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第29章 第2話

 翌日。

 気持ちよく晴れた土曜日の朝。

 ウィッグ開店までもう一週間を切った。


「オーダー入りま~す! チョコレートパフェふたつ~!」


 狭いオーキッドはいつものように賑わっている。

 このところは暖かく、お客さんの服装も春らしい軽装に変わってきていた。


「なあ礼名、太田さんと細谷さん、今日は洒落しゃれ込んでるね」

「そうだね。今からふたりでショッピングだって」


 彼女たちの服装は気合い一杯だった。パチンコするのにお洒落は必要なく普段はラフな格好ばかりだから今日の異変にはすぐに気が付いた。


「何をショッピングするんだ?」

「イケメンらしいよ」

「やっぱり」


 合コンかデートか知らないけど男絡みって訳だ。頑張ってくださいね、おふたりさん。

 そんなことを考えながらチョコパをふたつ作っていると店の扉が開いた。


 からんからんからん


 入ってきたのはキザっぽいスーツを着た長身の男性。

 それは久しぶりに見る顔だった。


「いらっしゃいませ~っ…… って…… 月守つきもりさん?」


 前近代的リーゼントスタイルをイヤミったらしく決めてキザな笑みを浮かべた彼こそ、元ムーンバックス地域統括マネージャー・月守秀貴つきもりひできその人だった。

 斜め向かいのムーンバックスを使って僕たちを苦しめ、ムーンバックスの奈月なつき店長までをも苦しめて、最後は倉成銀行の圧力で左遷されたはずの月守さん。そんな彼が何故この店に?


 彼は店内をぐるり見回すと真っ直ぐカウンターへと歩み寄ってきた。


「やあ、久しぶりですね、神代悠也さん」

「そうですね……」


 様子を伺っていた礼名がおしぼりとメニューを差し出す。

 暫くメニューを見ていた月守さんは普通にモーニングセットを注文した。


「サンドイッチとフレンチトーストをお選びいただけますが?」

「じゃあサンドイッチ」


 そして店内を見回すと頬杖をついて黙り込んだ。

 僕はコーヒーを淹れながら何を話しかけようかと考えるけど、昔のこともあってなかなか話題が見つけにくい。礼名も同じなのだろう。黙々とサンドイッチを作る。


「お待たせしました、モーニングセットです」


 彼は黙ってサンドイッチを頬張るとコーヒーに大量の砂糖をぶち込む。

 やがて。


「しかし、あの時は参ったな。まさか君のバックに倉成財閥が付いていたなんて」

「何を言ってるんですか? 僕のバックなんて何にもありませんよ」

「ウソ付いちゃ困りますねえ。倉成銀行の頭取自らムーンバックスにプレッシャーを掛けに来たんですよ! お陰で俺はひどい目に遭いましたよ。まったく君の彼女が倉成のお嬢さまだったなんて……」


「いや、勘違いしないで下さい! 彼女は店を手伝ってくれただけで別に彼女って訳じゃ……」

「いいっていいって隠さなくったって」


 ニヤニヤと笑みを浮かべ手をヒラヒラ振る月守さん。

 しかしそれ、どこからの歪曲情報だ? 勘違いは困る。

 そんなことを言ったら礼名の口先くちさきマシンガンが派手に火を噴いて……

 って、あれ? 礼名が火を噴かないぞ?


「いつもあれですよねえ、倉成のお嬢さんと一緒にご飯食べたり学校帰りのデートしたりしてるんですよねえ! 分かってるって!」

「な…… 何言ってるんですか。それは同じ学校で生徒会活動も同じだからで……」

「いいなあ、青春って…… うん、安い割にはそこそこじゃなですか、サンドイッチ」


 さっきから月守さんはニヤニヤしっぱなし。

 そして礼名は黙ったまま。

 おかしい……


「それに引き替え礼名さんはつまらない毎日みたいですねえ?」

「えっ?」


 急に話題を振られ、グラスを拭く手を止める礼名。


「浮いた話のひとつもないんでしょう? 何ならご紹介しましょうか、いいとこのボンを」

「何を言っているんですか? わたしは毎日浮きまくりですよ? 朝は早くからお兄ちゃんとイチャイチャ、夜も遅くまでお兄ちゃんとイチャイチャですよ?」

「ふうん、そうなんですか? そのお兄さんは倉成のお嬢さまとお熱いのではないですか?」

「違いますっ! お兄ちゃんはこのわたし一筋に十七年なんですっ!」

「あれっ? おふたりはご兄妹、ですよね? それとも実は血の繋がりがないとか?」


 僕は言葉に詰まる。

 彼は何を考えてるんだ?

 どこからか情報を手に入れているのか?


「なっ、何を仰るんですか! 失礼なことを言わないでくださいっ!」

「そうですね、失礼しました」


 月守さんはあっさり折れるが、しかし余裕の表情を浮かべたままコーヒーを飲む。


「ふう。気がついてると思いますが、とある大手商社の会長さんが色々と教えてくれるんですよ。おじいさんはねぎらないといけませんねえ、おふたりを心待ちにしているみたいですよ」

「……」


 彼は残ったサンドイッチを頬張る。そうしてゆっくりと激甘なコーヒーを飲み干した。


「じゃあまたお会いしましょう」


 おもむろに代金をカウンターに置くと席を立つ。


「ありがとうございました」

「あっ、そうそう。申し遅れました。これからよろしくお願いしますね」


 彼はスーツの内ポケットから一枚の名刺を取り出し僕に突き出した。

 そうして、その名刺を見て驚く僕を一瞥いちべつすると店を出ていった。



  輸入食品館ウィッグ中吉店

  支配人 月守秀貴つきもりひでき



          * * *


「月守さんは僕らのこと怨んでるだろうなあ……」

「だけどあれは月守さんが悪かったんだよ! 奈月さんだって酷い目に遭ったんだよ!」


 店が終わるとふたりカウンターに並んで座る。


「奈月さん、困ったことになるって焦ってたよ」


 彼が帰った後、礼名はムーンバックスに店長の奈月さんを訪ねていった。

 礼名が彼女を訪ねた理由はふたつ。

 ひとつは月守さんがウィッグの支配人として来ることを教えてあげるため。

 そしてもうひとつは去年ムーンバックスの地域統括の座を追われた彼がその後どうなったかを聞くためだ。


 奈月さんは笑顔で礼名を迎えると店の休憩室でコーヒーを出してくれたらしい。

 そしてウィッグの店長が月守さんだと聞くや椅子から飛び上がって「なんじゃそりゃあ~っ!」と絶叫したそうだ。


「それでね、月守さんについて色々教えてくれたんだけど……」


 彼女の話によると彼はメインバンクの機嫌を損ねた責任を問われ八つ墓村店へ左遷となったそうだが、その辞令を受け取ることなくムーンバックスを去ったと言う。


「なあ礼名、その八つ墓村ってどこにあるんだ?」

「インドとスリランカの国境あたりにある寒村らしいよ」


 以前の説明と微妙に違う気がする。しかもそれだと海の上にあるような気もするが、まあいいか。


「奈月さんの話では事実上のクビだって。その後のことはあまり知らないらしいけど、風の噂ではウィッグに再就職してあくどいことをしていたって」

「まあウィッグの店長が誰であれ僕たちは頑張るだけだけどね」


 頬杖をつき天井を見上げていた礼名は、僕の言葉に小さく呟く。


「そうだね。しかし、月守さんって桂小路と繋がってるんだよね。なんだかイヤだなあ……」


 確かにそうだ。

 いや、それだけじゃない。

 今日彼が来て話した内容は桂小路すら知らないようなことも含まれていた。

 まるで僕らをずっと隠れて見ていたかのような……


「そろそろわたしご飯の準備をするね。お兄ちゃん、お店の電気消すのよろしくね」


 そう言うと礼名は家の中へと入っていった。


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