第26章 第2話
一夜が明けた。
今日は麻美華の降誕祭、明日は礼名の誕生日だ。
「いってきま~すっ!」
ふたり揃って登校する。
家を出てふと見ると、隣の店舗の解体作業が進んでいた。
裏のコインパーキングも工事が始まっている。
昨日工事計画書も張り出され、ここに輸入食品店が出来ることは商店街でも話題になっていた。
「ウィッグの工事ってめちゃめちゃ早いね」
「うん。でも南峰の予算調整の方もメチャ早だったぞ!」
「そうだね。お陰で一段落したし、今日は生徒会ナッシングだったよね」
「そうだな。ところで礼名、今日は一緒に帰らないか?」
「うんっ!!」
「じゃあ放課後、僕の教室まで来てくれる?」
「わかった! 嬉しいなっ! お兄ちゃんが誘ってくれるなんて珍しいねっ!」
今日の放課後、生徒会室でふたりの誕生パーティーをする。
勿論彼女たちはそのことを知らない。いわゆるひとつのサプライズ企画だ。
放課後礼名を教室に呼んだのは、そのサプライズのためだ。
「早く帰ってウィッグ対策も考えないとだしね」
「ああそうだな。一緒に考えようか……」
ムーンバックスがオープンしたとき、僕らはテイクアウトカウンターを作ることで乗りきった。しかし今回、テイクアウトは大打撃を受けると踏んでる。何せ相手は無料でコーヒーを配る仁義なきお店なのだ。
実は先々週、僕らはムーンバックスに店長の奈月さんを尋ねた。
うちの隣に輸入食品店が出来ること、そしてその店が無料試飲コーナーを作って僕たちの店に大打撃を与えようとしていることを伝えるために。
もしそうなったなら、その影響を受けるのはムーンバックスも同じだ。と言うより、客層を考えるとオーキッドよりムーンバックスの方が被害甚大だと想像される。
「えっ! あのウィッグがここに出来るんですか!」
そう声に出した彼女は暫く真剣な面持ちで考え込んだ。
「まさか、あのウィッグがこんなところにね……」
彼女はウィッグの悪評を知っていた。
「わざわざ教えてくれてありがとう。ところでオーキッドさんはどう対処されるんですか?」
彼女の問いに僕らは『今の場所で頑張るまでです』、と答えた。
それを聞いた奈月さんはにこり微笑んで、そうよね、と言った。
「礼名思うんだ、どうして皆さんはオーキッドに来てくれるんだろうって……」
ふと横を見ると、学生カバンを後ろ手に持った礼名が僕を見上げている。
「コーヒーが飲みたいとかちょっと休みたいとか、勿論それもあると思うよ。だけどそれだけじゃないと思うんだ。それだけだったらムーンバックスの方が安いし、お家でもコーヒーくらい飲めるよね。でも、お客さんがオーキッドに求めているのは違うと思うんだ」
「だから礼名はいつも笑顔を振りまいてるんだろ」
「うん。お客さんが笑ってくれて楽しんでくれて、元気になってくれたらって」
「それがオーキッドの全てじゃないかな」
「ありがとうお兄ちゃん。だけど、今のままだとダメだと思うんだ。オーキッドは負けちゃうと思うんだ。もっとみんなに喜んで貰わないと……」
礼名の言う通りだ。
だけど難しいのはその先だ。
具体的にどうしたらいいのか、だ。
これ以上僕たちはどんなサービスをすればいいんだ!
と。
礼名は僕に楽しそうな笑顔を向けた。
「そこで、礼名は考えたんだっ! もっと皆さんに喜んで貰える新しいオーキッドを、ワンランク上をいく新しいコンセプトを」
さすがは礼名。
昨晩僕も考え込んだ。
だけど、深夜まで考えても何ひとつまともなアイディアは浮かばなかった。
やはり、礼名の頭の良さには舌を巻く。
「そう、名付けて『ブラコンカフェ』だよっ!」
自慢げに小さな胸を大きく張る礼名。
「はいっ??」
「ブラコンカフェ、だよ!」
「いや、礼名が超絶にブラコンだと言うことはみんなとっくに知ってるぞ」
「違うよ。もっと進んだブラコンだよ。ブラコンの新時代が幕を開けるんだよ!
完全無欠に相思相愛だよ! お兄ちゃんと礼名のいちゃいちゃラブラブ熱愛ぶりをお客さんに見せつけるのがコンセプトだよっ!」
「はいっ??」
理解不能だった。
「一体何をするカフェなんだ?」
「まずは朝。お店の開店はふたりの濃厚なモーニングキスで始まるんだ。朝一番のお客さんから拍手喝采が巻き起こるよ」
「起きねえよ」
「そしてご注文を戴く度にお兄ちゃんと礼名は熱いハグをするんだ。最大限に喜びを表現するんだよ」
「なんかウザいな」
「さらに、礼名がふたりのいちゃラブぶりをお客さんに語ってあげるんだよ……」
ダメだ。賢すぎてバカだこいつ。
「……料理の最中、包丁で指を切った礼名に慌てて駆け寄るお兄ちゃん。
「礼名、大丈夫か!」。
礼名の人差し指をお兄ちゃんは優しく口に咥えるの。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん!」。
頬を染め俯く礼名にお兄ちゃんは調理を替わってくれる。
「ごめんなさいお兄ちゃん。でも、次は礼名がお兄ちゃんを咥えてあげるね」。
その一言にお兄ちゃんはドバアッっと鼻血を吹き出すんだ。
「礼名にそんなことをして貰えたら僕は死んでも構わない」。
勿論礼名もこう言うよ。
「その時は礼名も一緒だよ」
そしてふたりは見つめ合い、どちらからともなく求め合って……
って…… きゃはっ!」
「いつそんなことがあった」
「今晩あるんですっ!」
礼名は不服そうに僕を睨むと、また喋り始める。
「紙芝居を作るのもいいですね。一日五回、ふたりのいちゃラブ紙芝居を上演するとかさ。勿論語り手は礼名だよっ」
「この紙芝居はフィクションであり実在する人物・カフェとは何ら関係ありません…… だな」
「違います! ノンフィクションですっ!」
「痛すぎて、誰も来てくれなくなるぞ」
「来るんですっ! 千客万来なんですっ!」
不満げに僕を見上げた礼名は、しかしすぐに不敵な笑みを浮かべる。
「ふっ! お兄ちゃんは知らないんですね。礼名は常連さんに聞き取り調査をしたのですよ、オーキッドの魅力は何かって。そしたらダントツで一番だった答えは何と! 「お兄ちゃんと礼名が仲良しなところ」だったんですっ! だからそこをもっと強く激しく執拗にアピールしたら絶対にもっともっとお客さんが喜ぶはずなんですっ!」
「いや、普通に引くだろ! 勘違いするなよ! お客さんは優しいからそう言ってくれてるだけだ。ホンネはとっくに引いてるって!」
「ふふふっ、実はそれくらい分かってますよっ! 礼名はただ単にお兄ちゃんといちゃラブしたいだけなんですっ! 単純に欲望と願望を垂れ流してみただけなんですっ!」
いつの間にか僕の腕を掴んで寄り添うように歩いている礼名。
校門はもう目の前。
見回すと南峰生徒の痛いものを見る視線を一身に浴びているふたりだった。




