第26章 第3話
その日、授業が終わると隣の席の金髪美少女に声を掛けた。
「倉成さん、ちょっと話があるんだけど」
「あら、悠くんが私をナンパしてくるなんて珍しいわね」
「いや、ナンパじゃないんだけど」
期待に満ちた上から目線で僕を見下ろす麻美華。
今日が自分の誕生日だと自ら教えてきた彼女だ。プレゼントとかを期待しているのだろう。僕は用意してきた一枚の紙を彼女に手渡す。
「これは何かしら? ……クイーンズ文庫新刊案内?」
クリスマスのお祝いに彼女が礼名に贈ってくれた本のレーベル、クイーンズ文庫。うふんあはんを愛する淑女向けのそのレーベルにはやらしい想像をかき立てる美しいタイトルが並んでいる。
「ふう~ん……」
何食わぬ顔でそれを眺める麻美華。
僕がこの紙を印刷してきた理由はふたつある。
ひとつは時間稼ぎ。
今日は麻美華と礼名の誕生会、それはふたりの知らないサプライズ企画だ。
僕のミッションはふたりをこの教室に十五分ほど縛り付けてから生徒会室へ連れて行くこと。生徒会室での準備時間を稼ぐために。
そしてもうひとつの理由は今日のプレゼントを引き立てるためだ。
「えっ!!」
紙を見ていた麻美華が声を漏らした。
「これって……」
彼女が驚いて僕を見た瞬間、教室に聞き慣れた元気な声が響いた。
「お兄ちゃんいますか~っ! お待たせしました~っ! あなたの可愛い礼名が来ましたよ~っ!」
笑顔を弾けさせて入り口に立っているのは痛さも弾けるマイリトルシスターだった。
「あ、礼名ちゃん。神代ならそこだよ。中に入ってもいいよ!」
ちょうど帰るところだったのだろう。岩本が礼名を迎え入れる。
授業が終わってまだ間もないから教室には多くのクラスメイトが残っていた。そのみんなが礼名を注視している。
「じゃあ、お邪魔しま~すっ!」
「そうよ、お邪魔よ、礼っち、シッシッ!」
教室に入ってきた礼名に麻美華は乾いた声を浴びせた。
「あれっ? どうして麻美華先輩がお兄ちゃんに絡んでるんですか?」
「違うわよ。悠くんが私を誘惑してきたのよ」
「誘惑? お兄ちゃんが麻美華先輩を? そんなはずはありません! 今日のお兄ちゃんは礼名と仲良く手を繋ぎアニソン合唱しながらお家へ帰るんですからっ!」
「本当よ。嘘だと思うんなら悠くんに聞いてみたら」
ふたりの視線が僕に降り注ぐ。
「あ、いや、だから…… その新刊案内はどうだった?」
僕は必死で話を逸らす。
「ああ、そうよ、これよ礼っち。これ見てご覧なさい!」
新刊案内を礼名に手渡す麻美華。
礼名は不服そうにほっぺを膨らましたままその紙に目を落とす。
が。
やがて。
「これって、あの作者の新作ですか!」
「ええ、そうよ。『僕は妹に惹かれてく』の作者さんの新作よ!」
「今月十日発売じゃないですか! 『妹は僕を愛しすぎている』! これは期待できるタイトルですねっ!」
「そうよ、そうなのよ礼っち! 私もこの本が気になっているのよ」
「分かってくれますか、麻美華先輩! 妹は兄を愛する生き物。そして兄は妹と結ばれることを切に望む生き物。長い進化の末に辿り着いた、この生存確率マックスのシチュエーションこそがわたしの魂を揺さぶるんですっ!」
妙な理屈をこねるな! ダーウィンに謝れ、礼名!
「そう、兄萌えね。可愛い兄ほどよく萌えるのよ!」
「その通りですっ! 兄が『男の娘』だったら、もう最高ですよねっ! 萌えまくりですよねっ! やっちゃいたいですよね!」
何をやっちゃいたいのか分かりたくもないが、ふたりは不気味に意気投合する。
そうして、彼女たちは既刊小説の話に花を咲かせはじめた。
ぺちゃくちゃり ぺちゃくちゃり
ぺちゃくちゃ ぺちゃくちゃ
ぺちゃくちゃりん
花が咲き乱れる。
ぺちゃくちゃり ぺちゃくちゃり
ぺちゃくちゃ ぺちゃくちゃ
ぺちゃくちゃりん
百合やら薔薇やら菊やらが狂い咲きだ。
こっちが赤面してしまう。
ぺちゃくちゃり ぺちゃくちゃり
ぺちゃくちゃ ぺちゃくちゃ
ぺちゃくちゃりん
よし、十五分経過。
ミッションクリア。
「あのさ、いつまでも教室にいるわけにいかないから、場所を変えない? 生徒会室へ行こう!」
「えっ? 生徒会室ですか? そろそろ話を切り上げますから礼名と一緒に帰りま……」
「分かったわ。そうしましょう悠くん」
「あ、え? えっ?」
麻美華は何かを予感したのか、僕の提案をあっさり呑んだ。
しかし礼名は首を傾げるばかり。
「あれっ? 一緒に帰るって言ったよね? あの、お兄ちゃん、どうして……」
そうして、辿り着いた生徒会室。
躊躇いなくドアを開けたのは麻美華だった。
パンパンッ!!
パパパンッ!!
「ハッピーバースディー!!」
ドアが開放されると同時にクラッカーが鳴って。
中から桜ノ宮さんと笹塚さんが笑顔で出迎えた。




