く何というお便りなんでしょう!
作者さん、これってもしかして昔のあなたの疑問をお便りにしたんじゃないですか?
えっ、何ですか? 早く次にいけ? さては図星だったんですね……
では、次章予告です。
遂にウィッグがその秘密のベールを脱ぎました。
開店記念セールで盛り上がる輸入食品館ウィッグ。
しかしその開店により致命的なダメージを受けたのは……
次章『みんな綾音に首ったけ 恋のダイアル6900』もお楽しみに。
あなたの桜ノ宮綾音でした!
って、作者さん、
あたしがあとがき当番の時は、下ネタやめてくださいよ~っ!




