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お兄ちゃんとの貧乏生活を守り抜く99の方法  作者: 日々一陽
第二十八章 とある中古の鍵盤楽器
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第28章 第1話

 第二十八章 とある中古の鍵盤楽器アコーディオン



 輸入食品館ウィッグ中吉店

 オープニングセール開催決定!!


 コーヒー豆 全銘柄30%オフ!

 輸入チョコレート 30~70%オフ!

 イギリス有名バタークッキー 50%オフ!

 ……

 ……


 広い店内でゆっくりお買い物。

 休憩スペースにはたっぷり美味しいコーヒーもご用意します。

 輸入食品館ウィッグ中吉店に是非ご期待下さい!


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「お兄ちゃん、礼名にも見せて!」


 手にしたチラシを礼名に手渡すと、僕は三矢さんの視線に我に返る。


「あっ、すいません。ご注文まだお伺いしていませんでしたね」

「気にしない気にしない。いつものモーニングね」


 三月も中盤に差し掛かり三学期もあと一週間と少し。

 オーキッドを取り囲むように『輸入食品館ウィッグ』の工事は恐ろしい勢いで進んでいた。


「そのチラシは悠也くんにあげるからゆっくり対策を立てなよ」


 一般紙を取っていない僕たちのために三矢さんは今朝の折り込み広告を持って来てくれた。そう、輸入食品館ウィッグの開店を知らせる広告だ。


「いつも色々教えて戴いて、ホント助かります」

「しかし、四月一日開店って、凄まじいスピードだね」

「そうですね。連日朝早くから夜遅くまで工事してますからね」

「で、悠也くん。何か策はあるのかい?」

「それが……」


 道の角に立つオーキッドはその周辺をウィッグに取り囲まれる形になっていた。右隣も裏も左隣もウィッグなのだ。正直イヤな感じだ。囲碁だと完全に死んでいるし、戦国の武将なら敵に取り囲まれ潔く自決するところだろう。


 しかし。


「大丈夫ですよ。こうして三矢さんも来てくださいますし、オーキッドにはたくさんの味方がいますからっ!」


 チラシから目をあげた礼名は笑顔を見せる。


「ははっ。さすがは礼名ちゃんだ。礼名ちゃんの笑顔がある限りこの店は大丈夫だな」


 手にしたチラシを棚に置くと、礼名はサンドイッチ作りに取りかかる。

 だけど。

 店の中ではいつも明るく振る舞う礼名だけど、家の中では深刻そうに何かを考え込むことが多くなった。

 ムーンバックスが出来たときでさえ僕の前ではいつも笑顔だった礼名なのに。それだけ今回の方がピンチだと思っているのだろうか……


「どうしたの? お兄ちゃん」


 僕の視線に気がついたのか、礼名が顔を上げる。


「コーヒーもうすぐあがるよ」

「はいっ!」


 笑顔を咲かせる彼女を見て、僕は昨日の出来事を思い出した。

 昨日の学校帰りのことだ。

 先に帰ったはずの礼名の姿を商店街に見かけた。


「れい……」


 声を掛けようとして言葉を飲み込んだ。

 彼女が真剣な眼差しで見つめているのは一台のアコーディオンだった。

 商店街にある質屋さんのショーウィンドウに並べられたア鍵盤アコーディオン。やはり礼名はピアノのことが忘れられないのだろうか。彼女の指はまるでピアノを弾いてるかのごとく小さく動いていた……


「あ、お兄ちゃん!」


 礼名は僕に気がつくといつもの笑顔を見せて。


「今時のアコーディオンは凄いんだよ。アンプもスピーカーも内蔵してるんだよ。充電式の電子楽器になってるんだ」


 楽器全般にうとい僕はそのアコーディオンの何が凄いのかさっぱり分からない。ただひとつ、値段を除いて。


「二十万円か。値段は凄いな」

「そうなんだよ、中古品なのにね。てへへっ!」


 『酢豚』の肉を豚にするか鶏にするかで悩む我が家にはとても手が出る値段ではなかった。勿論鶏肉で作った『酢豚』は『酢鶏』とでも称されるのだろうが、礼名は『礼名風酢豚?』だと言い張って譲らないのだった。


「帰ろう、お兄ちゃん! 今晩は大根の葉っぱが豊作なんだよ!」

「大根が豊作になったことはないのにな」


 何故に礼名が鍵盤アコーディオンを見つめていたのか、結局僕は聞けなかった。でも、もしかしたら、彼女はやっぱり後悔しているのかも知れない……


「サンドイッチあがったよっ!」


 礼名の声に我に返る。


「はい三矢さん、お待たせしました」


 三矢さんはサンドイッチを一口頬張ると満足そうに礼名に目を向ける。


「やっぱり礼名ちゃんが作るサンドイッチは美味しいね。美人が作るとそう感じるのかな?」

「もう三矢さんったら! あと三回言ってくださいっ!」

「こら、図々しいぞ、礼名」

「お兄ちゃんはもっと三矢さんを見習ってくださいっ!」


 逆に睨まれた。


「はははっ。まあいいじゃないか。ところで悠也くんと礼名ちゃんの耳にも入っていると思うけど……」


 彼は少し声のトーンを落とす。


「中吉商店会の多くの店はウィッグの出店を歓迎しているんだよ。何せウィッグは集客力があるからね。しかも大通りに面した商店街への入り口への出店だ。中吉商店街へ人が流れるのを期待しているんだよ」

「はい、よく耳にします」

「だから商店会会長としてはウィッグと仲良くして欲しいってのがホンネなんだけどね」

「…………」


 当初からウィッグの開店を歓迎する声はチラホラと聞こえていた。しかし開店が近づくにつれその声は大きくなっていき、開店まであと二週間と迫った今では、三矢さんが言う通りそれが大多数の声になっていた。中にはうちの店は立ち退いてこの一帯をウィッグの店舗にした方がいいんじゃないか、と言う声すら聞く。


 彼はコーヒーを啜ると僕と礼名を交互に見た。


「ともかく頑張れよ。僕自身はオーキッドを応援しているから」


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