第26章 第6話
「美味しかったね! 楽しかったね! ケーキまで奢って貰ったね!」
礼名の声に僕は肯く。
見上げれば街の灯の中に仄かに浮かぶ星たち。
少し回り道をして家に戻ると、僕は店の灯りを点ける。
「こちらへどうぞ。十六歳のお姫さま」
そうして礼名をカウンター席にエスコートした。
「ありがとう、お兄ちゃん」
はにかむように微笑む彼女の前で僕はコーヒーを淹れる。
コポコポコポ……
「お待たせしました、特製のスイートコーヒーです。そして…… はい」
カウンターの下に忍ばせて置いた礼名へのプレゼント、それは小さな花束。
花束には白いかすみ草と、一本の真っ白な胡蝶蘭。
「うわあっ!」
腰を浮かせて花束を受け取った礼名は、しかし少し寂しげに微笑んだ。
「白い胡蝶蘭だね…… ありがとうお兄ちゃん、礼名を大切にしてくれて」
誕生祝いにはかすみ草が欲しいと言った礼名。
だけど、不思議に思った僕は少し調べてみた。
かすみ草にはたくさんの花言葉があるらしい。だから色んな花と組み合わせることで気持ちを伝えることができると言う。恋人になら真っ赤なバラ、大切なお友達の誕生日ならスイートピー、と言う具合に。
そう言うことか、と思った。
礼名は何かを期待しているのかも知れない。
真っ赤なバラ、はやめた。
白い胡蝶蘭の花言葉は『清純』。
僕の大切な妹、オーキッドのナンバーワン、十六歳の礼名にピッタリだ。
「お花、大切にするね…… あのね、お兄ちゃん……」
礼名はコーヒーカップを手に持つと、甘めのミルクコーヒーをゴクリと飲んでまた息を吐く。
「あのね、あの、もう去年の春のことだけどさ、お兄ちゃんは倉成さんの家に行ったよね」
「去年の春?」
僕は麻美華の家に行ったことはない。
去年の春……
あっ!
きっとあの時のことだ。
倉成壮一郎氏を尾行して母のお墓へ辿り着いたときのことだ。
あの時、麻美華とタクシーに乗るところを見つかった僕は、礼名を無視してそのまま走り去った。彼女は僕が倉成の屋敷に連れて行かれたと勘違いしていたんだ。
「あ、あの時のことがどうかしたのか?」
「あのさ、あの時って、何があったの?」
「え? あ、あの時は、そう奨学金の話を勧められてそれを断ってきたんだけど……」
「そう、だったね」
「急にどうしたんだ、礼名?」
「ううん、何でもない」
もしかして何か疑っているのだろうか……
礼名は手に持ったままのコーヒーカップにまた口を付ける。
「んぐ…… うん、あまいっ! そうそう、甘いと言えば今年のバレンタインは日曜日なんだよっ! お兄ちゃんは一日中ここに軟禁するからねっ! お出かけしちゃいけないよ。そして南峰の女生徒はうちの店に立ち入り禁止にしよう! シャットアウトだよ! シッシッ! 来るなっ!! あ、心配しなくてもチョコレートはちゃんと礼名が用意するからねっ!」
「過激な発言だな。ま、僕にはチョコなんて縁がないからどうでもいいけどね」
「ウソ付いちゃダメだよ! 去年もわたし以外に立派なチョコ貰ってたじゃない!」
礼名に睨まれた。
「ああ、あれは義理と人情にまみれた『お情けチョコ』だからさ」
「お兄ちゃん!」
礼名に凄まれた。
「あのね、女は残酷な生き物なんだよ、情けなんてないよ! 義理なんて立てないよ! 誰が何とも思ってない男にチョコなんて渡すもんですか!」
「いや、でも桜ノ宮さんはコン研のみんなに配ってたよ?」
「お兄ちゃんのチョコには可愛らしいメッセージカードが添えられてましたっ!!」
礼名がお怒りだった。
「いや、あれもきっとみんなに……」
「そんなわけありませんっ!!」
礼名の大きな瞳から、お黙りなさいビームが乱射される。
「礼名はお兄ちゃんにしかチョコ渡してないんだよっ!!」
「いや、去年はお野菜分けてくれた高田さんにも渡してたじゃないか!」
「愛が込められてないのはチョコと呼びませんっ!」
理不尽なやつだった。
「ともかく!!」
礼名はカウンターに手をつき立ち上がる。
「礼名はお兄ちゃんを信じていますっ!」
「…………」
暫しの沈黙が流れた。
やがて力なく椅子へ座った礼名は、ぽつり呟く。
「ごめんなさい。せっかくお兄ちゃんがお祝いしてくれてるのにね。礼名ちょっと疲れてるかな。えへへ……」
どこか硬い笑いを浮かべると、また甘いコーヒーを啜る礼名だった。
第二十六章 完
第二十六章 あとがき
お久しぶり、十七歳になったばかりの倉成麻美華ですわ。
お誕生祝いはまだ受け付けていますからね!
貰ってあげても宜しくってよ!
それにしても。
私がお兄さまにそれとなく誕生日をお教えしたのは、あんな盛大な誕生会を開いて欲しいからじゃ無かったのに。しかもプレゼントは生徒会のみんなからのブックカバーだけとか。予想外にもほどがあります。まあ、お兄さまには自由になるお金がほとんど無いというのは知ってますから仕方がないですけど。
でもね、普段のお兄さまは私の愚痴や自慢話なんかをじっと笑顔で聞いてくれるんですよ。
恋人にするならそんな人がいいですよね。
さて、またしても懲りずにお便りのコーナーです。
こちらペンネーム『いちご娘』さんです。
麻美華さま、こんにちは。
……はい、こんにちは。
わたしは花も恥じらう高二の女の子、勿論ばーじんです。
……そうですか、ばーじんですか。
ところでわたしには好きな人がいます。同じクラスの拓馬くんです。
拓馬くんとは高校で出会って、あまり会話もしたことがありません。
でも、背が高くって優しくて、彼を見るだけでわたしの胸は熱くなるんです。
実は今度クラスメイト8人でカラオケに行くことになりました。
男子4人女子4人のまるで合コン状態。
そう、その男子の中に拓馬くんも入っているんです。
しかし、ここに重大な問題があります。
そう、何を隠そうこのわたし、人並み外れた超弩級の音痴なんです。
わたしの歌は強化ガラスをブチ割って、悪の組織の怪人すら一曲で狂い倒すほどの威力がある、と真顔で友達は言うのです。
そんなわたしが歌を歌ったら彼に一発で嫌われてしまうに違いありません。
だから、カラオケなんか断ろうかとも思ったのですが、でもでも、拓馬くんに接近する絶好のチャンスなんです。
お願いです麻美華さま、どうしたら歌が上手になれますか? どうしたら彼を虜に出来ますか? わたしは一体どうしたらいいですか? 教えてください、麻美華さま!
ってな、身勝手なお便りですけど。
そんなことわたしに相談されても困るんですけど。
どこかのカラオケ教室にでも通えばいいじゃないって思うんですけど。
まあ、このコーナーは一切責任を取らなくても許される、いい加減で無茶なコーナーだから敢えて言わせて戴きますわね。いちご娘さん、何も気にすることはありません。精一杯歌ってください。ありのままの貴女をさらけ出してください。その結果、貴女の歌声に何人の人が狂い死のうとも。
いいですか。
もし貴女が音痴を隠して彼に接近できたとしても、彼を想い続ける限りいずれ音痴はバレるのです。それならば最初からありのままの姿を見てもらうべきです。
そして、一曲歌い終えたら、貴女の歌声に発狂寸前の彼に向かってこう言うのです。
「このわたしのわがままな唇を止められるのは拓馬くんだけなの。お願い、もう一曲歌ってしまいそうなわたしの唇を塞いで!」
するとどうでしょう!
彼は狂い死にたくない一心で貴女の唇を奪ってくれるに違いありません。
……いちご娘さん、どうせならディープにやっちゃってくださいね。彼が全てを忘れてしまうくらいにね。
ちなみに、誰も知らないマイナーなアニソン歌って、「これはこんな歌なのよ」と言い張って音痴を隠すって手もありますが、多分すぐにばれて人間として最低人のレッテルを貼られるので、まあ止めておきましょうね。
と言うわけで、次章予告です。
着々と進むウィッグの新店舗建設。
そんな中で望むと望まざるに関わらずバレンタインデーがやってきた。
今年のバレンタインは日曜日、オーキッドには悠也を慕う麻美華、綾音が押しかけて大混乱が巻き起こる。その上予想外のあの人までがやってきて……
次章『麻美華のチョコは世界一!』も是非お楽しみに。
あなたの右手の恋人、倉成麻美華でした。
ってこのヘンタイ作者、なによこの麻美華のキャッチコピーは!




